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12:ハロウィンの幽霊

 ちらちらとした日差しに目を覚ましたハリエットはカレンダーを見てごくりと喉を鳴らした。今日はハロウィン。特に何も未来へ関係することは起きないが、唯一起きることがある。
 スネイプのケガだ。たとえすぐに傷がふさがっても、傷ついてほしくない。これはハリエットとして芽生えた、予見とは全く関係のない感情の話だった。
 彼はこれからどんどん内面的にも傷がつけられていく。なら一つでも避けられるのであれば避けたい。
 だがそれにはどのタイミングで抜け出すかが問題だった。夕食が始まってすぐクィレルが来るはずだ。
 10年計画帳を開き、自分の記憶に間違いがないかを確認すると制服に着替え薬を煽る。今日は確か呪文学で……あぁそうだ。ハーマイオニーとロンがもめて彼女はトイレにこもってしまい……。

 4階への道を何度も頭で確認し、使うべき呪文を反復する。あそこら辺に隠れられそうな教室はない。ならば逃げるしかない。幸いにして、ハリエットは闇払いだった。
 緊急用の呪文も新人研修の時いやというほど習った。さすがに四方からの磔の呪文に対抗するすべなど教わりはしなかったが。
 じりじりと時間が過ぎ、夕食の時間になるとわざと遅れて入ったヘンリーは隅の方に座って杖を握る。生きたコウモリが飛び、いかにもハロウィンという装飾そんなに何度も見ることができなかった。
 席についてさぁ食事を開始というところでみんなが食事に目を奪われている間にヘンリーは目くらましをかけてそっと席を立つ。
 バタンと勢い良く開いた扉をすり抜け、一目散に4階へと向かった。
 念のためにと、制服用とは別に購入した黒いローブを頭からかぶり、立ち入り禁止の扉が見える位置に身を潜める。
 ほどなくして駆け上がってきたスネイプが姿を現し、立ち入り禁止の扉に向かう。プロテゴで間に合うか、そもそもあの犬のパワーに耐えられるのか。
 ヘンリーは杖を握り、扉の向こうに消えようとするスネイプの背に向かって無言呪文を唱える。アクシオに似た呪文で対象を引っ張るための呪文。

 扉が閉まりかける前に届いた呪文によりスネイプが後ろ向きに引っ張られフラッフィーの爪を避ける。少し体勢を崩したスネイプが逃げられるようにと葉を唇に当てて高いがそれほど大きくない音を出す。
 フラッフィーには聞こえるはずだ。そして緩急をつけて鳴らされた笛は音楽になる。案の定唸り声が小さくなり、スネイプは脱出して扉を閉める。

「誰だ!」
 鋭い声は笛の音が聞こえただろうヘンリーの方角を見ていた。逃げるしかない。
たっと駆け出し、階段の手すりを飛び越える。
“モリアーレ”
 クッション魔法でふわりと体が一瞬浮き、そのまま地下牢でもなんでもない方角へ向かって走り去った。
 後ろから制する声が聞こえたがそもそも目くらましをかけているうえに万が一見えたとしてもフードは制服じゃないローブだ。
 そしてトロールの唸り声が響き、ハリー達が対峙したことを受けてヘンリーはローブを縮めてポケットに押し込み地下牢のスリザリン寮へと向かった。
 そっと中に入り、人の間をすり抜けて部屋の戸を開ける。

「なんだヘンリー部屋にいたのか」
 そう言っていつも気にかけてくれるマルフォイにちょっと横になっていた、と答えると大広間で起きた出来事を聞いて、トロールが?と驚いて見せる。
 各寮でとテーブルに所狭しと並べられたご馳走を手に取り、ヘンリーは無事一日が終わったことに息をついた。
 やはり違反ではないようで、回数は減っていない。
 未来は変えられる。そのことが妙にうれしかった。


 トロールの後処理を終え、監督生からスリザリンの生徒が避難できたことの報告を受け……スネイプは自室でどういうことだ、と眉を寄せた。
 ヘンリーがいないと思ったが部屋にいて、そもそも大広間に行っていなかったという彼の体調を気にしての連絡。
 あとで体調について確認しよう、と言い寮へと返したがそれがおかしいのだ。彼は確かに食事が始まったあの時間、隅の方に座っていた。
 あの赤い髪は間違い様がない。だが彼は部屋にいたという。
「ヘンリー=マクゴナガル……」
 いったい彼はなんなのか。なぜあの場から消え、部屋にいたなどという嘘をついていたのか。
 それに、4階の立ち入り禁止の廊下に何か起きたのではないかと、そう思って駆けあがり……あの大型犬の気質をうっかり忘れていた。
 犬が健在であることを確認すると同時に、しまったと思った時には爪が差し迫り……急に引っ張られた身体が下がったことでそれを逃れた。
 それと同時にバランスを崩すとどこからともなく草笛の音が聞こえた。緩急をもって吹かれたそれは間違いなくフラッフィーを抑えるメロディーになり、知らない人が聞けばただの犬笛に聞こえる、そんな塩梅の音だった。
 犬が少し弱ったところで急いで外に飛び出し、鍵をかけいったい誰の呪文で、草笛か。そう問いかけ一歩踏み出すと何かが、恐らくは目くらましをかけた何かが走る音が聞こえ、追いかけたが今度は階下で走る音が聞こえ……完全に見失ってしまった。

 ダンブルドアに報告はしたが、彼はハロウィンで紛れてきた優しいゴーストの仕業かもしれん、といつもの眼でごまかされた。おそらく彼は知っているのだろう。
 そのゴーストがスネイプを守ったことに。そしてその正体に。ひとまずは体調が悪いというヘンリーを呼び出そうと考え……明日にしよう、と時計を確認する。
 ふと、彼が飲んでいる魔法薬は何だろうかと考える。体調が悪いのであればそれを改善するのも魔法薬学の教員として当然のことだ。
 スリザリン寮としても、彼はそそっかしい一面もあるが学年一優秀な生徒だ。そんな彼にある障害は取り除いてやりたい。

 ちょうど少し手が空いたところだ、と最近まで作っていた魔法薬のレシピを手に取る。ダンブルドアに報告する際、少し改良した魔法薬をレシピとともに渡した。
 今までは時間が長く、融通が利かないものだったが、短い時間のを作り、副作用も抑えた。ただ、見かけだけとはいえ性別を変え容姿を変えるのに体の負荷は避けられないため2時間は開けなければならない。
 それでも前よりも大分利便性はあがった。ダンブルドアはさっそく渡しておこう、と頷き……少し縁取りが太いフクロウにそれを括り付け、飛ばしていたからじきに届くだろう。
 不可解なことが多い今日だが、怪我をしていたらこれほどゆっくり考えることもできなかっただろう、と正体不明とはいえ結果的に助けた“幽霊”に感謝しておくか、とスネイプは静かに目を閉じた。
 11年続く黙とうは今日も彼女のためだけに。








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