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11:初めての箒

 飛行術ではハリエットの記憶通りに事が進み、連れていかれたハリーはともかくと遠くで見ていたらしいフーチがマルフォイをこっぴどく叱って授業を再開させる。
 ヘンリーは周りを見ながらそつなく箒を乗りこなし、降りる時だけちょっと躓いて見せた。そうだ今夜……マルフォイに騙されたハリー達がフラッフィーに出会い逃げ出した……あの日だ、と唐突に思い出すヘンリーはハリーに八つ当たりをしようとするマルフォイを見る。
 ここで止めてもきっと彼はフラッフィーに会う気がして……でも、危ないことはないんだからと決闘の約束をするマルフォイを見つめた。

 当然薬の時間のため見に行くことはできないヘンリーだが、彼が来ないことはなんとなく覚えている。ヘンリーが部屋に戻るときに談話室でくつろぐマルフォイに行かないのかと問いかけ……約束を破るなんて貴族らしくない、唇を尖らせる。
「ふん、校則をそもそも僕が破ると思っているあいつらが悪い。グリフィンドール生は規則を守らないという話は聞いていたけれども、それをすべての寮生がすると思わないでほしいな」
 あいつらが悪い、というマルフォイにヘンリーは確かに、と納得して責めるつもりじゃなかったんだ、とため息をついてからマルフォイに素直に謝る。
 波風を立てたくないからなのだが、ヘンリーの困ったような顔にマルフォイは青白い顔をほんのり赤くして、そんなこと気にしてないと目をそらす。
 そろそろ薬飲まないと、と言って談話室をあとにするヘンリーが個室に消えると、なんで同じ男にどきどきしなきゃいけないんだ、とマルフォイがため息をつき、わけのわかっていないクラッブとゴイルが顔を見合わせる。

 自然な笑みや仕草がどうにも男子生徒を、さらには女子生徒を魅了しているとは考えもしないハリエットは鏡に映ったハリー=ポッターに酷似した顔を見つめて……お休みハリーと会えないハリーを想う。
 スネイプの前に出られるはずのない顔に首を振り、幼少期からマクゴナガルに促され続けている日記をさらさらと書いていく。
 文字も昔と比べてだいぶきれいになったな、とやや女性的になった字にふわりと笑って、明日の朝のことを思う。
 なんとしてもクィディッチ・カップに名を刻みたいマクゴナガルが彼にとっておきのプレゼントを贈る。

ハリー、貴方は今幸せを受け取るの。これから先とてもつらいことが起きるけど、その心を忘れないで。それに……あなたの憂いは私が取り除くから。

 朝、フクロウ……シークが落とした大きな包みにハリーとロンが大喜びし、ウィンクするマクゴナガルと視線を交わして大急ぎで大広間を出ていく。先回りしたマルフォイと今頃口論しているだろう。
 思わず笑みがこぼれるヘンリーは視線を感じて教員席を見る。何時から見ていたのか、スネイプと目が合い、その鋭さから笑みを消して……逃げる様に授業へと向かって行った。
何時だったか。彼が初めてクィディッチに触れる瞬間は。

 魔法薬学の授業をうわの空でこなすハリーを見ながらそういえばいつだって大切なものはダドリーに壊されてきたことを思い出す。ここがホグワーツであってダドリーがいない今でも壊されたりする心配を彼は抱えているのだろうか。
 先週出されていた課題を提出し、今日の魔法薬をも提出したヘンリーはその後の授業を終えると大広間で夕食を取り……人目を避けると目くらましを自分にかけ、念のためにフードをかぶってクィディッチの競技場へと向かった。
 一番上の、ピッチからは見えにくい席に座ると、ほどなくして現れたオリバーとハリーをじっと見つめる。最高の箒だった。
 もちろん、ファイアボルトに比べることはできないが、初めての箒というのはそれだけで特別だ。
 30分ほどオリバーの投げるボールを追いかけるハリーはとても生き生きしていて、どこかきらきらとしている。
とても幸せだった。これから先の未来がいかようにも明るいものになると、そう信じていた。
目くらましをかけている以上見つかることはないのだが、にピッチを立ち去ろうとしたハリーが不意振り向き、ヘンリーと目を合わせた。
 仮に目くらましが解けていたとしても彼には黒い人影の様なものがあるくらいにしか見えない。それでも、なぜか目が合った気がして、ヘンリーはそっと目を閉じた。


 寮に戻った時には薬の時間が差し迫っていて、急いでシャワーを浴びると、髪を乾かすのももどかしく、濡れたまま部屋に戻ろうとして、監督生に呼び止められる。
「ヘンリー、先ほどスネイプ教授が探していたけれども……まだ時間は大丈夫だろう?」
 そういわれて、なんだろうかとヘンリーは着替えていた寝間着の上にローブを羽織り、魔法薬学の教室へと向かった。
 まだあと一時間はあるはず、と時計を見るヘンリーはかつて嫌々足を向けていた魔法薬学の教授室へと向かい、戸を叩く。すぐに応答があり、ヘンリー=マクゴナガルですと言えば扉が音を立てて開いた。

「すみません、急いでシャワーを浴びていました」
 あまり時間がないことはスネイプもわかっているのだろう、何か書きつけていた手を止め顔を上げ……ぽたぽたと雫が落ちる赤い髪に杖を振る。
 一瞬で乾いた髪と寝間着にヘンリーは苦笑いし、手櫛でさっと整える。
「薬の投薬時間まであまりないのだったな。提出してもらったレポートについて聞きたいことがあるのだが、話はすぐ終わる」
 髪を下ろしたままのヘンリーにこれだ、と言って差し出したレポートの一点を指し示す。
「あ……」
 かき混ぜる回数が違うことに気が付き、本番ではちゃんと覚えていたのに、と肩を落とした。
 どこかそそっかしい所のあるヘンリーが間違いに気が付いたことにスネイプは頷き、レポートを手になんで間違えるかなと悩む様子のヘンリーを見つめた。
 髪を下ろすと彼の髪の長さがよくわかり、自分と同じぐらいの長さだと赤い髪を見る。
「かなり慎重に調合しているようだが、君の腕ならばもう少し肩の力を抜いてもいいだろう。何をそこまで緊張しているのかね?」
「えっと……白状しますと、魔法薬学が入学前からちょっと苦手だなと……教科書を眺めながら考えていて。十分気を付けていたんですが記憶違いを起こしていたようです」
 なんで間違えたのだろう、という自分への疑問が優先しているのか、それとも制服を脱いだ状態でリラックスしているのか。
 萎縮していない風のヘンリーに不思議な子だ、と顔を隠す髪を指にかけ、そのまま耳にかける。
 
「へ?」
 何とも間の抜けた声を出すヘンリーは見る見るうちに顔を赤らめて、レポートを見る姿勢のまま固まった。
 いったい何をしているのだ、と自分でも行動の意味が分からないスネイプは慌てて耳に触れていた手を離し、いや、邪魔そうに見えたからと口ごもる。
 取り直す様に咳払いをするスネイプはあーとかうーとか言いながら視線を彷徨わせるヘンリーを落ち着かせようと、ビオラにするように頭を撫でた。
 頭から煙が出ているのではないかと思うほどに顔を赤くしたヘンリーは思わずレポートで顔を隠し、ちらりとスネイプを見つめる。
 なんだってこんなにも調子が狂わされるのだ、と慌てるスネイプにヘンリーは別に不快じゃないんですけど、と小さくつぶやいて意を決したようにおずおずとレポートから顔を出した。

「あの、スネイプ教授。魔法薬学の自習をしてもいいでしょうか。今飲んでいる薬はまだ早いので……いつか自分で作れるようにしたいんです」
 自信なさげな、いつもの萎縮した風ではなく申し訳なさそうな、そんな目でスネイプを見るヘンリーにふむ、と考える。
 向上心のある生徒の申し出を無碍にするわけにもいかないがまだ入学して2週間だ。少し早い気もして、窺う風のヘンリーを見る。
 相変わらずその眼差しは嫌な記憶に直結するものだったが、それは彼のせいではない。
 本当はすでに作っている魔法薬だが、それを正直に言うことはできず、基礎をしっかりしようとヘンリーは視線を落とす。基礎さえできればもう少し安定したものが作れるはずだ。
 遠くで鐘の音が聞こえる中、年明けに週に一度、金曜日の夜であればよかろう、と許可を出すスネイプにヘンリーは視線を戻してありがとうございます、とふんわりとほほ笑む。
 そこで鐘の音が耳に入り、慌てて扉を開けるとおやすみなさい、と言い残して寮へと走った。ばたばたと走るヘンリーが挨拶もそこそこに部屋に飛び込むと、大きく息を吐き呼吸を整えた。
 大丈夫だったか?というマルフォイの声に精一杯声を低くしてぎりぎり間に合った、と返し扉越しにまた明日、という。
 今度から気を付けるように、と監督生の声も聞こえて、返事をすると体の変化が落ち着くのを待つ。
 すっかりハリエットに戻ったヘンリーは鏡を見て朝の時間をずらしたほうがいいかな、とため息を吐く。前に垂れた髪を耳にかけ……かぁあと顔を赤らめて枕に向かって絶叫を上げる。
 もちろん外に洩れないよう気を付けての行動だったが、ハリエットは日記に目を向けて……こんな状況じゃ書けない!と悶える。
 ちらりと窓を見上げると今日は雲が多いのか、窓の外は真っ暗だった。
 雨が降ったら鹿の姿で会いに行くことはできない。晴れてほしいな、と起き上がって……課題を片そうと羽ペンを手に取った。


 閉じた扉を前に、スネイプは今のは何だ、と目元に手を置いた。目が疲れているのだろうか。
 そう考えて先ほどまでやりとりしていた赤毛の少年、ヘンリーを思い返す。先週、目を閉じ何か思案するようなヘンリーを見かけた時、風でほつれた髪が顔にかかる様子に一瞬言葉を失った。
 まるでそれは彼女のようで、思わずその顔に手を伸ばしてしまった。触れる前に目を開けたヘンリーは驚いたようで、目を丸くして転びかけ……とっさに引いた自分の上に跨る様にして座り込んだ。
 ぱちぱちと、目をしばたたかせる様子があの目を持っているのにもかかわらず綺麗だ、とそう思えた。
 そして今日。
 仕草が丁寧なせいか、彼はしなやかでどこか女性めいたところがある。
 その上で濡れたままの髪が首筋に絡んだ様子が11歳の少年に色を添えていた。だから何だというのだ、と自分に問いかけるスネイプは頭を振ってヘンリーのレポートに可を付けて次のレポートに目を通す。
 彼の髪の色に彼女を重ねたせいか、ヘーゼルの瞳が緑に見えるなどどうかしていた、と大きくため息を吐いてスリザリンの出した課題を確認し終え、グリフィンドールのめちゃくちゃな羊皮紙に目を通す。あのマグル出身の少女以外、点で形になっていない。
「ハリー=ポッター」
 まだレポートの書き方がなっていない、教科書を写しただけのようなそれに容赦なく不可を付け手放そうとして……その字に何かが引っかかる。
 とにかく羊皮紙の長さを誤魔化そうとした字はあまりきれいなものではない。
 だが何か引っかかる。なんなんだ、と不快そうに目を細め、杖でレポートをまとめた。









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