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9:魔法薬学教授のささやかな会合

 どれも忘れていた懐かしい授業にヘンリーは馴染んでいき、どれもこれもそつなくこなしていく。変身学では唯一完璧な針を作り、薬草学では奇妙なキノコなどを見て……唯一天文学だけはヘンリーは薬の時間があるため参加することはできず、その代わりに他の生徒の倍の課題を出されていた。
 あまり交流はなかったけれども、スリザリン内ではいじめなどはほとんどないのだろうか、と一人部屋で課題に取り掛かるハリエットは羊皮紙の長さにうんざりしながら窓を見上げて考えていた。
 他3寮がおかしいのか、それとも孤立しているからこそ団結力のあるスリザリンが特別なのか。
 ようやく書き終えた羊皮紙をまとめ、ハリエットは視線を落とした。グリフィンドールもレイブンクローも死喰い人はいた。
 闇払いとして何人もの元死喰い人を見てきたがハッフルパフだけはいなかった気がする。そう、何もスリザリンだけじゃないはずなのに、なぜ闇の魔法使いを多く出しただけで……言ってしまえばホグワーツにおける悪なのだろうか。
 かつてグリフィンドールで受けたいじめのような状況や、ルーナが受けていたレイブンクローのいじめ。
 それを考えるとどうにも居た堪れない。

 そして迎えた金曜日。
 魔法薬学の初授業に緊張した様子で教室へと赴くヘンリーにマルフォイがそういえばと声をかけてきた。
「列車の中で魔法薬学の本を読んでいたけど、興味があるのか?」
 教室に入るなり後ろに座ろうとしたヘンリーを呼び止め、前の席に座るよう促すマルフォイは相変わらず目元を隠し気味のヘンリーに問いかける。
「入学前に一通り目を通してみて……一番苦手そうだなって。こういうのあまり得意じゃないんだ。でも僕は僕の薬を作れるようにならないといけないから……」
 仕方なく前の席に座るヘンリーはマルフォイを見て、どきりと鼓動が跳ね上がる。薄いブロンドの髪の向こうに見える特徴的な二人の影。赤い髪のロンと会話しながら座るハリー。
 その近くにはまだ仲良くないハーマイオニーがいて……動揺を隠す様に教科書に視線を落とす。
「なるほど。常備薬となると作ったほうが都合がいいと聞くからな。そんなに心配なら今度スネイプ教授にアドバイスをもらうといいんじゃないのか?父上からも魔法薬学のエキスパートだと伺っているし、何より僕らの寮監じゃないか」
「先生の負担にならなければ聞いてみるよ」
 そういうやいなや、バタンと大きな音を立てて扉が開き、かつかつという靴音を立てて件の教授が、スネイプが入ってきた。
 ベアゾールの石、アルフォデルの球根。突然指名され、英雄だとかほんと難癖も甚だしい理不尽なことを言われて、しどろもどろになるハリーは減点されたことに顔色を失う。
 本当にひどい、とわらうスリザリン生に紛れて声に出さず、懐かしむ様に小さく微笑む。懐かしくてたまらない……平和な時間。

 ちらりと、スネイプの眼がヘンリーの静かに上がった口角に視線が向けられるが、ヘンリーは気が付いた様子もなく説明をノートに書いていく。
 怒られたハーマイオニーも何も出しゃばりたかったわけじゃない。彼女はマグル出身だから一生懸命勉強したんだろう。マグル出身の私だって魔法界出身の人とそう変わりなく答えられる、とそう思ったのかもしれない。
 でもまぁ多分……ちょっと調子に乗ったところもあるかもしれない。

 手順を何度も確かめ、切り方に気を配り……ヘンリーはちらりとスネイプが近くにいないことを確認すると前髪をかき分け、視界をクリアにする。近くにいないのであれば目を見られる心配はないはずだ。
 どこが苦手なんだ、というマルフォイの視線にこれでも練習したんだ、と苦笑し……目の前の立つ影にちらりと視線を上げる。
 目が合った瞬間、スネイプの眼が少し不快そうに細められ、ヘンリーは慌てて視線を鍋へと戻す。さすがにハリーがいるのだから気が付くはずはない。このヘーゼルの瞳が似た人物など思いつくはずがない。
 そう言い聞かせ、狂いそうになる手順を何度も頭で反復し、ハーマイオニーと同じぐらいの出来にほっと息を吐く。
 二度目だというのに失敗するわけにはいかない。

 鐘が鳴り、教室を出ていく波にハリーが消えていき……ヘンリーはマルフォイと視線を交わした後一人最後になるよう片付ける。
「まだ残っていたのかね?ミスターマクゴナガル」
 声をかけるため近づくヘンリーに気が付いたのか、スネイプの眼がじろりと、前髪に再び隠れたヘンリーの瞳を見つめる。
 どこか冷たい気がして、ヘンリーはやっぱりやめよう、と思いとどまり何でもないです、と言って足早に教室を出ていく。
 あの眼は……敵を見る時の眼だ。あの眼で見られただけでハリエットの部分が震え、萎縮してしまう。こんなんじゃだめだ、と頭を振るヘンリーは先に大広間にいたマルフォイに今度聞いてみるよ、と首を振って席に着く。
 グリフィンドールを見れば落ち込んだ様子のハリーがいて……何にも変わらないなと肩を落とした。


 土曜になると、ヘンリーはぐるりと回ってみよう、と歩き例のトラップがあった場所を見る。もう跡形もないうえ場外でのイタズラグッズの使用は禁止されたことにほっとして、静かに風を感じる様にベンチに腰を下ろす。
 考え事をしながら目を閉じるヘンリーはこれからのことを考える。もうすぐ飛行術でハリーがシーカーになる。自分も得意だが、当たり障りのない程度にしておかなければ。
 スリザリンのシーカーは2年生からはマルフォイだ。自分ではない。  
 さわりと、風が変わったことに閉じていた目を開けたヘンリーは目の前にいるスネイプに驚き、思わず仰け反って背もたれのない石のベンチにバランスを崩す。
 ぐん、と引っ張られ魔法薬の匂いに包まれたヘンリーは何が起きたかわからず、ぱちぱちとヘーゼルの眼をしばたたかせスネイプを見降ろした。
 とっさに腕を引いたものの予想以上に軽い体に勢い余って尻もちをついたスネイプを軽くまたぐようにして乗っかったヘンリーは状況を理解すると同時に慌てて離れようとして抱きすくめられる。
 もう、何が起きているのか、なんなのか。まるで分からない。
「少しは落ち着きたまえ。このようなところで転寝など、感心できない。ましてや魔法薬を手放せないのであればなおのこと」
 落ち着かせるように頭を撫でられ、ヘンリーは髪と同じぐらい顔を赤くする。ケガはないかというスネイプは顔を真っ赤にしたヘンリーに大丈夫そうだな、と言ってベンチに再度座らせた。

「すっすみません。ちょっと考えごとを……」
 うつむき、何とかばくばくと鳴る心臓を静めようとするヘンリーは正体不明の何かが温かなものがこみ上げ、戸惑うスネイプを見ることはなかった。
 何を考えている、と咳ばらいするスネイプはじろりとヘンリーを見下ろして、どこか萎縮したように見える細い肩に視線を向けた。
「先日から何やら言いたそうな顔をしているが……何かあるのであれば素直にいいたまえ。ミネルバ……マクゴナガル教授に知られたくないのであれば秘密は守ろう」
 まだ入ったばかりなのにどこか他の新入生とは雰囲気の違うヘンリーにスネイプは恩師でもある変身術の教員を思い浮かべる。
 彼女に甥がいると言う話は聞いたことがないが、プライベートなことまで全て知っているわけではない。だが、それにしてもあまりにも似ていないのは少し気になる事ではあった。

「それと、前髪を下ろしているようだが、魔法薬を生成する際耳にかけていたのは邪魔なのではないのかね?」
 今も目元が隠れているヘンリーに問いかけるスネイプにヘンリーは何とか落ち着くと視線を彷徨わせる。
「昔……父に目が怖いと……き、嫌いな人に似ているから見るなと……そういわれて……。大伯母様は気にすることはないと言っていたんですが、あまり人前に目を見せたくないんです」
 会ったこともないし、少し聞いただけの人物像とはかけ離れたマクゴナガルのダメな甥。と存在しない人を作り上げるヘンリーは気にするように前髪を撫でつける。
 親の年齢的に近いというのはスネイプもわかっていたのだろう。何か思い当たったようにして静かになるほど、と呟いた。
 学生時代にマクゴナガルという姓があったとしても学年と寮が違えばわからない。
 もしかしたらあの時代にいたのかもしれない、そう考えている風のスネイプに父さんごめんなさい、と父ジェームズに心の内で謝る。マクゴナガルにもあとで謝っておかなければ。

「その人物と同じかはわからないがおそらくと思える人物には確かに心当たりがある。だが、そのせいで手元がくるって、我が寮の1学年において優秀な君の魔法薬が台無しになるのは嘆かわしいことだ。少しずつでいい、堂々と顔を上げられるようになりたまえ」
 なだめる様に頭を撫でられ、ヘンリーはちらりとスネイプを見上げる。不安げな目を見たスネイプは自らを静めるように息を吐き……そっと離れる。
 頑張ってみます、と答えるヘンリーはそろそろ寮に戻りますといって立ち上がり、スネイプにぺこりと頭を下げて足早にその場を立ち去った。


 彼がスネイプに対し委縮しているのはあの日何かを言いたげな様子からわかってはいたが不安げに揺れるヘーゼルの瞳を見てスネイプは自分に対し溜息をついた。
 彼が委縮したのはあの授業中、あの眼から連想した男を思い出したあの瞬間、彼を睨んでしまったのかもしれない。ヘーゼルの眼を持った眼鏡の男。
 彼がもし黒髪だったのであればハリー=ポッター以上に不快だったかもしれない。
 それほどまでに彼のまなざしはあの男と酷似していた。
 らしくない、と植えられた薬草の様子を見るスネイプは小さな足音に気が付き、振り向いた。

 手を伸ばせば届く距離にいる不思議な雌鹿。まだどこか不機嫌さがにじみ出ていたのか。肩の力を抜くスネイプは少し警戒した様子の雌鹿に手を伸ばす。
 二度鼻先でつついた後、指先をぺろりとひとなめする鹿にやはりいつもの鹿だな、とそのまま小さな頭を撫で、滑らかな首筋をくすぐる。
 いやなのか、それともくすぐったいのか、ぶるりと首を振るう鹿は逃げない。
 そういえば、とあのヘンリーに対しても小さい子の様に頭を撫でていたことに気が付き、この鹿の影響かもしれないな、と緑色の眼を細ませた鹿をみる。
 なぜか萎縮した風の彼は出会った頃の雌鹿を彷彿とさせた。

「ポッターはともかく、あのものにまであの男を重ねるべきではないな」
 どこからともなく現れる雌鹿……スネイプはひそかにビオラと名付け、美しい毛並みをなでつける。
 ビオラはスネイプにすり寄り、スネイプが確認していた薬草をのぞき込む。
 特に食べるわけでもなく、鼻を寄せ匂いを確認するようなビオラは振り向いてスネイプを見上げる。

「以前頼まれて作った新薬の改良を行っている。それを服用しているものがいることはわかってはいるが、あれは副作用がまだある。もう少し安全なものをと考えているのだが……材料の品質ではあまり成果が見られないことはわかった」
 ここにある薬草は研究のためだ、というスネイプにビオラはそっと寄り添う。鐘の音が聞こえるとビオラはそっと離れ、軽やかに走って行く。
 そしていつもの場所で足を止め、振り向いてから木々に隠れる様に消えていく。本当に不思議な鹿だ、とスネイプはいつの間にか少し気を抜いていた表情をぐっと引き締め城内へと戻っていった。







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