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8:ヘンリー=マクゴナガルの入学

 記憶にあるままに滞りなく駅から船で城を目指す。あの後何とか復旧した城だが、あの痛ましい姿が今も目に焼き付いている。普段見ていた光景と違って見え……ハグリッドの号令で頭を下げる。どうか、今だけは皆に希望ある世界を……この世界の自分に、ハリー=ポッターにあらんことを。

 マクゴナガル=ヘンリーと呼ばれて前に進み出るとダンブルドアは視線で応じ、帽子をかぶせるマクゴナガルも優しく見守る雰囲気をヘンリーにしかわからないように伝える。

「おや君は……。ふむ……さてさてどうしようか。」
「私はスリザリンを。彼が選ばないスリザリンを」
「ふむ……君は真の友は得られないだろう。君が成し遂げる道は素足で茨を歩くようなものだ。それでも成し遂げたいと?」
「僕の心が読めるのなら、揺るがないこともわかっているだろう」
「そうか。そこまで決心ができているのならば私が言うことはもう何もない。スリザリン!」
 高らかに告げられた寮名に帽子を受け取ったマクゴナガルは少し意外そうな顔をして、すぐに次の生徒を呼ぶ準備をする。

「ようこそスリザリンへ。少し時間がかかったんじゃないか?」
 スリザリンのテーブルに着くなり、先についていたマルフォイがまるで昔からいたようにヘンリーを迎える。相変わらず目元が隠れているヘンリーは肩を竦めて見せて知らないと身振りで示し、あまり会話をしたくないように視線を教員席に向ける。
 本当に無口な奴だな、とマルフォイが肩を竦めて他のスリザリン生もヘンリーをそっとしておく。副校長と同じ名字であってもその家の者かと判断されて深く探るようなものもいない。

 組み分けが終わった後のダンブルドアの演説を聞き、懐かしいと視線をマクゴナガルに動かし、そのままスネイプへと向ける。スネイプの眼はグリフィンドールに向けられており、あぁこのタイミングだったなとクィレルに視線を移動させた。
 彼を助けることはすでにできない。ただ、未来を変えるではなく事実を変えることはできるかもしれない。

 そう、ハリーが人を殺したという事実だ。
 
 彼については自責の念に駆られはしなかった。少なくとも運命を変えようとまでは思ってもない。それに、未来にも影響はなかった。だったら……自らの手で彼の命を葬ることができるのであれば……。
 クィレルの死という事象は変えずに、事実だけを変える。彼の手を、母の残した愛の力をあんな男の命に使いたくなどない。

 食事が始まると純血主義の貴族が多いからなのか、テーブルマナーは正しく、誰かが突然背中をたたくこともない。帽子の言う真の友とはだれのことだったのか。
 マルフォイのことでいいのかそれとも……わからないヘンリーは再び教員席に目を移した。

 ばちりと、偶然なのかスネイプと目が合い、隠れた前髪の中わずかに目を見開く。スネイプはどういうわけかどこでも自分を、ハリーを見つけていた。
 気配とか、雰囲気とか……そういう形のあるものでないのであればもしかしたら何かを感じたのかもしれない。ハリエットとしての気持ちが揺れ動き、ヘンリーは無理やり視線をそらして食事を再開させる。
 また週末……彼に会ってみようか。無害な獣の姿でならば……傍にいても睨まれたりなどしないだろう。

 なぜかスネイプの視線を感じ、ヘンリーは教員席に視線を送ることはせず静かに蝋燭の揺らめきを見つめる。
 大事なのは3年生以降……。それまではいろいろ下準備をする期間だが、あまりにも短く、自由に動ける時間が少ない。
 ぞろぞろと地下牢に向かう列を歩きながらヘンリーは物思いにふけていた。

「ヘンリー=マクゴナガル」
 不意に呼ばれて顔を上げると、先ほど自分を見ていたスネイプが寮の前におり、なんだろうかと列から出て前に進み出る。鹿の姿でよく見ていたスネイプはやはりかつての記憶のままで、あの日……血濡れた彼はやはりやつれていたのだな、とぼんやりと考える。
「先ほどダンブルドア校長より君の体調について聞いた。夜10時頃に服用する魔法薬の影響で就寝が少し早いことと、体調を崩しやすいということだそうだな。我が寮において夜通し騒ぐ愚か者はいないが、君には個室が割り当てられている。体調に少しでも変化があればすぐに申し出る様に」
 スネイプの言葉を聞きながら、服用している姿を変える魔法薬についての対策を事前に聞いていたヘンリーははい、と申し訳なさそうに見えるよう静かに頷いた。
 通りかかった監督生にも少し気にかけてほしいというスネイプにヘンリーはやっぱり彼は優しいんだな、とご配慮ありがとうございますと頭を下げながらわずかに口角を上げる。

「そんな身体だと学校生活は辛いだろう?」
 談話室に入るなり声をかける監督生にヘンリーは少し考えて、スネイプ対策に伸ばしたままの前髪をさらりと耳にかける。
「大伯母様の……マクゴナガル教授の話では生まれつき少し力が強いらしいんです。制御するためにもここに来るのは大事なことで……。魔法薬が無ければ通えなかったのですが、運よく魔法薬ができたんです。具合が悪いときはきちんと医務室に行きますので……よろしくお願いします」
 ふんわりとほほ笑むヘンリーは自分の大伯母が副校長であることと、魔法薬が大切なことを合わせて伝える。
 何かあればすぐにいうんだぞ、という監督生がなぜか顔を赤くしていたのに首を傾げ、案内された個室に入っていった。
 そこまで広くない部屋だが、ちょっと大きめの机があり、ヘンリーはそこにかけられていた布を取り払う。机に置いてあったのは魔法薬を製薬するためのセット。
 今飲んでいる薬はスネイプが作ったものではない。スネイプが用意した魔法薬はいくつか保存してあり、通常は不慣れな人でも作れるよう、スネイプが丁寧に書いてくれたレシピを基にヘンリー自らが精製したものを飲んでいた。
 スネイプに頼んでいてはそれを飲む生徒がいることがばれてしまう。だから魔法薬ができてからは毎日作り続け、やっとまともなものが作れるようになった。
 が、魔法薬学が苦手なのはあまり変わっていない。そのせいか安定してくれないのが悩みの種だ。

 ちらりと窓に目を向けると大きなイカが泳いでいる。間違っても爆発させるわけにはいかないな、とヘンリーは笑って……時計を見た。薬が切れるまでもう少し時間がある。
 初のシャワーということで、監督生に声をかけられるヘンリーは手早く済ませようと場所を覚えるために男子シャワー室へと向かった。

 会話がないわけではないものの、突然石鹸がないから投げてくれとか、隣から冷水シャワーが飛んできたり……などということはなく、落ち着くなーとシャワーを済ませ、部屋に戻る。
 スネイプとの会話を聞いていたらしいマルフォイが、先に部屋に戻るヘンリーにまた明日と声をかけてくれたことが意外で……ヘンリーは自然な笑みでそれに応じ、おやすみ、と言い残して部屋に入っていった。

「マクゴナガル先生の親戚か」
「あの赤い髪はグリフィンドールのあいつらを思い浮かべるけど、やっぱり違う家なんだな」
「なんかちょっと可愛い系じゃない」
 いつもは静かなスリザリンの談話室に珍しく誰彼構わず会話する声が響いたが、今日の日記を書く黒い髪の少女がくしゅん、と小さなくしゃみを零すだけで聞こえない。
 杖を振るって鍵をかけると、寝台に身を投げ出した。ここは男子寮だからハリエットの姿を見られるわけにはいかない。
 水面に満月が映っているのか、ちらちらとした明かりが揺れ、ハリエットは窓を見上げる。かつてのようにフクロウを部屋に呼ぶことはできないが、未来に起きることを考えるのにはスリザリンの静かな空気はあっていた。

「今頃、ロン達とわいわいしてるのかな。初日の夜はどう過ごしたっけ」
 怒涛の日々で細かいことは覚えていない。これから先、きっともっとたくさんの思い出ができてかつての記憶は同化して薄らいでしまう。
 自分の杖がカギとなる本を手に取ると、10年計画という名らしい手帳にこれから先起こる出来事を覚えている限り日付と時間ともに7年先までの事柄が記録している。
 これはハリエットの杖と、本人の指でなければ開かず、無理に開けると瞬時にインクが溢れすべての文字を消してしまう、秘密を守る手帳だ。

 パラパラとみてみれば一番色々自由で何をしても未来に影響がなさそうなのは2学年。
 それ以外はやるべきことが多すぎるぐらいだ。
「僕は僕を守って死んだ人たちへの後悔と自責の念と……力不足に嘆いてばかりで前を見られなかった。ジニーにはたくさん迷惑をかけた。だから……君のために私は全てを捧げる覚悟で変えて見せる。事象は変えずに事実を変える」
 兄になるのか、弟になるのか。父も母も教えてはくれなかった、この世界での血を分けた双子の片割れ。
 漠然と……やってはいけないことを理解しているハリエットはそっと目を閉じる。
 とりあえず……勉強をおろそかにして落第したら何もかもが終わりだ。







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