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5:小鹿と男の小さな出会い

 罰則中の生徒が一棚まるまるぶちまけるという頭の痛いことをされ、明日使う予定の材料が足りなくなった、と籠を持ち質のいい材料を取りに来た男……スネイプはまったく迷惑極まりないと籠を傍に浮かせて摘み取る。
 本来は生徒に任せたいがいい状態の葉が生い茂る場所というのは反面他の草も生えており、急いでいるのに生徒に任せて適当なものを摘まれては困ると、自ら摘みに来ていた。
 人気のない場所だからこそ気兼ねなく採取できると、籠の半ばまで摘んだスネイプは背後に聞こえた音に杖を構えて立ち上がる。

 杖を向けた先にいたのは…。
「小鹿?」
 様々な魔法生物が生息する禁じられた森には珍しい、ごく普通の小柄な鹿が驚いたように立ちすくんでおり、じりっとあとずさりする。
 警戒する風の小鹿にあたりを見回すも誰かのいたずらというわけではなさそうだ、と杖をおろして緑の瞳をした小鹿を見つめた。
 驚きからまだ覚めないのか、手を伸ばしても警戒するばかりの小鹿は逃げない。
いやな男の記憶が脳裏をよぎるがなんとなくこの鹿は雌鹿ではないかと小さな頭に手を乗せた。見た目より柔らかな毛の感触がしたと同時に、弾けるようにして小鹿は逃げていき、遠くで立ち止まってスネイプを振り返る。
戸惑っているような小鹿は時を知らせる鐘の音に驚いたようにそのまま走り去っていった。

 普段感じない、柔らかな生き物の毛の感触に、ふっと笑うとそのまま作業を続ける。ダンブルドアから依頼された、彼の知り合いのために作る魔法薬はもうじき完成する。


 休日以外を一人で食べるハリエットはその日も、しもべ妖精が用意した食事をとり……何となく自分の頭に手を置いた。これまでの運動不足を解消するように走り回っていたハリエットはスネイプを見かけて、興味本位で近づいた。
 杖を構えられた時は冷や汗が出たが、小鹿と判断して杖をおろし……あろうことか野生の鹿かもしれない……いや、彼からしたら野生の鹿だ。
 そんな動物の頭を撫でるなど、かつてのスネイプらしくない。

 それに、となぜ胸がドキドキするのかわからなく、大好きな糖蜜パイも味が分からないまま夕食を取り終えた。

 9歳になって手がかからないほどに大きくなったハリエットということも、騒がしい双子の入学によって毎日騒動が起きているということもあって平日は朝晩しか会わなくなってしまったのだが、マクゴナガルからは変わらぬ愛情を注いでもらっていた。
 9歳になったことで、敷地内を出ないことと、生徒に見つからないことを条件に部屋から出る様になり、無事アニメ―ガスを取得したハリエットは校内では目くらましの呪文を使い、外ではアニメ―ガスとなって駆けまわっていた。

 生徒に見つかると酷い生徒は魔法をかけようとするので、自然と人気のない所を散歩するハリエットは前回とはまた違う人気のない場所で黒い人影を見つけた。
 静かに近づくと今度はすぐに気が付いたらしく、あの時の小鹿か、と杖を構えることなく振り向かれる。
 少し警戒しながら近づけば今度は手を伸ばすことなく、視線が手元に戻された。間近で見たスネイプは記憶にある顔よりも少し若く見え、日の下にいるおかげかそこまで悪い顔色をしているわけではない。

 それにしても何の匂いだろう、とスンスンとあたりをかぐ。
 夢中になって出どころを探るハリエットの鼻先がスネイプの手に触れ、汚れるぞと肘で押しやられる。これは違うかなと首をかしげるハリエットに仕方がない小鹿だ、と小さく笑うスネイプは魔法で手の汚れを消すと小さな頭を包む様に優しくなでた。
 これはスネイプの使った石鹸の匂いだろうか。そう考えて撫でる手を押し上げる様にして鼻先を近づける。

「あぁ、あの悪童らのイタズラで仕掛けられていた何かしらの植物の液体の匂いに反応しているのか。そんなに鼻をつけるのでない」
 苦笑して鼻先から逃れながら頭を撫で続けるスネイプにハリエットはなぜだか嬉しくなって、されるがままに撫でられる。

 鐘の音が鳴り響くと小鹿はやはり驚いたのか、するりと手から抜け出てまた走って行く。そして離れたところで、くるりと振り返り、また会えるかな、という風にじっとスネイプを見つめた。
 さぁどうか、と思わず首を傾けると小鹿は迷う様にうろうろとした後じっと見つめて走り去っていった。
 何かしらの魔法生物の血を引く鹿なのだろうか。賢い小鹿を見送ったスネイプは手に残った小さな頭の感触にそっと口角を上げて十分集まったと籠を持ち上げた。






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