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4:開けられていた鼠の穴
学校が始まってしまうと外に出られないハリエットは一年生の教科書を読み、学校に置かれた予備の杖の中から相性のいいものを選んでかつての感覚を取り戻そうと練習を重ねていた。
シリウスを助ける方法、ムーディーを助ける方法……スネイプを助ける方法。未来を変えずに未来を変える。どうすればいいんだ、とため息が出るハリエットはマクゴナガルの蔵書から変身呪文の本をとりだし、パラパラとめくる。
「アニメーガス……。そうだ。これなら……外に出られる」
回数のことを考えれば自分はハリーに接触するわけにはいかない。当然大親友達にも。鏡を見た感じではハリーだった頃をそのまま女の子にしたと言っても違和感はない。せめてと、ふわふわした髪を伸ばしてみるとリリーに似ていることに気が付き、どきりと胸を高鳴らせる。
父譲りの黒髪でも伸ばせば母のようになることに不思議だな、と傷のない額を撫でた。今度は左胸の上…鎖骨の下に小さな花の痣がある。どこにも傷がない綺麗な状態になることはないのだな、と思わず笑うハリエットは終業の鐘をきいて本から顔を上げた。
扉で完全に仕切られ、小さなリビングの様な家具と、狭いながらにも分けられているそれぞれの個室。教授の部屋にはもともとあるのか、シャワーもトイレだって備わっている。そんな小さな居住区が幼い頃からの世界で……夏だけ外に連れ出してもらい、夏だけ預かる親戚の子だとしてハグリッドとともにファングと遊ぶ。いやな顔もせず遊んでくれるハグリッドは今も昔もやはり大事な人で、頼れる存在だ。ほかにも数名いるはずの教員だが、ハリエットは会うことはなかった。そう、いるはずのスネイプにさえ会わない。
自宅を所有しているからもしかしたら帰っているのかもしれない。城内で会わないのだからそれを確かめることもできない。
考え事をするハリエットのもとにマクゴナガルが戻ってくると、その膝にのせられた本に目を落とした。
「母さん、今の私でもアニメ―ガスを取得できるかな」
そう切り出したハリエットにマクゴナガルは眉を上げ、そうですね、と考える。アニメ―ガスになった暁には登録しなければならない。
だが、まじめに登録している人などほんの一握りで、取得している人がもっと大勢いることはわかっている。だからといって推奨するわけにもいかない。それでも……ハリエットの今後を考えると誰も知らない姿を持っていた方が何かと便利だろう。何の生物かにはよるが。
「本来ならば登録しなければなりませんが、貴方の場合登録すれば存在が公になってしまいます。大体その年で取得できるものではありませんから。でも……わかりました。まずは基礎から練習しましょう。その後、教えます。アルバスにはあなたの教育は一任されていますからね」
ふっと笑うマクゴナガルは変身術では一番の成績が取れるよう、今から学びましょうと意欲を見せるハリエットを抱きしめる。記憶が戻ってからは恥ずかしがっていたハリエットだが、徐々に受け入れて、マクゴナガルを抱きしめかえす。
その週の土曜日。
ダンブルドアの許可の下暖炉からダイアゴン横丁に降り立ったマクゴナガルとハリエットはオリバンダーの店に向かった。
本来であれば早すぎるが、力が強いというとオリバンダー老人はそれならば、と杖を取り出す。杖があればコントロールするすべは身につきやすく、もっと小さい頃から杖を持つ子供だっている。大人サイズとなれば振り回すのが大変という問題もあるが次第に慣れていくのだ。
意志の強そうな目からこれはとブドウの木でできた杖を渡すも触れた瞬間それを取り上げ、サンザシ、マホガニーと次から次に取り出す。
「おお、これはどうじゃ」
そう言って取り出したのは以前より長い杖だ。
「クルミの木と芯はスナリーガスターの心臓の琴線。長さ35.56cm。勢いよく力強い呪文に耐えられる」
手に触れた瞬間、あの時の様に温かなものに包まれ、銀と緑の光が天井に向かって飛んでいく。
満足げなオリバンダーにお金を渡し、外に出ると以前より硬い感触が手になじむのが不思議で、ちらりと店を振り返る。
あの中にはヴォルデモートの兄弟杖が持ち主を待っている。運命はあの晩襲撃した際に傷を残したハリーが主役なのだ。自分はあくまでも未来を知っているだけに過ぎない。
「あぁ、そうでした。書店に立ち寄ります。くれぐれも離れないように」
手をつなぎながら歩く二人は懐かしい書店までくると来学期に使う教科書の確認のようで、待つ間ハリエットは魔法薬の本棚を見上げていた。以前はスネイプの確執もあったし苦手だった科目。
ハーマイオニーほどではなくとも、今世ではもう少し頑張ってみようかな、とそっと笑う。
「お前は予見者か」
不意に落ちてきた言葉にハリエットは驚き、自分に陰を作る男を見上げる。男は黒髪に緑の目、と呟いた後杖から縄を取り出し、ハリエットを縛り上げた。
突然のことに驚き、思わず身を固くするハリエットだが杖はまだ箱に入っている。
「何をしているのです!その子から離れなさい!」
聞き慣れた鋭い声……今はほとんど聞かない声に安堵するハリエットは店主も参戦して縛り上げる男から降ろされ……不覚にも涙が零れ落ちる。
これは生まれ変わって女の子になったせいなのか、それとも年相応の反応なのか。怖くて震えるハリエットをマクゴナガルは抱き締め、すぐにホグワーツに戻りましょうと言葉に出さず姿くらましをする。
ホグズミードから戻るマクゴナガルをダンブルドアが玄関で迎え、しがみついて涙をこぼす少女にもう大丈夫じゃと静かな声で繰り返す。
「予見者だって……黒い髪に緑の目……。知ってた」
涙ながらに伝えるハリエットの言葉にダンブルドアとマクゴナガルは思わず体を硬直させ、ちらりと顔を見合わせる。足早に去っていく二人を生徒は不思議そうに見つめ、丁度大広間に向かっていた男は抱きかかえられた小さな背中を黙って見つめていた。
「想定外のことじゃ。よもやあの二人が誰かに不用意に話したとは考えられん」
「えぇ。これまでなかったことですから……ハリエット、落ち着きました?」
マクゴナガルとハリエットの居住区に入ると切り出したダンブルドアに、マクゴナガルも困惑してハリエットにカボチャジュースを渡す。落ち着いた様子のハリエットは少し恥ずかしそうにした後、もしかしたらと唇をかんだ。
父ジェームズはハリーの後継人にシリウスをお願いしていた。では自分は?そう考えてそんなリスクを冒すはずがないと首を振るう。
もしかしたら名前ぐらいは伝えたかもしれないが予見者という重要なことは誰にも話していないはずだ。ではだれか。もしも……あの時から裏切っていて……。そして予言のことを聞き秘かに探っていた時に自分たちが生まれ、そして対策を講じる間もなく引き取られていたのであれば……。
ハリエットの表情からもしかしたら誰か疑わしき者がいるのかもしれない、とダンブルドアとマクゴナガルは顔を見合わせた。だがそれを聞き出すことはおそらく彼女の呪いに抵触するだろう。
「11歳になった時、貴方は入学します。いえ、しなければ。でもその時予見者という情報がどこからか漏れでもしたら……」
「ふむ……。まだ時間があるとはいえ、重大なことじゃ」
悩む二人にハリエットは視線を落とし……ぱっと顔を上げた。可能かどうかは知らない。ただ、たまたま目に入った本に書いてあったのだ。
「私を、僕として性別も見た目も変えることはできませんか?」
見た目だけでは足りないかもしれない。今は少女だが、20年ほどを男として生きていたのだ。もしかしたらその方が気兼ねなくいいかもしれない。
「かつての自分をそのままに出すだけですから、特に苦じゃあありませんから」
そう。問題ではない。あるとすれば魔法薬だ。
「それでいいのかの?」
「どのみち、ハリーと似た姿じゃ目立ちます。だからと言って……髪の色置変えた程度じゃわかる人にはわかってしまうから……性別そのものを変えてしまえば目くらましできると思うんです」
黒髪に緑の瞳の女児。これを知られているのであれば、性別を変えてしまえばいい。髪の色はそのあと染めるなりすれば問題はないはずだ。これが最適だというハリエットを悪戯めいた眼でダンブルドアは見つめる。
すくなくとも、万が一ハリーに出会っても問題はないし、いざとなればけんかの仲裁をしてもいいだろう。ハーマイオニーがかつての騒動に巻き込まれた時、男友達であった自分との仲を好き勝手書かれ誤解された様に、男の子に近づくには同じ性のほうが目立たないで済む。
「魔法と魔法薬……。効果時間を考えれば魔法薬のほうが安心じゃろう」
「えぇ。変身呪文でもどうにかなりますが、学校生活を送るとなれば他の魔法も併用しなければなりません。それであれば体の負担を考慮し魔法薬のほうが効果は高いでしょう」
変身学の範囲でどうにかなるのでは、と考えていたハリエットはちらりと向けられた視線に思わず息がつまる。魔法薬学は……苦手だ。
「その……お世辞にもいい成績じゃなかったですけど……レシピさえあれば何回か作っていればそのうちできるようになるんじゃないかなと……」
前世ではどうだったのか、という視線に耐え切れず、素直に答えるハリエットはどうしよう、と頭を抱えた。幼い頃から魔法を教えてくれていたマクゴナガルはこれからの課題ね、とそっと笑い、考えている風のダンブルドアを見る。
「幸いにして今現在魔法薬学の教授は魔法薬学に関しては今までにないほどに優秀じゃ。もちろん、かつて担当した職員も彼に劣るとは思わんが、学生時代からこの学科に関しては上級生すらも追い抜いておった。11歳までに誰になどを伏せ副作用の少ない魔法薬の開発を依頼しよう。きっと彼ならば最適なものを作るはずじゃ」
ふむ、というダンブルドアにマクゴナガルは確かに彼ならば、と同意する。すでにここにいるスネイプのことだというのはわかっているハリエットは自分が初めて見るよりも若いスネイプは相変わらずなのか……それともやはり若いのか。
彼の隠された為人を知った今、いったいどんな関係を築くことができるのか。自分は本当に7学年の5月……彼を助けることができるのか。依頼しに行ったダンブルドアを見送り、ハリエットは改めてマクゴナガルと向き合った。
自分の傍でハリエットが危なかったことに自責の念を抱く様子のマクゴナガルにハリエットは抱きつき、大丈夫と言いながらうっすら浮かんだ涙をマクゴナガルのローブでぬぐう。
優しく抱き留め、髪を撫でるマクゴナガルは最低限彼女に自分を守るすべを教えなくては、と決意を新たにし、少々腐敗気味の魔法省などに報告などしなくてよろしい、とアニメーガスを教えることを心に誓った。
遠くで暮らすハリーは今どうしているのだろうか。きっと今マグルの生活でも必死に生きているはずだ。腕にいる子は……きっと彼も助けたいのだろう。双子の片割れであり、なによりこの運命の輪の中心にいる彼を彼女が知らないはずがない。
「アニメ―ガスはとても難しいのです。一度取得できれば造作もありませんが、その取得までが8割の魔法使いがあきらめてしまうほどです。2割にあなたはなれますか?」
マクゴナガルの真剣な目を見つめるハリエットはもちろん、と強く頷いた。
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