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3:予見者の制約
そして4歳になったハリエットに運命の時が訪れた。原因不明の高熱に3日間魘された子はぼんやりと目を開け、心配げに見つめるマクゴナガルを見つめると驚いたように目を見開いた。何が何だか分からない様子であたりを見回し、頭が痛むのか眉を寄せる。
「あぁ、やっと熱が下がったのですね。わかりますか?ハリエット」
思わずといった風に抱きしめるマクゴナガルにハリエットは戸惑い……あ、と小さく零した。
「ミネル……あれ?マクゴナガル先生……?え?」
訳が分からないという風のハリエットに気が付き、マクゴナガルは少し悲し気な、そんな眼差しで子を見つめる。とうとうこの日が来てしまったのですね、と小さくため息を吐き、杖を振るってハリエットの汗をぬぐいかわいらしい寝間着を整える。
暖炉に向かうとフルーパウダーを使ってダンブルドアを呼び、ハリエットに喉が渇いたでしょうと水差しを差し出す。
「ダンブルドア……先生?」
目を見開き、状況を理解できない風な子は大人しく水を飲んでそこで自分の姿に気が付いた。脳裏に流れていく記憶はハリエットの物もあり、ますます訳が分からず暖炉から出てきた老人を凝視する。
思わず落としかけたコップはマクゴナガルが宙に浮かし、サイドテーブルにそっと置かれた。
「ダンブルドア先生……なんで……」
「まず、状況を説明しよう。話はそれからじゃ。今の君はハリエット=ポッター。ポッター家の長女であり、ハリー=ポッターの双子の女の子じゃ。そして今4歳になった君は高熱を出し3日間意識を失っておった。襲撃の前から引き取り育てているミネルバがとても心配しておったのじゃよ」
ぽかんとした表情のハリエットに静かに説明するダンブルドアは翡翠の瞳が大きく開かれたことに微笑みながらもう一つ話したいことがあるという。
「これはとても大事なことじゃ。ミネルバもよく聞いていて欲しい。強い力を持った魔法使いが寿命などで力尽き死を迎える時でない場合……事故や事件など様々じゃが、強い後悔を抱いているときに極稀に過去に転生することがある。これを予見者と呼んでおるのじゃ。まだ話すのではないぞ。最後まで聞くのじゃ。予見者は何かしらの目的をもってこの世界に戻ってきた。じゃが過去を変えるということはすなわち未来を操作することになる。今この世界には大河の様な道がある。そう、ヴォルデモートに関することじゃ。このように大河がある場合、その流れを大きく変えることは決して許されることではない。それは運命という何かしらの大いなる力なのか、この世界に引き戻した力なのか。それはわからぬ。その流れを変えるような発言や行動は制限されておるのじゃ。違反すれば呪いがその身に降りかかる。その限度はきっと君がわかるじゃろう。じゃから……不用意な行動や発言をしてはいかん」
ハリエットという今の生について話した後、続けられた言葉にハリエットはただただ驚くしかない。
そしてだからかと、身動ぐのを制するダンブルドアの言葉に顔色を失う。
それならば何のためにここに生まれたのか。唇を噛み、何を言うべきか迷うように目を伏せた。
「先生の言葉は理解しました。僕も…私かな…も漠然とですが自分の能力についてお話を聞いているうちに理解してきました。ただ……私は助けたい人が居ます。私の制限はどうやら9回のようです。ただ、まだ加減が分かりません。どこまでが大丈夫でどこまでか違反なのか。それを掴むまでに回数を使ってしまうかもしれないことを考えるととても少ない回数しかありません。今は……僕の……前世の自分が強く出ているからハリエットの記憶と混濁しています。ただ、僕は……助けたい人が居るんです。みんなを助けたい、ダ……っ」
目を伏せ、胸の前で手を握るハリエットは突然胸に走る痛みに顔をしかめ、じわじわと全身に広がる痛みに言葉を詰まらせる。異変に気が付いたマクゴナガルがハリエットを抱きしめると、痛むのか胸元を握る手を外させ鎖骨のすぐ下を見てはっと息をのむ。筆で描くような黒い丸く可憐な花がまだ白い肌に刻まれ、熱を発ししていた。
「これが……代償……。磔呪文と同等だなんて……運命も悪趣味ですね」
荒く息を吐くハリエットに浮かんだ涙をマクゴナガルがハンカチで拭きとり、そっと横たえる。あと8回じゃ、と呟くダンブルドアを見つめるハリエットは痛みではない涙をこぼし、言えなかった言葉を心に呟く。
ダンブルドア先生も助けたい……。そう告げれば自然と未来にはダンブルドアはもういないということが分かってしまう。あぁ、そうか、とハリエットはゆっくりと目を閉じ、大きく息を吐いた。
死の運命に向かう本人に決して告げてはならないのだ。おそらく……回避させることにもペナルティはあるだろう。だけれども……どうしても助けなければならない人が居る。それに……ダンブルドアはどう考えても助けることができない。
杖の所有者の移動が一番の鍵だったのだ。あの日、マルフォイが杖をはじき後にマルフォイの杖を吹き飛ばすあの一連の流れが。
スネイプの裏切りももちろん見逃さなくてはならない。
呪いによって受けたダメージを回復させるため、一度に流れてきた未来の記憶を整理するため、ハリエットは眠りに落ちていった。そんなハリエットを不安げに見つめるマクゴナガルはさみしいものですね、と小さく微笑む。
リリーのことを思い母と教えることはついぞできなかった。大体歳が離れすぎている。ハリエットは様子を見に来たダンブルドアによってミネルバ、と呼ぶのをまねするのが当たり前になっていた。
「それにしても、性別が逆だとこれから戸惑うかもしれませんね」
ふふ、と笑うマクゴナガルにダンブルドアはそうじゃなと笑い……満足に外で遊ぶことのできないハリエットを想う。夏休みになればマクゴナガルはダンブルドアの許可の下、外に連れ出し、思う存分遊ばせられるが学校が始まってしまうとそうもいかない。
せいぜいできるのは彼女を猫の姿にして教室に連れて来るぐらいだ。この敷地外に出すわけにはいかないハリエットを知る人物も最低限でなければならない。
マクゴナガルとて教員を信用していないのではなく、あくまでも彼女と、ハリーのためだ。それに、とダンブルドアが信頼を寄せている元教え子であり、元闇の勢力であった彼にハリエットの存在を知られるのが少し怖いというのもあった。
いがみ合っていた同じく教え子のジェームズと、リリーの子供。数年もすれば会ってしまうが、まだ早いとそう考えてハリエットを二人そろって見つめる。
過去を、前世を思い出しているのか涙がこぼれる姿にどれほどつらく厳しい世界が待ち受けているのか。願わくば、今度こそ幸せになって欲しいと、ただそれだけを想う。
目が覚めてからのハリエットは前ほどマクゴナガルの傍に来なくなったが、少し寂し気にするマクゴナガルにえっと、と頬を掻く。
「女の子としての自分と前の自分とでまだちょっと恥ずかしいというか……。えっと……その……マクゴナガル先生が嫌じゃなければ……二人だけの時は母さんって呼んでいいですか?いや、その、距離があるというか……ハリエットとして生きていて……いつか呼びたいと思っていて……」
前世考えると恥ずかしいですけど、というハリエットに驚いたマクゴナガルは手にもったボタンの詰まった箱を思わず取り落とす。
慌てるハリエットはあぁごめんなさい、多分機を逃したら言えなさそうで、というハリエットを凝視して、もちろんです、と抱きしめる。彼も…そして今の彼女もそう呼ぶ相手はいない。どこかうっすらと分かっていたのだろう。
それでも、現世では家族として過ごしたいと、そういう願いなのだと分かって涙ぐみながらえぇ、と繰り返した。
かくしてハリエットは育ての親であるマクゴナガルを母とし、照れ笑いながらも素直にその愛情を受けていた。
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