砕けたパズル

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『やっぱり先生に見られてたんじゃ…。でも助けてくれなかった。僕が汚いから…。』
 食事も満足にとれていないハリーはスネイプの記憶以上にボロボロで、そしてあのパズルの絵のように顔の部分が粉々でどんな顔をしているのかすらあいまいだ。
『もしかしたら…誤解しているのかもしれない。そうだよ、先生…僕のことそんな目で見てないよ。先生に全部話そう。全部話して……話して?だめ、そんなことしたらあいつらが…。先生…先生…』
 ふらふらとおぼつかない足取りでプレゼントを胸に抱き、透明マントをはおって…ハリーは一晩あの冷たい廊下で待っていた。
 彼はすでに壊れていた。
あの前の晩はたまたまスネイプは見回りをしていなかった。していたら気が付いたはずだ。
ぶつぶつとつぶやくハリーのかすかな声を。

 そうして朝になり…スリザリン生に紛れるスネイプに声をかけることができず、戻ってきたスネイプの前でマントを脱いだ。
「せんせい。」
 蚊の鳴くような細い声にうんざりした顔のスネイプが振り返る。
『大丈夫、ほら、先生振り向いてくれた。』
 教室に入るよう背を向けたそこで疲れ切ったハリーの顔に笑みが浮かぶ。
振り向いてこの壊れた顔を見れば正気じゃないことぐらいわかるはずだった。
「何の用かね?」
「あ、あの…これクリスマスにって…。あの…ずっと言えなかったんですけど‥‥その…。」
 スネイプが振り返った時はもうハリーの笑みは消えていて…手袋の入った袋を差し出す。
この時のハリーの全財産が込められた思いのこもったプレゼント。
腕を組んだ自分はじろりと見るだけで手を伸ばさないことにスネイプは大きくため息を吐いた。

 せめて手に取っていれば。
 あの時わくわくしたあの笑顔を見ていれば。
 たらればなんて普段は考えないというのに無性に考えてしまうスネイプは…受け取ってくれないことに青ざめたハリーを見つめる。
この記憶で一つだけまだ無事なのはスネイプ自身の姿だ。
ハリー自身が粉々になり、それは周囲にいる親友を含めた記憶の世界全体にひび割れが発生しているというのに。
黒い自分だけはわずかなヒビだけで保たれている。
『どうしよう、どうしよう、どうしよう。』
 呪詛のような混乱した声にスネイプは苦痛に眉をしかめた。
「あ、の…実は「セックスにはまり、我輩だけじゃ満足できずに上級生に硬貨と引き換えに抱いてもらっていました、かね?」っ!」
 冷たい声で遮るスネイプに、ハリーの顔色が真っ白になる。
 心の声は何も聞こえない。
途端に今まで無事だったことへの反動か、記憶のスネイプに大きな亀裂が入る。
 今まで見えていた顔が割れる。
「あの、先生、「その金で購入したものなど、汚らわしい。そんな薄汚れた手で稼ぎ、握りしめたものなど誰が欲しがるというのだね。」」
 これ以上ないほどに記憶にひびが入り、乱れていく。
記憶のスネイプはほとんど残っていなかった。
『違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う聞いて、聞いて!』
 おそらく袋を差し出したのではないのだろう。手足がこわばって、前に掲げたまま一歩進み出た、ただそれだけだ。
 ばしん、という音共にハリーの思いが打ち捨てられる。
一切の音が消え、ハリーはのろのろと袋を拾い上げた。

「先生…やっぱり僕が悪いんだ。」
 途端に息ができないのか、ひゅっという音を漏らしてうまく吸えていない。
『息が、できない。息が…先生と同じ空気が…吸えない。ここはもう僕のいられる場所じゃない。そうだよ、だって僕は学生じゃなくて…娼婦…それも底辺レベルのゴミ以下の道具。』
 ははは、と笑うとそのままふらついていたのがウソのように走って…目についた荷物をトランクに押し込み、透明マントをかぶって走っていく。
 無意識なのだろう、トランクはハリーの走るスピードに合わせて浮いていた。
 汽笛がなるなか、見送るハグリッドの横をすり抜け、閉じかけた扉を押して体をねじ込む。
遅刻した生徒か、と見逃されてハリーは最後尾に移動した。

 幸い誰もいないコンパートメントを見つけて座ると遠ざかるホグワーツを静かに見つめる。
やっと息を吸うハリーははっとして杖がないことに気が付いた。慌てて探すも見つからない。
 まるで夢から覚めたように先ほどまでと変わった顔つきで、深く溜息をついた。
「なんかおかしいな…こんなミスするはずないのに。」
 おかしいと力なく笑い、羊皮紙を引っ張り出した。
「今、頭がはっきりしているときに今後のことメモしよう。じゃないと…また耳鳴りで何もわからなくなっちゃう。」
 床をこすった袋を手に取り、買いなおそうと胸に抱いた。グリンゴッツに行くことをメモし、小さく溜息をつく。
「杖がないこと先生にばれたら怒られるだろうな、」
 戻ったら全部話そう、ハリー本来のちょっと強気な面が誤解されたままは嫌だと、久しぶりに顔を出し、話すことを決めていた。
透明マントとメモをしまい、ハリーは大きくあくびをした。
 昨日は一睡もしていないのだから無理はない。
「先生…助けてくれるかな…。」
 鍵もせず眠気のままにハリーは眠り始めた。






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