砕けたパズル

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 逃げているわけではない、と誰に言うでもなく己に向かってつぶやき、パズルを手に取った。
繰り返される知らないところでの凌辱。
肌が赤くなるほど強く体をこすり、自らかきだすハリーはいつか飽きるはずだと、必死に言い聞かせて涙をこぼしていた。
口に入れられたときは喉に指を入れ、胃の中が空になるまで吐き出し続ける。痩せないはずがない。
 記憶の中に自分も登場していた。
何も知らない顔で、戸を開けるまで青白い顔をしていたハリーがどんな思いで戸を開けたか…。
全く知らない顔でハリーを迎え…見ていないところでハリーに対し熱っぽく、獲物を見つけたような少しぎらついた眼で細い体を見る…自分。

「ちゃんと罰則を与えるつもりではあったのだが、あまりにも可愛い反応をするからつい甘い罰になってしまったではないか。」
 そうだ、かつてこんな言葉をかけた。何も知らずに。
『僕の体がやらしいから…違う…「せっ先生がそうさせたんでしょ。」お願い、そうだって言って。』
 ぎくりと体を強ばらせるハリーは瞳を震わせたあと、口を開く。
「珍しく正解だミスターポッター。一度君の甘さを知ったならばまた吸いたいと思うのは当然ではないかね。」
『やっぱり僕がいけないの?こんな節操のない、淫らで汚い僕が…先生を、あいつらを…』
 呆然とするハリーに気が付かず、口づける自分の姿をスネイプは呪い殺してしまいたくて自分自身への落胆のため息をこぼした。
それ以降もハリーの出すささやかなSOSに気が付くことはなく、ハリーの体がより敏感になるよう、その蕾を一つ一つ咲かせることに専念する自分。
うんざりするようにため息をつくスネイプにハリーの思惑が聞こえてくる。 
『先生…ごめんなさい…。先生…。お願い…全部全部塗り替えて…こんないやらしい穢い僕だけど、先生に触れられるときれいになった気がして…ごめんなさい。利用するわけじゃないのに…ごめんなさい…。』
 甘く啼くハリーを抱きしめ、穿つ自分に必死についていくハリーは謝罪と、すくわれているような安堵の声をずっと繰り返していた。
 こんな自分などいくらでも利用していいと、思うと同時に…突き放したことを思い浮かべて小さくハリーと名を呼んだ。

 パズルは相変わらず抽象的な絵であまりきれいな色をしていない。
時計を見ればもう朝だった。
少し休憩をしようと部屋を出たスネイプはソファーに横たわる姿に寝不足な頭を覚醒させる。
 慌てて近寄ればハリーは起きていたようですぐ目を開けた。
「部屋で眠っていいものを…。」
「眠れないんです…。あの…僕ができることはあまりなのですが、この体でよければ貴方の捌け口に使ってもらえれば…。あ、あの一応僕は娼婦なので、それなりに満足できると思います。」
 なぜここで眠らずにいたのか…家主がいないのに仕事をしているのに眠るのはしのびなかったのか。
そういう意味で問いかけたスネイプはハリーの返答に言葉を詰まらせる。
 ハリーは…おそらく最初の数日は体を売って食事にありついていたであろうことはわかっていた。
そして、だんだんと薄汚れていった彼を買う人は減り、倒れる前にはもうなんにも食べていなかったのだろう。
きっと今のハリーの思考的には自分は身体を売って生活する最低レベルの情婦であり、助けられた以上、できること‥体を使うことで対価を支払いたいということなのだろうと、スネイプはこぶしを握り締め、また新しい傷が手のひらに刻まれることを自覚した。

「別にそれを求めて助けたわけではない。君を保護したいと思ったまでだ。」
 対価はいらない、そう告げると起き上がったハリーはだめだと首を振り一歩下がる。
ざわりとした嫌な予感に一歩踏み出せばさらに少年は下がっていく。
「ダメ…そんなこと言わないで…僕は…抱かれる以外何の価値もない人間だから…。穢れているから…そうだ、汚れているんだ。汚いから…。足の緩い娼婦じゃないと…なんで捨てられたか…穢れているから…。やだ…彼がいなくなったのは僕が穢れているからで…。」
 ぶつぶつと支離滅裂なつぶやきを繰り返す少年は固く握りしめた手をほどき、その掌を見つめる。
足りないんだ、とそうつぶやくと遠ざかろうとしていた先ほどの行動とは別にスネイプの脇を通り抜けようと駆けだす。

 尋常ではないようすに慌てて抱きとめると、細い首筋が赤くなっていることに気が付いた。
もがくハリーを抱きとめ、首元をみればあの手袋で強くこすったのだろう、赤くなった肌は少し血が滲んでいる。
あの記憶で見たハリーがフラッシュバックし、あの記憶とは違う素手ではないぼろぼろの手袋の堅さに焦るような気持ちが胸を埋めていく。
半狂乱になっているハリーをソファーにと押し付け、覆いかぶさるようにまたがり、手袋ごと両手を抑え込む。
 状況を把握できていないのか、それとも“穢れた体をきれいにする”ことへの強迫観念のほうが勝っているのか。
もがくハリーは目の前のスネイプを見ていない。
 穢れてなどない、初めから穢れてなどいない、とうつむくスネイプはそっと暴れるハリーの唇に触れるだけの口づけを落とし、抱きしめた。

 肩口の顔を埋め、抱きしめるスネイプにもがいていたハリーの体から力が抜けていく。
 ハリーの心はバラバラで、壊れた精神ははたして記憶を消しただけで直るのか。
 気絶したハリーの髪を撫で、額に口づける。とにかく怪我を治さねばといくつか魔法薬を手に取り、寝室へと戻っていった。
 服を脱がせば白い肌に筋のような赤い傷がいくつもあり、手袋越しに触ったのか、下半身に目立つ傷は胸をえぐられるよな痛みが走り、薬を塗りながらこれからすべきことをただ、考えるしかなかった。
 とにかく、この手袋は外さないと傷は増える一方だと、手袋を脱がしサイドチェストに入れて施錠する。
握りしめることが多いせいか、ハリーの手もまたぼろぼろだ。
 細く小さな手を握ると記憶にある柔らかい手とは違う、かさついた手に照れながらも愛しくてたまらなかった日々の記憶が…どこか塗り替えられてしまった気がして、ハリーの痩躯をかき抱いた。
自らも服を脱ぎ、肌を合わせれば暖かな体温に笑みがこぼれる。
これでいいんだと、顔をうずめてスネイプは眠りに落ちていった。このぼろぼろの手はハリーの心の現れだ。






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