砕けたパズル
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想像以上の現実に喘ぐような息をこぼすスネイプは先ほどまで見ていた記憶を思い出し、荒れ狂いそうになる己を必死に抑え込む。
泣きたいわけでも叫びたいわけでもない。
ただ、
息ができないだけだ。
「ここは…私の家だ。路地で死にかけていた君を連れてきた。」
困惑した顔のハリーに絞り出すように答えれば、少年は助けてもらった礼をする。
もうハリーからは逃げない、その覚悟でこの対策を始めた。
なのに求めてやまなかった緑の…くすんで見えるせいでうっそうとした森を連想させる深緑の瞳の…他人の目に踵を返したくなる。
逃げたら、二度と愛しい子は帰ってこない。
部屋に入ることもできず、扉を開いたまま握ったドアを閉めないよう、踵を返さないようにするので精いっぱいだった。
眼鏡をしないハリーは縋るように手袋ごと手を抱きしめ、静かにスネイプを見つめる。
「今はまだ体が本調子ではないだろう。ゆっくり休むといい。一階の奥…黒い扉の先だけは入らないように。それ以外であればどこにいてもいい。」
手袋を握り締めるハリーにずきずきと痛む胸が苦しい。
あの手袋は…正気を失ったハリーが唯一大事に持って行ったもの。
どれだけの思いがこもっているか想像もできない。
不思議そうな顔のハリーにどこを使ってもいいというスネイプは離れた位置で立ちすくむ少年を見つめた。
「その手袋は…。」
「これはっ!だめっ…これは彼なの…。これはダメ。僕…汚れているから…穢いから、ダメ。」
手袋の下できっと白くなるほど握り締めている手を想い、声をかけるスネイプは予想外のハリーの拒絶の声にドアノブの手がこわばるのを感じる。
目の前の少年は”ハリー”であって、”ハリー”ではない。
眼鏡をかけないのも、彼が己を拒絶し、無意識に遠ざけているのだろう。
「そうか。ならば好きにするといい。何かあれば黒い扉をたたけば出てくる。食事などは好きに取って構わない。」
何が何だか分からなくなったハリーが唯一すがる最後のよりどころ。
自分は黒い扉の向こうにいると告げて足早に立ち去る。
もう限界だった。
拒絶されることがこんなにも苦しいものかと、後ろで声を聞いた気がするがそのまま黒い扉の向こうに行き、後ろ手に鍵を閉める。
パズルを見れば再び息が詰まるが、一刻も早く完成させて記憶を消して…それでハリーが戻るとは思えなかった。
まるで祈るかのように手を合わせ、そこに額を押し付ける。
ただ一人、記憶を持つものとなるスネイプにとってハリーを助けるためとはいえ想像以上に堪える、と懺悔するもののように大きく息を吐いた。
呼び出されて、待ち伏せされて、いたるところでハリーは関係を強要されていた。
例の付き合っているものに告げるという脅しにハリーはショックを受け、突き上げられるがままに抵抗せず甘い嬌声を上げる。
今まで見た光景のせいだけでなく、めまいを感じたスネイプはふと時計を見る。
まだ薬を飲む時間ではないが、確かにこの世界であっても疲労も空腹も感じられる。
無視をするわけにもいかず、ハリーの様子を見るためにも部屋を後にした。
ふと人の気配にリビングに目を向けると、ハリーが所在無くソファーに背を向けて座っていた。
時計を見ればどれだけ集中していたのか、おそらくここにきて…ハリーが目覚めてから4時間は経っていたらしい。
時間で言えばもうこの世界で夜11時を回るところだろう。
壁に目を向ければ何もなかったところに時計が現れ、予想通りの時刻を指し示す。
「何か食べたかね?」
そうと掛けると少年はびくりと肩を揺らし、恐る恐る振り向いた。
相変わらずメガネはしていない。
「いえ…。何もしていないのに勝手に食べるのは…。」
目を伏せる少年にスネイプは軽く眉を寄せた。
そして、見つかるまで何をしていたのか、それに行きつき追及せずキッチンへと向かう。
肝心の薬は今は飲まなくていい。
幻でもいいから何か食べるべきだろうと、温かなスープとパンを出し、それをハリーの元へと持っていく。
ハリーに合わせるように自分もまたスープを前にし、何も言わず食べ始める。
自分の前に置かれたスープとパンに戸惑うハリーはありがとうございますともごもごと言い、静かに食べ始めた。
味はスネイプが想像した通りホグワーツの味だ。
「今度からは先に食べていてもいい。こんな時間だ。シャワーを浴びて寝るといい。」
「あ、あの…僕お金持ってないんです…。」
「知っている。そこは気にしなくてかまわない。」
すっかり空になった皿の前で、ポツリと告げるハリーにスネイプは首を振る。
あの生徒のせいでハリーは無一文だった。
思い出しても怒りがこみ上げるのを感じ、すぐに思考を別のことに変えた。
杖でさっとキッチンに皿を飛ばすスネイプはもう少しと黒い扉に向かっていく。
シャワー使います、と小さな声が聞こえて…再び扉を閉めた。
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