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授業が開始する鐘が鳴りざわついていた教室は入ってきた黒ずくめの教員によって一気に鎮まる。半年間はいい代理の先生だったのに、とぶつぶつ言う声は材料を切る音に消え、かつかつと歩き回る足音にそのものが消えていく。
軽いノックの音が聞こえ、生徒の目がチラチラと振り向くのを一睨みで大人しくさせ、スネイプは扉を開ける。
「頼まれていた萎びたイチジクと、鰓昆布の追加を持ってきました」
「授業の合間に来たまえ。この後は?」
「マクゴナガル先生の所でコガネムシの準備です。ついでにおいしいミルクをくださるそうなのでいただいてきます」
ウキウキとした様子の若い声は彼が復帰してから一緒に来たものの声だ。声の主は世界で唯一残ったドールというもので、本来破棄すべきところを魔法学校で管理するという名目で保護されている。
生徒らも興味津々だったが、少年は時間が空くと常に校内一恐ろしい教員の下で過ごすため、あまり深くは関われなかった。彼に何かちょっかいを出そうものならば厳しい罰則と減点が待っているため、悪戯するものもいない。
そんな風に気を付けているというのに、少年はいざこざがあると直ぐに首を出したがった。その癖に転んだりすると直ぐにひびが入る。喧嘩をしていた生徒らはそんな人形が近くに来ると慌てて話し合おう、と平和的な道を選択したためにあのような事件は起きなかった。
一日の仕事を終え、私室に戻ったスネイプはお疲れさま、と声をかける少年に目を向ける。人形として止まったがためなのかそれとももともと効果がないのか。あの薬を飲んで再起動したハリーだが、元には戻れなかった。
どうすればいいか…そう考えた時に魔法学校に復帰することでその手の話は常に新しいものが手に入ることに気が付いた。だからダンブルドアから打診があった際、二の返事で承諾したのだ。
所有者のそばにいることが一番の栄養素であるハリーは放っておくことはできず、最後のドールとして、また呪いを解くためにと魔法学校で保護するために連れてきた。
他の教員の手伝いをしながら過ごすハリーに生徒だけでなく教員からも好奇の目が向けられたが、スネイプに懐いてさっとその陰に隠れる姿に徐々に打ち解けていった。スネイプも生徒には厳しいものの、駆け寄ってきたドールはむげにはせず、軽い体を持ち上げて運ぶ姿も目撃されるようになると厳しいだけの先生という評価は変わっていた。
「先生って怖いって評判なんですね。僕の話を聞かずにずっと杖突きつけてきたから納得ですけど」
「魔法界において勝手に動き、思案できるものは総じて呪いがかかっていることが多い。得体のしれないものが裸のまま動いていたら警戒するのは当然だろう」
ミルクのカップを返すハリーに笑いかけるスネイプはしばらく酷い恰好のまま過ごさせていたことを思い出す。今ではメンテナンスもかねてバスルームに連れて行くのに恥ずかしがってなかなかうまくいかない。
そういう時は口づけて、夢中にさせている間に服を脱がせて洗う。スネイプが思い出しているようにハリーも思い出していたのか、ほんのり顔を赤らめた。
「だ、だってその…。目が覚めたら嫌だなって思ってたのに、あの制作室だったから訳が分からなかったし…。なんでそばにいるとドキドキするかもわからなかったから」
何を命じられるか、何を求められるか。目覚める前に想定していたこととは全く違う世界に混乱していた、というハリーを抱き寄せ、額に口づける。
細い体を抱き壊さないよう、抱きしめるスネイプはハリーをのぞき込んで、すっと閉じられた目に笑って唇を合わせる、ここを手に入れたのは自分でよかったと、スネイプはカツンと何かが落ちる音に苦笑して、角度を変えてさらに深く口づけた。
幸せ過ぎてどうにかなってしまう、と天使の涙を床に落としながらハリーは笑って、彼がこの家を見つけてくれたことを、怪しい箱を開けてくれたことを感謝した。
不幸なドールがその後人間に戻れたかは定かではない。魔法薬学の発展に大いに貢献した男の傍には常に少年がいたとか、助手の青年がいたとかまことしやかに語り継がれていた。
それはあまでも噂で、真相は廃屋の中庭に生えた大きな木だけが知っている。
-fin
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