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薬の精製には丸3日を費やし、薬ができたことをダンブルドアらに伝える。
「あの後これを見つけたと。そう言っておりました」
生成に必要なのは一粒。2粒あってよかった、と胸をなでおろすスネイプだが、こわばった表情のダンブルドアに見せた涙を見る。まさかこれは偽物だったのか、そう疑うスネイプだがダンブルドアのなんということじゃ、と涙を流す姿にべつの、ひやりとした何かが起きたことを悟った。
何も言わないダンブルドアはとにかく眠ったままの生徒に、と涙をぬぐい魔法疾患の病院へと向かう。
止めなかったスネイプを憎しみのこもった目で見つめる生徒の親の前で涙を入れて完成した魔法薬を飲ませる。ダンブルドアが一緒にいるからこそ、信用してもらえることを理解しているスネイプは何も言わず、ただ魔法薬の効力が働くのを祈るように見ていた。
「パパ、ママ…?」
目を覚ました生徒はぼんやりした様子で両親を見つめ、小さく声を出した。わっと泣き出す母親に抱かれ、何が起きたかわからない様子の生徒はダンブルドアとスネイプをみて、校長先生と声を出す。セブルスについては追って話そうととりあえず家族だけにしたダンブルドアは、スネイプに早く家に戻る様にと促した。
「ドール達は持ち主からの愛でもって保たれる。じゃがセブルス、ほとんど接しておらんかったろう。じっくり見る時間はなかったが痩せておった。そして涙は2つ出す方法がある。一つは愛に満ちたドールが流す涙で、これには際限がない代わりに出す条件が各々異なり、持ち主もそんな彼らの涙を手放したくなくて出回る数が少ない。もう一つは、ドール自身が機能を停止する前に誰かを想い出すものじゃ。これは条件が簡単での、目覚めさえすればすべてのドールは目覚めさせてくれたものを想い、涙する」
その代わりに機能を停止し、二度と目覚めることはない、そう続けた。ダンブルドアの言う通り、彼には愛なんてものは与えていないし、大切にすらしていない。もしこれが彼の出したものであれば…。
スネイプは身をひるがえし、家へと戻った。
不自然なほど静かな家の中には誰の気配も空気の動きもない。昼の時間だというのにあまりのも静かすぎる。ゲストルームを覗くも彼はしばらくここを使っていなかった。
それどころか顔も久々に見た程度でほとんど顔を合わせていない。制作室には向かったが誰もいない。何時もハリーがここにいる時に使っていたボロボロのソファーにいない。まさか、と埃が入らないよう、ふたを閉めた箱に手をかける。
まるであの時の焼き直しの様にハリーはそこに横たわっていた。ピクリとも動かない人形は全ての動きを止め、ただ、そこに転がっていた。
抱き上げる様に箱から出し、ソファーに横たえる。額のケガは直っておらず、ひび割れたところは黒く変色してしまっていた。服をはだければ胸の傷も再び割れて、乾いた循環液がこびりついていた。
ただ、そんな中なのにハリーの顔はどこまでも穏やかで、ほほ笑んですらある。
そうだ魔法薬が、と立ち上がりかけたスネイプはだめだ、と再び膝をついた。もし無駄であれば彼の残した唯一のものがすべてなくなってしまう。こんな男の何が彼に引っかかったのか。なぜ彼は目覚めてしまったのか。説明にはああも書かれていたが、久しぶりに人が近づいたからだと考えていた。あまりにドールに対して無知過ぎた。
ドールが禁止されたわけははっきりと分かった。きっと彼らを正式な方法で作成していた人形師にとっては迷惑だっただろう。彼らは無機物に命を与えていた。間違えた扱いをし、需要が高まると、安易な方法で生み出そうとした者たちが増えた。
彼らは人を無機物に変えた。闇の時代は愛を語るのさえ大変であったと聞く。だから大切な人を巻き込まず、それでいて愛だけは誰かに与えたい人々が代替え品にしたはずのドール。涙がとれるとわかり、今度はそれをとるために大勢の命が散り、無残に踏みにじられた。だからダンブルドアたちは禁止にしたのだ。
ひびに向かってレパロ、と唱えるも効果はない。もとよりほとんど効果はなかったのだろう。だがハリーはそれを隠した。直ったふりさえして見せた。それでいて本能を抑えて傍によることはしなかった。自分がそれを望んだから。
ゲストルームに運び、寝台に横たえる。運ぶ途中も今も、固定されていない関節はグラグラと動き、定まらない。運んでいる途中で振動で薄く開いた眼はそれ以上動くこともなければ光を放つこともない。
いまさらになって取り扱いの本を最初から目を通せば3つ目の後に4つ、大切に扱い愛を与えること。それが無ければ彼らは“枯れる”。
その一文を見つけてスネイプはハリーをかき抱いた。ぐらぐらと動く人形は何も反応を返さない。それが失った重みであることを知り、ただ、黙って抱き締め続けた。
一時的に目を覚まさせる香は停止した彼には何の効果もなかった。そのことが現実を受け入れろと言われた気がしてスネイプはただ悔しくてしょうがない。
このまま朽ちてしまうのであれば、と立ち上がったスネイプはまだ残っていた魔法薬を手に再び寝台の傍でハリーを見下ろす。涙を入れて薄く開いた唇からその魔法薬を注ぎ入れた。
人と違ってすんなりと喉を通っていくのを見て再び横たえる。何も反応を返さないハリーに無駄だったのか、とうなだれるスネイプは視界の隅で白い指がわずかに動いたことに気が付いた。
ぼんやりと目を開けるハリーは何が起きたのかわからない様子で、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。抱きしめられたことに驚き、え?なに?と戸惑う様子を見せておずおずとスネイプの背に腕を回した。
しばらくそうしていただろうか。満たされていく感覚にハリーは甘えるようにスネイプに縋りつく。自然と合わさる唇にこれ以上ない幸せを感じるハリーは額と胸の痛みが引いていくのを自覚した。
人形に呼吸は必要ないものの、そう作られているのか、息苦しさでスネイプの胸を叩く手を抑え、なおも深く口づける。自分は人形だから大丈夫とハリーは思うが、食べられているみたいだ、と舌を捕まえられ食まれることにぞくぞくとしたものを感じる。
ふいに生身だった頃の記憶が頭をよぎり、体を強張らせる。それに気が付いたスネイプは濡れた唇を解放させ、ただ抱きしめた。ちゃんとやめてくれたことに泣き出したくなるハリーは顔をスネイプにこすりつけ、熱い吐息を零す。
すっかり傷も癒えたハリーはそっと微笑んで…再び合わさる唇を静かに受け止めた。
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