--------------------------------------------
喉の渇きを覚えて目を覚ましたハリーはミルクの時間、とのろのろと起き上がり、温室からキッチンに向かう。話し声が聞こえて、先生以外の声になんだろうかと首をかしげてそっとリビングをうかがう。
見たことのない白いひげの老人の話すスネイプは深刻そうな顔で、何かを話している。ふいに老人の目が覗き見ていたハリーを捉え、はっとなって下がる。扉がそのまま大きく開き、何かに掴まれた様に引き寄せられるハリーはその場に転がって、見下ろす白髭の老人を怯えたように見上げた。
「セブルス、彼が最後のドールじゃな」
やはりいたのか、という言葉にハリーは困惑気に、助けを求める様にスネイプを見上げる。なぜこのような冷たい視線を浴びなければならないのか理解できなかった。
「えぇ。名をハリーと……」
「なんと!すでにドールにされておったのか」
苦々しげな顔のスネイプを見て、ハリーは訳が分からず座り込んだまま二人を交互に見つめるしかできない。
「セブルス、わかっておると思うがドールは」
「はい、存じております。禁制品であることも、承知の上です。ですが、私がそばに行ったことで目覚めたものを放逐するわけにもいきません」
きんせいひん、と頭の中で言葉が回るハリーは自分たちドールが禁止されていることを初めて知った。ということは自分の存在はスネイプに迷惑になるしかない。そして彼の口ぶりから壊してもらえそうにはない。
怖くなったハリーはさっと立ち上がると温室に向かって駆けだした。自分がスネイプを選んだばかりに彼に迷惑をかけてしまう。それだけは嫌だ、と心の奥で何かが叫ぶ。そうだ涙、と顔を上げたハリーは少し思案し、決意とともに顔を上げた。
ハリーが温室に向かうのが見え、スネイプは大きくため息をついた。ダンブルドアもまた厄介なことじゃ、と難しい表情であの少年の顔を思い出す。ポッター夫妻に似たドールは被害者でしかなく、禁止されているからと早々に破棄できるものでもない。
「彼は目覚めた時、破棄されることを願っており、自らを破壊しようとしたことがあります」
いったい何をするのかと警戒している中、意を決したように振り下ろしたハンマー。思い返せば彼は震えていた。痛みにもがいていた。そういえばあの時の傷は癒えたのだろうか。あれから彼の身体は点検していなかった。
「人間をドールにするには心をなくし、限りなくドールに近づける必要があったはずじゃ。推測できる範囲じゃが……彼の依頼者は奴じゃろう」
ドールはかつてペットの様な愛玩用だったともいわれる。ハウスエルフと違って魔法は使えず、ただただ傅くだけの人形。拒絶もしない、自分好みにカスタマイズさせた人形に手を出す人がでるのは自然の流れだったのかもしれない。そして、より人に近い人形をと求めて……安易にそれが作成できる禁断の領域に足を踏み入れるのは時間の問題だったのだろう。
その様です、と頷くだけのスネイプは困ったような顔のハリーを思い浮かべた。かの闇の帝王が彼の精神を破壊したのはそういった意図もあったのだろう。ふと、別の意味での愛玩用のはずがハリーは一度も笑顔を見せたことが無いことに気が付いた。悲しんだり戸惑ったり、怯えていたり。
ダンブルドアは今は内密にしておこうと家を出て行き、残されたスネイプは戸惑っていた。そこにノックの音が聞こえ、顔を上げれば小さな笑みを浮かべたハリーがありました、と何かを大切そうに持って立っていた。
いったい何を、と考えるスネイプの前にやって来たハリーは手を出すように促すだけで何をとは言わない。これを、と手渡されたのは翡翠の様な、緑に輝く宝石だった。
「天使の涙。あったんです。先ほどの方が誰かわからないですけど、必要としている人が居るんですよね。手遅れになる前に早く」
逃げ込んだ先に見つけたんです、というハリーにスネイプは驚き、手のひらに乗った2粒の宝石をまじまじと見つめる。真珠の様な独特の光沢を持ち、少し重たい。
スネイプに涙を渡したハリーはミルク飲みそびれていたので、とキッチンに消えた。涙はのむ直前に入れれば完成する。急ぎ精製に取り掛かるスネイプをハリーはそっと見送った。
|