--------------------------------------------
中庭で作業をするハリーを見て、それから家の図面を引っ張り出す。隠し部屋がありそうな場所、とみていくと寝室に空白の場所があった。寝室のクローゼットの隅。この先にわずかだがスペースがあった。
左に2、右に4、時計回りに杖を回すと壁が揺れ、隠れた机といすが出てきた。日誌を書いていたらしいそこには新聞の切り抜きと日誌、そして“ハリー”の受注書が置いてあった。
【ポッター夫妻の一人息子未だ行方不明】
そう書かれた記事と、受注書に書かれた素体提供アリの一文。そして彼を闇の帝王の魂の器にするべく、その魂の一片を入れることという。そして、その必要が来るまでは身の世話をするためにハウスエルフの服装でいいと。
やはり彼は闇の帝王の命令であり、先ほど聞いたより人に近いドールにするためにささげられた命の変わり果てた姿だったのだと、手が震える。
隠された日誌には受注を受ける少し前の日に目を通すと、人形師の苦悩が書かれていた。
“例のあの人からより精巧なドールを作りたくないかと話を持ち掛けられた。だがあれには人の素体が必要であることと、とても難しいことを伝えた。球体間接ではない滑らかな肌を持つドールを作るのは夢だが、あれは名人と言われるごく一部の人形師の域に達しなければならない。私の技術力では命があと200年あっても無理だろう。だが人を使えば。いや、手を出すわけにはいかない。そもそもどうやって子供をもつれてくるというのだ。そんなこと私にはできない”
“傷みつけられた子供を連れてあの人がやって来た。あまりにも生意気だったからここに連れてくる前に部下とともに慰み者にしてやった、という子供は絶望した顔で弱弱しくこちらを見てきた。魂の波長が似た子供だというが、緊急用の魂の器にするという以外に楽しめるという男に吐き気を覚え、陰った緑の瞳を見るしかなかった。一週間以内にやれという例の人はこちらの言葉に耳を貸さずに出て行った。もしできなければ孫を殺すと言われ、どうすることもできない。それに、なんと嗜虐心をかられる顔立ちをした少年だろうか。これがドールになったら……”
“もとよりこの家には妻も子も立ち寄らせなかったが、今後入れるわけにはいかないだろう。例のあの人らが気に入る子は何とも甘美な声を上げた。この子がドールになればどれほど美しいものができるのか。手当を施し、体力を付けさせる。人をドールにする魔法は知っている”
“例のあの人は知らないだろう。ドールは気に入った相手の前でなければ目覚めない。製作者である私は彼らから気に入られることはないが、目覚めさせておくことはできる”
“子供をついにドールにすることに成功した。念のためと味見をしたが申し分ない。これ以上ない最高のドールだ”
“新聞を見た。なんということをしたのか。例のあの人に対抗する騎士団であった夫妻が襲われ、見せしめの様にされていたという。生きのこった子供は……彼らが必死に守ろうとした子供はもうドールになっている。そうだ、この子供は闇の帝王らのおもちゃではない。なんてことをしたのだ”
スネイプは読み進めるたびに怒りが渦巻き、杖を握った手が震える。彼が目覚めた時何をした。彼は自らの死を願っていた。それはこの背景が原因だろう。人形師は我に返ったが、支払われた代価は戻らない。日誌には天使の接吻を使えばあるいは、という一文で終わっていた。
彼が元に戻るか、と書かれていない続きを読み取り、深々とため息をついた。幸いなことにドールを渡す前に闇の帝王は倒れたが、遅すぎたのだ。人形師は発覚を恐れてハリーを封じて隠したのだ。
中庭にいたハリーはぎしぎしを軋む足をなだめて空を見上げる。ドールには3食のミルクと角砂糖以外に必要なものがあった。それは目覚めることになった相手からの想い。
目覚めてあのミルク騒動で服を用意してもらったり、作業の説明を聞いたり、先生に接している間は細々と流れる水の様に少量得ていたがもうそろそろその恩恵の効果も切れそうだった。
もう今後貰うことはないだろう、とあきらめるハリーは大丈夫と胸元に手を置いた。初日に強くたたいた胸は少し直りかけていたが、先日から変色しだしていたし、髪で隠れた額は傷が癒えていない。明らかにパワー不足だった。もうすぐこの体は壊れて眠る。それは救いであったし、少し寂しくもあった。本能的に“枯れる”という現象を感じ、それに静かに身をゆだねる。
足音に顔を上げると、スネイプが居て何かしてしまったのかと慌てて立ち上がった。首を傾げ、なんとなく呼ばれた気がして傍による。
見上げるドールのまなざしにスネイプはただ黙って見下ろした。居心地の悪いハリーはそっと目を伏せる。選んだ相手である彼に見つめられるだけで飢えていた部分が癒される気がして、そんな自分に嫌悪感を覚えていた。
「天使の涙を知っているかね?精製する魔法薬に必要なのだが」
知ってしまった彼の正体について尋ねるべきか、迷うスネイプは話題を別のものにして尋ねる。少し考える風のハリーはこくりと頷いた。
「多分この家にはないかと思います。ドールの涙は手に入らないと箱に入れる前に彼は言っていましたから」
僕は出したことが無いから見たことはありません、とハリーは首を振った。そもそも素体があるドールから生成できるかはわからないスネイプはそうか、というだけでそれ以上の会話が続かない。
「必要なものなんですか?念のため探しますけど」
「あぁ…生徒が一人昏睡状態のままで目を覚ます気配が無いのだ」
どこかに一つぐらいはあるかもしれないと考えるハリーはドールとしての意識の中に涙について何かないか探り、スネイプに尋ねる。言いにくそうなスネイプの言葉にハリーははっと目を見開いてスネイプが置いていたレシピに付随した手紙を思い出す。勝手に読むのは気が引けたが、たまたま目に入ってしまったのだ。
「それなら探してみます」
どこかあるかもしれない、というハリーにスネイプはどう接するべきか迷っていた。彼は被害者で、得体のしれないドールどころではなかった。気味が悪いと思うその気持ちを除外すればハリーは確かに長いまつげも意志が強そうな口元も、強めの光を携えた目も……整っていた。彼が絶望の表情を浮かべるなど想像しがたいものであった。
あまり無理はしないように、という言葉に体調不良がばれているのではと警戒するハリーだがそうではなさそうで、あいまいにうなずくにとどめた。
|