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 フクロウが吉報をもってやって来たのはそれから少し経ってからだった。生徒の目を覚ますために有用そうな魔法薬が見つかったという。まだほかにないか探されているらしいが、藁にも縋る思いでスネイプのもとにもその製薬方法が記載された本の写しが送られてきていた。

「新しい魔法薬ですか?」
 時折顔を合わせる様になり、材料を地下室に運ぶ手伝いをさせていたスネイプは、机に置かれた紙を手に取るハリーを見る。包帯が取れたものの、視力だけは下がってしまったままで、眼鏡をかけたドールは読んでもわからないだろうレシピを眺める。読んだところでわかりもしないだろうとレシピを取り上げ、眺める。
 本当に藁にすがる思いだったためか古い本の写しは肝心の材料がかすれて読み取れない。精製の所で辛うじていくつか読み取れるが、このままではわけのわからないものができてしまう。

「先生はすごいんですね」
 いつしか彼はスネイプのことを先生と呼ぶようになっていた。許可した書庫で本を読み、なんとなく先生と呼ぶのがいい気がした、というハリーは何かを考えている風に見え、スネイプはじろりと見下ろす。

「いえ、その図をどこか……制作室だったかな。そこで見た気がして。多分、僕が眠る前の話だと思うんですが」
 うっすらとした記憶の中でレシピに書かれた図面を見たというハリーにスネイプははっと目を見張り制作室へと向かう。ハリーは温室でハナハッカを摘みにいった。
 制作室に置かれた本棚を探ると魔法薬の本が奥の方にあり、スネイプは慎重に本を開いた。少し痛んだ様子の本をめくると、材料までがしっかりと書かれた“天使の接吻”という魔法薬の精製方法が記載されている。
「天使の涙?聞いたことのない材料だが…」
 聞き覚えのない材料に眉を寄せ、とにかく原本があったとフクロウを飛ばして本の完璧な写しを送った。いったいどんなものか、本を手にしたスネイプが製薬室でじっくりと作り方を読んでいると、はらりと紙片が落ちる。

「左に2、右に4。時計回り……。いったい何の暗号だ」
「僕を作ってくださった方の日記の場所です」
 ハナハッカの葉を籠一杯に持ったハリーがそう聞きました、と入り口から声をかける。てきぱきと教えた手順でエキスを抽出するために作業するハリーはスネイプを見ずに機械的にこたえる。いつもと違う抑揚のない声に、スネイプはじっとドールを見つめた。そこではたと気が付いたのか、ハリーは手を止めて目をしばたたかせた。

「なんで…。何今の記憶。違う。違う…」
 じり、と後ずさるハリーは震える手を握り締める。
『お前じゃない』
 シャーっと空気の抜ける様な鋭い音に、今度こそスネイプの杖が持ち上がる。スネイプに視線を移し、びくりと肩を震わせたハリーは首を振って駆けだした。中庭に行き、大きな木に寄りかかる。違う、と繰り返すだけでずるずるとその場に座り込んだ。
 偽物の目からは涙は零れない。
 

 地下室に残されたスネイプはやはり、と中庭に敷かれた砂利を踏む足音に一人納得した。かの闇の帝王は蛇の言葉を操っていた。そう、ハリーが口にした空気の抜けるような音はその蛇の言葉だ。
 彼は闇の帝王からの特注品だったのを渡す前に彼に対抗する勢力が彼を打ち破ったのだろう。だから彼は封をされたまま放置されていたのだ。どういうものかわからないが、彼は何かに混乱している風であった。
 それは頭を打った影響なのかはわからない。それでも、彼は闇の帝王とのつながりを持った禁制品のドール。余計な知識を与えるべきではなかった、とスネイプは大きくため息をついた。

 それからハリーはスネイプを避けるようになり、ゲストルームからまた温室に戻っていった。ミルクだけはきちんととって、メモで残りが少ないことなどを残す。スネイプもまた会う気が起きずに瞬く間に日は過ぎて行った。


 魔法学校からの呼び出しにスネイプは久しぶりに敷地に足を踏み入れ、生徒らの好奇の目を無視して校長室へと向かう。高齢な魔法使いであるダンブルドア校長と、副校長であるマクゴナガルが出迎え、あの生徒についてと言われる。
「あの材料にあった天使の涙じゃが、入手は困難じゃろう。あれは半世紀前に禁止されたドールから生成される特殊な宝石じゃ」
 調べても答えの出なかった謎の材料、天使の涙について口を開くダンブルドアにスネイプははっと目を見開いた。現存し、動くドールは彼しかいない。
 昏睡状態の生徒は日々衰弱し、このままでは目覚めないまま息を引き取る可能性があるという。他の魔法薬を探しているが、何か心当たりはないかというダンブルドアにスネイプは表情を変えないようにしながら言うべきか迷っていた。
 例の闇の魔法使いを降した一団は目の前の校長率いる騎士団で、ドールの開発、所持禁止も彼らの発案だった。休職中の自分が偶然とはいえそれを手にしたなど、どう思うのか。

「ミネルバから紹介された生徒の曽祖父が所有していたという家にこの魔法薬のレシピがありました。彼は研究者だったようで、ドールの開発にも手を出していたようです」
 天使の涙がそのドールのものであれば探せばあるかもしれない。そう考えたスネイプはどういうものかと問いかける。驚いた様子のマクゴナガルは紹介した生徒の性を思い出して、ああその家系でしたわね、と頷いた。考える様子のダンブルドアはうかがうようにスネイプを見て、真珠の様なものじゃ、という。

「大きさは真珠ほどで、数は非常に少ない。天使の涙はドールが流す涙のことじゃ。セブルス、ドールがどのように作られるか知っておるじゃろうか」
 そう大きなものではないというダンブルドアに制作室や製薬室にあるだろうかと考え、作り方については首を振った。マクゴナガルも知っているのか、ちらりと顔を見合わせて子供です、という。
 
「涙を流せるドールはより人に近いものとされるのです。陶器や木で作られたものに特殊な変身術の様なものをかけることで動くようになるのですが、感情が付随されたより人に近い人形は人を素体にしたと伝えられています。現に製作が盛んな時代、魔法界の子供の誘拐が後を絶ちませんでした」
 その頃、学生だったというマクゴナガルは続け、下級生が失踪する事件があったという。表情豊かなハリーを思い浮かべるスネイプは嫌な汗が背を伝うのに気がつき、あの部屋に転がったパーツを思い出す。あれは球体間接で木造だった。唯一ハリーだけが陶器のようなもので滑らかな肌を持っている。
 
「それにドールは己が気に入ったものを前にしたときにしか目覚めないつくりになっておる。おまけに涙は目覚めたドールが全て精製できるわけでもない。それゆえに涙は現存していないと考えたほうが良い」
 他の文献を調べるようにする、というダンブルドアにスネイプは何も言えず、その際は責任をもって私が精製いたします、と答えた。涙の入手は無理だと考える方がいいという二人に同調するように頷いて、スネイプは足早に家へと戻った。


 
 




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