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軽食を、と地下室から出てきたスネイプは冷蔵庫内にミルクの容器がないことに気が付き、そういえば補充をしていなかったと考える。ゴミ箱を見れば濯がれた容器があって、自分で片付けたのか考え…慌ててその空の容器を手に取る。
日付はとっくに切れているミルクを飲んでもはたして大丈夫なのだろうか。自身の軽食を放棄し、温室へと向かう。
魔法学校を休職することとなった事件が頭をよぎり、あたりを見回した。水辺の近くに少し土で汚れた素足が見え、驚いてそばに寄れば、倒れた拍子にか頭を強く打ち付け動かないドールがそこにいた。くたりと動かないドールはあの赤い循環用オイルを頭から流し、一層青白くなった顔はピクリとも動かない。
姿が姿なだけに、放っておけず小屋から設計図のようなものと日誌を手にとって、ゲストルームにハリーを運び入れた。レパロを唱えてひびを治すと、念のためにと包帯を頭に巻く。質素なローブは転んだ拍子にかほつれ、擦り傷の様なものが足にできている。
「強い衝撃、ダメージを受けると一時的にセーフモードになり、傷が癒えるのを待つほかないと。眠った状態でミルクを与える場合、専用の香を焚いて嗅がせればセーフモードでも休眠モードでも機能停止していなければ飲むことができる。香はあの部屋にあるとして、ミルクを買う必要があるな」
まったくやっかいな、と本を置き日用雑貨とともにミルクを買い出しに向かう。砂糖を常備する習慣がないスネイプは角砂糖を購入すると、未だ眠り続けるドールの元へと戻った。香は使えるものが少ししかなかったが、これで十分だろうとシナモンに似た香を焚き、嗅がせる。
ぱちりと目を開けるも、いつもの様な輝きはなく、ただ機械的に動きカップのミルクを飲み干す。どれだけ人に似ていてもやはり異なる存在なのだと、だらりと眠る姿に再認識する。ドールは規則正しい寝息をたて、ほんのり顔色を戻して静かに眠る。
その姿が休職になった原因の事件を連想させて、スネイプはその人形の包帯を巻いた顔を見た。あれは監督不行き届きと言われても仕方がない。
仲の悪い寮同士の、さらに折りの悪い同年代の生徒らのいつもの小競り合い。
そのはずだった。
たまたま、彼らの放った魔法がぶつかり、通りかかった別の生徒にその複雑に絡んだ魔法が跳ね返ってあたった。
倒れた拍子に頭を打ちつけて血を流した。
小競り合いをしていた二人は青ざめて震えて……。ことが大きくなる前になぜ止められなかったのか。以前からその二人のことを知っており、この時もまたかと思うだけで止めずにいたスネイプは監督不届きとして休職処分にされ、生徒二人は退学処分となった。
あの生徒はまだ目を覚ましていない。
ドールはそれから丸一日眠り、ぼんやりと目を開けた。辺りを見回し、起き上がる。手足が動くのを確認して、ぺたりと素足のまま歩き出す。
「目が覚めたのかね」
突然聞こえた声に驚き、ハリーは振り向く。入り口にいる男に気が付くも視界の変化にあれ?と目元をこすった。その様子にスネイプも何か気が付いたのか、傍に来て目をのぞき込む。
「すっすみません。近くなら見えるんですけど……。なんでだろう」
「眼球部分の奥に何かしら不具合が起きたのだろう。眼鏡を持ってこよう」
どのように作られたかはっきりしないが、設計図からしてかなり緻密な人形なため、頭を打った影響が出ているのだろう、と顔を離した。ちょうど持ってきたというミルクをドールに渡すと、大人しくそれを飲み干し、これもと渡された角砂糖をかじる。
「ミルクの味が悪くなったらすぐにいいたまえ。それと、なくなる前に残りが少ない、と言うこと」
管理しなければならないスネイプだが、自分でできる範囲は行ってもらうというと、ドールは頷き部屋を見回してあ、と声を上げた。
「ここ、立ち入りしていい部屋じゃないですよね。すぐ出ます。っ!?」
すみません、と部屋を出ようとするハリーをスネイプは腕を掴んで立ち止まらせる。体温のない冷たい手はボーンチャイナの様な少しなめらかな手触りで、やはり人とは違う。
「面倒でなければこの部屋を使っても構わん。それと、その恰好ではまるでハウスエルフだ。明日にはもう少しまともな服を用意しよう」
質素なローブはひざ丈で、白い足も腕もむき出しだ。痩せた体がより一層みすぼらしく見えて、スネイプは眉を寄せた。戸惑うようなハリーはわかりました、と頷いて……何かを言おうと迷った挙句口を閉ざした。
翌日から眼鏡をかけたハリーはズボンとシャツで、温室の作業を再開させた。一方スネイプはそれらを与えた後は週に一度確認することは忘れずに書庫に入る。
ドールについてを調べるのと、未発表の古い魔法薬の資料がないか、と本をあさる。ドールについては禁制品であることもあり、大っぴらに探すことはできない。ハリーが部屋を移動したことで、あの制作室をゆっくり探すことができる様になり、彼が寝た時間に灯りを付けて“ハリー”についてを探す。
箱についていた鍵は蛇。かつて震撼させた闇の魔法使いは蛇を引きつれ、シンボルとして扱っていた。まさか、と思いながら探すと金庫の様なものを見つけ、アロホモラと唱える。
半世紀前の魔法で施錠されていたからなのか、がたがたと抵抗している金庫だがガチャリという音共に扉が開く。中に入っていたのはこれまでに作られたドールたちの注文書。添えられた写真は様々だが、共通して球体間接を持ち、ハリーよりも顔の作りが人形らしく見える。だが、その中にハリーのはなかった。球体間接でないことと、表情が自然なことから特別な客からの特注品であることからますます疑いが深くなる。
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