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「本当は…僕の気持は隠しとおすつもりでした。先生はきっと僕に嫌味を言えずにいらいらして…僕の事を何も知らずに薬を飲んで、僕はそれを報告しに行って…先生が解放されたことを影で見守って静かに立ち去ろうって。だけど…。」
 ハリーはようやく顔を下ろすと、握られた手をスネイプの額に押し当てられたまま自分の額にも当てる。
こつん、と頭がぶつかって、なんだか面白くなったハリーはぽろぽろと涙をこぼしながらごめんなさい、と呟く。
「先生の声を聞いたら…どうしてもこらえられなくなって。先生がキスしてくれたことに嬉しくてうれしくて…。こんなにも優しい先生を…僕が好きになった先生を置いて行ってしまうことが悲しくて。本当は…先生に尋問の必要はない、もう自由にしていいっていうのをキングズリーが引き受けてくれることになっていたんですけど、もう一目先生に会いたくて…。先生を悲しませるだけになるのに。」
 涙をこぼすハリーにスネイプは自身を落ち着かせるためなのか大きくため息をつく。
そのまま首を動かすと、触れるほど近くにいたハリーの唇に重ねる。
ハリーもまたそれに答えるように一瞬離れた唇を追いかけ、再び合わせる。
ソファーへと押し倒すスネイプはハリーの…呪いがかけられた胸に顔をうずめた。
まだ心臓の音は力強い。

「だまって消えて後で知る方がよほどつらい。」
 ハリーに覆いかぶさるスネイプの言葉にハリーはそうですね、と泣きながら笑う。
それはハリーにとっても、スネイプがどんな気持ちで自分を見てきたか知ったあの時、返せない恩を…想いをどうすればと困惑し、憤った。
だからこそ、その痛みがわかるからこそスネイプには味わってほしくなかった。
「先生、ごめんなさい。先生を置いて行ってしまうことが…何よりも心残りになってしまいました。」
 ごめんなさいと繰り返す唇をスネイプは深く口づけることでかき消す。
「キングズリーが…ハーマイオニーが…ロンが…。皆が僕のわがままを聞いてくれました。もし先生が…先生が…。」
「ハリー。もう我輩は君の先生ではない。我輩の名前を知らないわけではないだろう。」
 抱きしめるスネイプはハリーがしゃくりあげる言葉をさえぎり、じっと緑色の瞳を見つめる。
顔を真っ赤にするハリーは小さくスネイプの名を呼ぶと、感情が暴れているのか、追いつかないのかそれを繰り返す。
「セブルス…。セブルス。」

 胸を満たす幸福感で呪いが消えてしまえばいいのに、とハリーは両手で顔を覆った。
「セブルスが…良いと言ってくれたら…最期までいてくれたら…一緒にいるといいって…。」
「当たり前だハリー。呪いがなくとも、我輩はようやく手に入れたこの宝石を…手放すつもりはない。」
 誰よりも愛してくれた親友たちの後押しもあって戻ってきたハリーにスネイプは一秒も無駄にしたくはないと、大切な宝を扱うように、そっとハリーに触れる。
「終わりが見えているのならば…最後の瞬きまでそばに居させてくれ。」
「セブルス…ありがとう。」
 嬉しさで涙をこぼすハリーにスネイプは誓うように口づけを落とした。

 呪いの速度は何をしても一定だというハリーはスネイプに懇願すると、スネイプは優しくハリーを抱きしめ、ハリーの記憶を自分に刻むように触れて、その体を深く穿つ。
 嬌声をあげながらスネイプの名を呼ぶハリーにスネイプもまた、ハリーの名を繰り返す。


 少しづつ弱ってきたハリーがセブルス、とソファーからスネイプを呼んだのは7月に入ってからの事だ。
 スネイプが外に出たらという話は実は嘘で、逃げてもよかったというハリーにスネイプは逃げるわけがないだろうと呆れたように返す。
 スネイプの杖はとっくにハリーから返されていたが、この家に来てから呪文らしい呪文は使っていない。
 二人は手をつないで近くの町へとやってきた。
「セブルスと一緒にこうして街を歩けて嬉しいな。」
 にこりと笑うハリーにスネイプはそうだな、とゆっくりと歩く。

 花屋の前で立ち止まるハリーは珍しい、とスネイプを振り仰ぐ。
「みて、緑色の薔薇だって。」
 緑の薔薇があるなんて初めて知った、というハリーにスネイプはハリーの目を見つめる。
「ハリーと同じ緑色の花だな。」
 わずかに香るバラの香りにハリーはそう?と笑うと買いたいものがあると、スネイプを別の店へと引っ張った。
 
 疲れたと座るハリーをベンチに残し、飲み物を買いに行くスネイプは隣の店に目を向けると何かを考え込む。
 戻ってきたスネイプの手に持ったものに目を向けるハリーは驚いたように眼をしばたかせて、コップを受け取りながらも目を離せない。
「あの家はそっけない気がしてな。」
 少しぐらい飾ってもいいだろう、と軽い方を…4本の真紅の薔薇が包まれた小さな花束を手渡す。
これは窓辺に飾ろう、と緑色の蕾を付けた植木鉢を持ち上げる。
 目を白黒させて驚くハリーにスネイプは悪戯が成功したように口角を上げると、そろそろ戻ろうと、ハリーの空いている手を握って歩きだす。
 リビングを彩る赤い花と、二人の寝室になった元スネイプの部屋の窓辺に飾られた緑色の薔薇は暗い気配がわずかに漂う家を明るくし、みずみずしく変化させた。


 散歩に行きましょう、というハリーに手をひかれ、外に出たのはその数日後だった。
 ハリーを支えながら歩くと、ふと茂みに何か黒いものがいることに気がついて二人は立ち止まる。
「カラス?」
 羽が見えたことで鳥かなと思うがとても黒い。ワタリガラスはこんな色だったかと考えるハリーにスネイプは近付くと珍しいなとそれを持ち上げた。
「メラニズムの梟だ。アルビノと違って色素が濃く出ているものだ。」
 くちばしだけが黄色い漆黒の梟はバサバサと動くが、飛び立つそぶりがない。
「怪我をしているな。他の獣にやられたか…。」
「セブルス、この子の手当できる?」
 羽を広げるスネイプに梟は窺うように見返すだけで暴れない。その様子にハリーは手当てしようというと、二人は梟を連れて家へと戻り、スネイプの魔法薬で治療を行う。
 さほど深い傷でなかったのか、翌朝には元気になった梟はハリーとスネイプはいくら促しても家から出ようとはせず、じっと二人を見て鳴く。
「どうやらここにいたいらしいな。」
「そういえば…セブルス、梟いなかったね。」
 野生のものに手を出してしまった以上、それがここにいたいというのならば仕方あるまい、というスネイプにハリーはじゃあ先生の梟にと、笑う。
 ノワールと名付けた梟で手紙を送る訓練として、ハーマイオニーに手紙を送った。






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