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隣の温かさがない事に目を覚ましたスネイプは起き上がってズボンをはくとハリーの姿を探して部屋を出る。
咳込む声が階下から聞こえ、また風邪をひいたのかと、スネイプはバスルームへと向かう。
咳込むハリーに何かひやりとしたものを感じるスネイプはどうした、と手に持った毛布を肩にかける。
振り向くハリーは起こしちゃいました?と明るくいうと、変にむせちゃってと口をぬぐった。まったくとため息をつくスネイプは後で咳止めを作ってやろうと髪を撫でた。
先生の事を報告にしに行かなきゃ、と出ていくハリーを見送り、スネイプは引き払う準備をしなければと部屋に戻る。
ふと、寝台に残されていたハリーの靴下にまったくと笑って隣の部屋を開ける。そういえばこの部屋に入るのは初めてだなと戸を開け…スネイプは目を見張った。
狭い部屋に狭い寝台。
この家に来た時思い浮かべた観察される側の人間が入るべき部屋。
それに、とスネイプは換気されてはいるもののごくわずかに香る鉄さびた匂いに今朝感じた嫌な予感が胸を満たす。
部屋は綺麗に整えられていてどこにもその匂いのもとがない。
部屋には他にガラスの瓶がサイドテーブルに置かれていた。中には白い真珠と、真っ黒な真珠が入っている。
見ている間に白い真珠が黒く塗りつぶされ、黒い霧がわずかにこぼれて一瞬ガラスの中が黒く濁る。
がたんと1階で物音が聞こえ、スネイプは瓶を置いて部屋を飛び出す。
帰って来たハリーは疲れた様子でシャワー室へと消えると咳込む音を響かせた。
胸が締め付けられる思いで降りるスネイプはハリーの細い背中を見る。
あの決戦後ここで迎えたハリーと今のハリー。
どうして気がつかなかったと、自分を叱咤するスネイプは痩せたその背中を腕に閉じ込める。スネイプが背後にいることに気がつかなかったハリーはびくりと肩を震わせて慌てて口もとをぬぐう。
「あの日…何があったハリー。」
抱きしめるスネイプの手がちょうどハリーの胸の前にあたり、シャツの下が異常なほど冷たい事にスネイプは歯を噛みしめる。
言葉を詰まらせるハリーは答えようとしてふらりと足をもつれさせた。
しっかり抱きとめるスネイプはハリーを抱き上げてソファーに座らせると、ハリーの前に片膝をつく。
「部屋にあったガラスの瓶…。あれは呪いを一時的に代替わりさせるための…呪いを延長させるための道具だ。」
どういうことだ、と緑色の瞳を見つめるスネイプにハリーは泣きそうな顔で天井を仰ぐ。
「あーあ…。鍵…かけたと思ったのになぁ…。ちゃんと確認しなかったから…。」
胸元を抑えるハリーにスネイプはそっとボタンを外してシャツをはだける。
ハリーは諦めたのか、抵抗せず天井を仰いだまま涙をこぼした。
陽のあたっていない白い肌の中心…心臓の上にインクをこぼしたかのような黒い痣が広がっていた。
黒くなっている肌は冷たく、スネイプの低い体温すらも触れた手から奪い取る。
「あの決戦の時…。僕はヴォルデモートと戦いました。そして、彼は僕のものになっていたダンブルドア先生の杖を知らず使って…死の呪文が僕ではなく自分にあたって…死にました。」
スネイプの震える手を感じながらハリーはぽつりとあの日の事を語りだす。
「ヴォルデモートは…自分を倒すのは予言通り僕だと、そう考えて…。ホークラックスさえあればまた蘇れる。その時僕がいては邪魔だと、自分が死んでも確実に僕が死ぬように…自分自身に呪いをかけていたそうです。自分を…ヴォルデモートを殺した人に死の呪いが掛かるようにと。」
これは…その呪いです、と俯くスネイプにハリーは淡々と続ける。呪いは強力で、スネイプへの通達が遅くなったのも全てはハリーの呪いを解くために大人達が総力を挙げて調べていたのだという。
結果はどうにもできないということだったと。
「まだ古い文献は残っていると、調べる時間を稼ぐためにあの身代わりの道具を使いました。もしも最後になるのならば何がしたいというので…僕は先生と一緒にいたいと言いました。」
辛うじてホークラックスは全て壊された後で、ヴォルデモートの状態からもこれ以上は作っていないだろうと結論付けられて…勝者はハリーだけになっていたとハリーはほっとしたように語る。
「せっかくダンブルドア先生が…フォークスが助けてくれた先生が誰かに人生を縛られて…監視されてほしくないと思って。僕に危害を加えず、あの難しい薬をおおよそかかる想定の時間内に作って喉を治すことができたらきっと、ダンブルドア先生の肖像画の証言も、僕が受け取った先生の記憶をダンブルドア先生との会話の記録だけ見せたこともすべて真実だろうと、僕が信じる先生を我々も信じようって…。」
握り返すハリーの手を引き寄せ、スネイプは祈るように自分の額に押し付けた。
また…大切なものが守ったと思ったものがこぼれていく。
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