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誰かに呼ばれ様な気がして、それでいて嫌な予感がして、ハリーは仮面と杖を手に取ると部屋の外へと飛び出した。
遠くで聞こえていた爆発音はより鮮明に聞こえて、ハリーは初日以来歩いていない屋敷を見渡すと自分の勘を信じて森の中を進む。
一番大きな戦闘はこの先の様で、音が大きくなるごとに不安と焦りが大きくなる。
不安で不安で…怖くなって仮面の下で思わず泣きそうになるのをこらえる。
ふと、森が開け囲われたヴォルデモートと、崖に追い詰めるシリウスらダンブルドア達の姿を目に入れた。
「ヴォルっ」
思わず口に出すハリーだが、誰もハリーに気が付いていない。
ふと、ヴォルデモートの視線とハリーの視線が一瞬絡み、ヴォルデモートの口が何かを紡ぐと白い閃光が放たれる。
それと入れ違いに赤い閃光がいくつも飛び交うと、崖から闇の帝王の姿は消えてしまった。
最後の悪あがきに唱えられた呪文。
誰にあたることもなく不死鳥の騎士団の隙間に消えていった呪文の行く先を目で追ったルーピンは黒い髪の小さな姿が倒れていることに気が付き、目を見開いた。
死喰い人に扮していた男…スネイプが駆け寄り、抱き上げると目元を覆う仮面が割れ、目を閉じた少年の顔があらわになる。
ヴォルデモートの最期に放った呪文が何かは近くにいたダンブルドアでさえ見当もつかず、ハリーのそばへと駆け寄る。
「気絶しているだけのようじゃな。仮面のお陰で気絶だけで済んだのか…とにかくセブルス、ハリーを聖マンゴ魔法疾患障害病院へ連れて行くんじゃ。」
ダンブルドアはすぐさまハリーの様子をうかがうと、細い体を抱き上げているスネイプに指示を出す。
頷くスネイプはハリーを抱いたまま立ち上がるとその場で姿くらましをし、病院へと急いだ。
パタパタと走る音が聞こえ、顔を上げたスネイプはついいつものように廊下を走るなとホグワーツの中と同じ口調で息を切らした少女と少年に目を向ける。
「ハリー、見つかったって…。」
「でも目を覚まさないってどういうことなんですか。」
ロンとハーマイオニーの言葉にこっちが聞きたいとため息をつき、個室の扉を開け部屋の真ん中に設えているベットを示した。
ほとんど動かず、静かに寝息を立てているだけで閉じた瞼はピクリとも動いていない。
「ハリー…。」
見つかってよかったと、静かに喜ぶハーマイオニーはハリーの手に触れ、静かにうれし涙を流す。
その傍らでロンもまたほっと胸をなでおろしながら泣きたいのをこらえるように口を引き結び、よかったと頷く。
なにがあったのか…詳しいことはわからず、ただ闇の陣営にいってしまったと聞いた時、この親友たちは驚き戸惑うばかりであった。
詳細は伏せようとしたところを、嘘はつかないでと懇願され、全てを…推測を含めてすべてを話してある。
当然のことながら二人は困惑し、ふさぎこんでしまったが決戦の前日、二人はもう親友を失いぐらいなら絶対に目をそむけないと、そう宣言した。
ハリーの裏切りについて疑心暗鬼の大人に対してそう宣言する子供たちにスネイプは強いな、と自嘲気味に笑った。
この少年少女達の半分でも勇気があれば…ハリーを突き放すではなく、きちんと話して互いにいい距離を模索して…不安定な思春期の子供を守ってあげるべきだったと、後悔だけがよぎる。
「セブルス、ハリーの様子はどうじゃ。」
部屋に入って来たダンブルドアにスネイプはまだ目を覚まさないと言う。
「ヒーラの話では精神に強い魔法を受けたのだろうと…。」
外見での怪我も何もない。
唯一あるとしたらかぶっていた仮面が倒れた拍子なのか、それとも魔法を受けた衝撃なのかで割れていたこと。
ただそれだけだ。
ふと、目を開けるとそこは一面の白い霧の中で、ぐるりと辺りを見渡す。
黒い服をきている自分を見下ろすと、ふいに視線を感じて顔を上げた。
赤い目の男の影がじっとこちらを見ている。
思わず何かを言おうとして、口を開くもなんだったか言葉にならずに霧の中へと消えた。
駆けだそうとした足は黒い服の少年が影に向かって走り出したことで止め、影と少年をただ見つめる。
少年が男にすがりつくと、男は屈んで少年を抱きしめる。
音のない世界で、何か聞こえた気がするがそれがどういう意味かわからない。
男が屈んだ体を戻すと、少年はそっと腕をからめ、霧の向こうへと歩き出す。
“君は…最後まで握りしめていた、その手に残った人のところに行くといいよ”
振り向いた少年の緑色の目と視線が絡むと、少年は反響するような声でささやく。
その言葉に掌を開くと、黒いもやが放される。
“僕はさみしがりやで、素直じゃない…、彼についていってあげなくちゃ”
もやは不意に手から消える。
少年たちが消えて行った霧とは反対に別の黒い男の影があった。
“いつでも一緒にいるっていったのに、嫉妬深い彼が皆持っていくって”
しょうがないんだから、という笑い声が聞こえる中、背を向けているのか、それとも瞳が黒いからか…どちらを向いているかわからない影を凝視する。
“さぁ、君の心の底に残されていた…想い人のところに”
もう見えなくなっていた少年の言葉に背中を押されるように足が一歩踏み出され、唯一浮かぶ言葉を口にする。
いつのまにか服はネクタイを締めた姿になっていて、それが何だか懐かしい。
「…ス」
“君はもう籠の中の鳥じゃない 放されたのなら彼のところへ戻っていいんだ”
徐々に小さくなる声にさらにもう一歩足が出ると、なんだか泣きたくなるように顔をゆがめ声を出して駆けだした。
「…ルス」
“もう君は…僕は自由に飛ぶすべを知ったんだから だから…幸せになってね 僕らの分も”
手を伸ばせば掴める距離になり、ぶつかるような勢いで影へとすがりつく。
「セブルス!」
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