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つきっきりで世話をするハーマイオニーとロンは何か聞こえた気がし、眠った親友を振り返った。
「セ…ス…。」
小さな吐息のような音共に、ハリーの眦から涙がこぼれる。
思わず息をのんで見つめていると、瞼が震え、ずっと見たかった緑色の瞳をのぞかせた。
「ハリー!!」
大声はだめ、と必死に自制する心に反して、二人は大きな声で親友の名を呼ぶ。
ぼんやりとした様子のハリーはどこにいるんだろう、といった様子で横になったままきょろきょろと、何かを探すように部屋を見渡す。
「ちょっと待ってて、今先生呼んでくるから!」
喜びを早く伝えたいからか、二人して飛び出すとそれぞれハリーを心配する大人を呼びに向かった。
一人残された少年は見慣れない部屋にまだぼんやりとする頭を張り巡らせ、どたばたと走ってくる音に扉を見つめた。
「ハリー!!」
黒い髪の男…シリウスが嬉しそうに飛び付こうとするのをルーピンが抑え、入口がつっかえる。
うれし涙をこぼしながら苦笑するルーピンがシリウスを放すと、案の定彼は嬉しさの余りハリーを抱きしめた。
ダンブルドアやマクゴナガル…ハグリッドまでくると部屋の中はいっぱいで、誰も彼もが良かったと口をそろえて安堵の表情を浮かべた。
きょとんとした様子の少年は自分を抱きしめる黒髪に目を移すと、声には出さずに違うと呟く。
あまりにも静かなハリーの様子に、徐々に興奮が冷めてきたシリウスたちは戸惑うようなハリーの顔を見て笑みを凍りつかせた。
「皆…だれ?ハリー…って誰の事…?僕?」
きょとんとした様子の少年は小首を傾げ、呟くように言う。
「セブルス…セブルスは…。」
誰もが凍りついたように顔をこわばらせる中、ハリーはたった一つ残されていた記憶の名を呟いた。
目が覚めたという知らせを聞いて真っ先に飛び出したかったスネイプは誰もいなくなった部屋の中、拳を握りしめすくんだ足をそのままに一人立っていた。
もしもまた嘘つきと、裏切り者とあの目で言われたら…。
そう考えるだけでハリーの部屋へと進めない。
「スニベルス!!!!こんなとこにいたのか!!」
怒りの形相で現れたシリウスにスネイプは眉を寄せると、強引に袖をひっぱられ思わずたたらを踏む。
「ハリーがお前を呼んでいる。」
低く唸るような声で紡がれた言葉にスネイプははっとなると、先を行くシリウスを追いかけるようにしてハリーのいる部屋へと向かった。
部屋に行けばさぞ喜びの空気だろうと考えていたスネイプだが様子がおかしい。
部屋に足を踏み入れると、心細そうにうつむく少年が顔を上げ、今にも泣きそうな声で自分の名を呼ぶ。
「セブルス…セブルスっ。」
「ハリー…。」
普段先生と呼んでいたはずのハリーが自分の名を呼ぶ…それだけでなぜか嫌な予感がし、ベットのそばへと進んだスネイプはその泣きそうな顔に思わず手を伸ばす。
ぽろりと涙がこぼれたのを合図にハリーは差し出されたスネイプの手を取ってごめんなさいと何度も謝る。
ぽろぽろと落ちる涙に戸惑うスネイプは何を謝っているのかわからず、その震える肩を抱きしめた。
「わからっない…けど…ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
何を謝っているのか、本人もわからないと言いながらただひたすらに謝り続ける。
人がいると言う状況も忘れ、スネイプはただハリーの震える小さな肩を抱きしめながらくせの強い髪をなでた。
ハリーの記憶にあるのはセブルスと言うたった一つの名前とそれに対する想いだけ。
「忘却の呪文…。まさかあんな場で使うなんて…。」
戦闘中に使うような呪文じゃないと、ルーピンは戸惑いそしてどうしてそれを唱えたのか、一つの可能性に小さくため息をつく。
愛した愛しい存在を道連れにするため…それでいて生きていてほしいと、そう願ったため…。
そしておそらくは気がついていたであろう、奥底で眠っていた小さな小さな想いを抱いていたハリーへの感謝と贖罪の気持ち。
自分を想って笑っていたハリーそのものを一人で独占するため。
全てが入り混じり、そして放たれた魔法によりハリーの記憶は隠していた想い以外の残らなかった。
ハリーは今、体への異常がないことと、だれよりも強い力で消されてしまった記憶の回復の兆しはないと、そう診断され退院手続きを取っている。
ルーピンもシリウスの事もわからないハリーは、用意された家でスネイプと共にしばらく暮らすこととなった。
悔しがるシリウスだが、覚えていない以上下手に刺激してはハリーによくないと、そう諭され憮然とした様子で、ハリーの住む家への物資の調達に行っている。
幸い、ハリーは魔法使いであることを説明されると、そうでない人との違いがわからないものの素直に受け入れてくれた。
リハビリがてら乗ってみた箒の乗り方も体が覚えていたようで受け入れられた。
ロンとハーマイオニーもまた以前のハリーは、などと引き合いに出さず、親友よ、という説明だけで少しずつ新しい関係を築き始めている。
柔軟な子たちだと、以前とは違いくすくすと笑うハリーと笑う二人にルーピンは思わず笑みを浮かべた。
新しい家に移り、最初の晩…スネイプはハリーの寝室から聞こえるすすり泣きに驚き、戸をあけると泣いているハリーを抱きしめる。
「わからない…けど…。誰かを忘れている気がして…。セブルスと同じくらい寂しい目をした誰か…。ぎゅっと胸が苦しいよ…セブルス…。」
すがりつき、涙を流すハリーは忘れたらだめだったのにと言葉を続ける。
それが誰の事か、すぐにわかるスネイプはハリーを抱きしめた。
「ハリー。私はここにいる。いなくならないから安心しなさい。いつでもここで待ってる。」
大丈夫だ、というスネイプにまた涙があふれるハリーは嗚咽交じりに頷いた。
「セブルス…」
涙で顔をぬらしながら顔を上げたハリーの震える唇を落ち着かせるよう、軽く合わせる。
セブルス、と紡ぐ唇にスネイプは答えるように、誓うように口づけを繰り返した。
-- ED2 瓶底に残った小さな想い
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