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 ずくりと、そう胸がえぐられるような気がし、嫌だと繰り返す。
「なんで…先生は僕の事を憎いから…僕が邪魔だから…子供を相手するわけがないから…。だから僕を突き放したのに…なんで…今になって。」
 震えながら必死に言葉をつなぐハリーにスネイプははっと目を見開かせた。
「どこでそれを?」
 睨むように、問いかけるスネイプにハリーの声は震えたまま聞いたからと答える。
子供だから、と言う言葉にスネイプは目を見開かせたまま、まさかとあの夜の事を思い出す。
ダンブルドアの問いかけに…そう答えた。
「僕に母さんを重ねてたくせに…。放してよ…。」
「ちがう!」
 ハリーの言葉にスネイプは思わず声を荒げると、足を開かせていた手を離し、逃げないようハリーの頭を挟むように手を突く。
 覆いかぶさる形となり、ハリーの喉がヒクリと動いたことにスネイプは気がついたが、今放せばどこかに行きそうで体制を変えることができない。
「違う…。たしかにリリーと同じ目だ。だが、顔も性格も…表情もまるで違う。ハリー…我輩はお前だからこそ…ハリーだからこそ…。」
 青ざめ震えるハリーに身代わりなんかじゃないというスネイプは何があったのか…そのピースが埋まっていくごとに…眉を寄せた。
「でも…先生はいつも泊まってはいけないって。キスだって触れるだけで…。本当は嫌なんでしょ。嫌だったんでしょ。」
「それも…違う。ハリー…。本当はお前をずっと抱きしめたかった。だが、まだハリー…お前は若い。それに教師と生徒だ。だから我輩は…我輩はハリーが大事だからこそ…。こんな醜い大人の欲望をぶつけるにはまだ早いと…。本当は余すところなく我輩を刻みたかった。だがそんなことをハリーに強いるわけにはいかない。もう少し待てと…そう自分に言い聞かせてた。」
 少しずつ震えが止まるハリーの言葉にスネイプはなんてバカなことを、と心を抉られたかのように眉を寄せ、誤解を解く。
 泊まらせれば止まらなくなるかもしれない、だから必死に余裕のある大人の振りをしていた、と言うスネイプに今度はハリーが目を見開いた。
 
 全ては勘違い。 
 コミュニケーション不足。
互いの…互いの認識のずれが全ての原因だったと、スネイプは過去の自分を呪う。
せめてもう少し…もう少し考えが及んでいれば…。
「そん…な…。今更そんなこと…もう遅いんだよ…。もう…。ヴォルにすべてを捧げるって…そう誓ったんだから…。」
 再び震える声を絞り出すハリーはもう全てが遅いんだ、と顔をそらし、涙を頬に滑らせた。
お願いだから離れて、と懇願する声にスネイプは顔を伏せる。
「行くのか?」
 ハリーを放すスネイプは呟くように問いかける。
黙ったままわずかに頷くハリーははっと顔を上げるとヴォル、と小さくつぶやいた。
自分に向けられている殺気を感じつつも、スネイプは動けずただ黙ってハリーを抱き上げる侵入者をみるだけであった。
「ハリー。」
 怒りをにじませるヴォルデモートに解放された手を伸ばすハリーは何にもなかったから大丈夫、とすがりつき行こう、と促す。
「ハリー…。」
「大丈夫。僕はヴォルを裏切らないから。ヴォル…もう一人にしないから。」
 ヴォルデモートの腕の中、囁くように、それでいてきっぱりと話すハリーにヴォルデモートは何も言わずにその場を立ち去る。
 
 一人残されたスネイプはぎりっと歯をかみしめ、ハリーが敷地の外に出るまで策を練り上げた。
自分のせいで彷徨い、蛇の甘言を聞いてしまったハリーの居場所を守るため…できる限りの事をしなければ、とダンブルドアに報告すべく立ち上がった。


 スネイプから報告を受けたダンブルドアは押し黙り、スネイプをうかがい見る。
「ではセブルス…。ハリーは服従の魔法がかけられているわけではないと?」
「えぇ。元々ポッターは芯の強い心の持ち主。それゆえに服従の呪文は聞き難いと聞きました。だからこそ…複雑なことではなく…ポッターの心のすきを突いて言葉のみで洗脳したと思われます。魔法ではないため、解呪は難しく自覚も意思もそこにはないかと。」
 ダンブルドアの言葉に頷くスネイプはかつて自分自身も闇の勢力らの甘い囁きによって、酷く偏った思想を持ったことがあるだけに呪文より厄介なことは十分理解している。
 スネイプの言葉に探るようなダンブルドアはため息を吐き、そうじゃなと言う。
 
「セブルス!ハリーは…!」
「何がどうなったんだ!おい!」
 駆けつけてきたルーピンとシリウスはダンブルドアに対峙するスネイプに詰め寄り、何があったんだと言う。
「以前…ハリーが急にリリーの事を聞いてきたことと…関係があるのかい?」
 敵意をむき出しにするシリウスを宥めるルーピンは静かにそう問いかける。
やはり、と内心唇をかむスネイプは同じように聞かれたらしいくあれがどうした、と反応するシリウスをにらむ。
「実を言うとね、セブルス。ハリーが誰を好きなのか…すぐにぴんと来て、付き合いだしたのも僕は知っているんだ。君がダブルスパイとして…そして何より教師と生徒であることから迷っているんじゃないか…それもなんとなく気がついていた。」
 静かに言葉を続けるルーピンにシリウスは何だって、と声を荒げる。
「あのハリーがこいつを!?そんな馬鹿な話あるものか!」
「人の気持ちなんてわからないよシリウス。どんなに知った仲でも…どんな偉大な魔法使いでも相手を理解しきるのは難しいことだ。」
 こんなやつと言うシリウスにルーピンは小さく首を振ると、複雑な表情の男を見る。
 
 
 大嫌いな奴の言葉に賛同するわけではないが、たしかになぜ自分の様なものをハリーは選んだのか…。
 それはスネイプ本人にもわからない。
ただ、まっすぐな瞳を自分に向けてくれることに高揚感を味わい、そしてそれを受け入れた。
小柄で華奢で、そして愛情とは何か…それを十分与えられておらず欲していた愛しい存在。
だからこそ…説明もせず、ただただ自分の中で膨れ上がる劣情を抑えるため…ダンブルドアの言葉にこれ幸いにと乗って、突き放した。
 突然突き放された子は、常に不安を抱いていた子はその言葉に深く傷つき彷徨ってしまった。
受け入れずにいればよかったのか、今更悔やんでも仕方ないことは重々承知しているが、それでも考えずにはいられない。
「穢してはならないと、そう決めて何も知られずに済むならばと放した。その結果、ハリーは傷つき、蛇の甘言を受け入れてしまった。奴は元々話術にも長け、人の心を開かせる。ハリーの心にできた隙間に、ひび割れた心に、奴はもぐりこんだ。」
 魔法よりももっと恐ろしい、言葉という証拠も何も残されない洗脳。
ハリーはずっと自分自身を認めてほしかった。
誰かに求めてほしかった。
ただ、ただ愛情を欲していた。
それをわかっていてすがりつく手を引き離し、伸ばした手から逃げてしまった。
 今はとにかくハリーを連れ戻し、ひび割れた心を…全ての誤解を解かなければと、動き始めた。










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