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 部屋に戻ったハリーはベッドに腰をおろし、ぼんやりと考えていた。
 無意識にお腹に置いていた手を下し、トランクを開ける。
 一番下に押し込んでいたローブを引き出すとすがるように抱きしめて寝台に倒れ込んだ。
 つい先日まで自分は男で…しかも相手はかなり年上で…魔法界を敵に回して暴れまわった奴で…両親の敵で…復活の時にライバルのような友人の命を奪うよう命令した男で…。
 どうしてこんな経歴の奴なんか、とローブを抱きしめる力を強めた。
 頭では分かっているのに心がついてこない。
 今すぐ戻ると言うことは、彼との繋がりを完全に断つと言うことで、世間的にもそれが正解だろう。
 でももしも…もしもこの繋がりを失いたくないのであれば、もう男には戻れないことも考えた方がいい。
 それに、名付け親もせっかくできた友人らも…皆離れてしまうかもしれない。
 こんこん、と言う音に顔を上げたハリーは慌ててローブを毛布の中に隠すと、どうぞ、と声をかけた。
「悩んでおるようじゃのハリー。」
 顔を出したのはダンブルドアで、にこりと微笑みながら中へと入る。
 寝台に座るハリーの前に椅子を持ってくるとそれに腰かけ、ハリーを見つめる。
「せっ先生は…その…。誰か知っていますよね。どっちがいいかなんて…わかりきったことなのに…。」
 俯くハリーにダンブルドアは優しく微笑み、そうじゃなぁという。
「おそらくそうじゃろうと言うのは考えついておるが、それが正解とは限らん。それに、選ぶのはハリーであって世間でも、何でもないんじゃないのかのぅ。選ぶのはハリーの心からの望みじゃ。それに、ハーマイオニー・グレンジャーやロン・ウィズリーはハリーが一生懸命考えた答えで離れていくような友人ではないじゃろう。」
 ダンブルドアの言葉にハリーは顔を上げると、じっとダンブルドアの優しげな眼を見つめた。
自分の望み、と呟くハリーにダンブルドアはそうじゃよ、と頷く。
迷うハリーは望み、と呟き目を伏せる。
「ダンブルドア先生…。もう少し考えますが…その…。最後に自分の考えた結論と望みが一緒か…確認してもいいでしょうか。」
 本当にどうしたいのか、心が想っている答えを出せるのか不安なハリーの言葉にダンブルドアはわかったと頷き、よく迷うようにと席を立つ。
「そうじゃハリー。以前見た憂いの篩でわかっておるじゃろうが…彼は家庭をよく知らん。そして非常に執着心が強い一面がある。それと…親と言うものになることにお主以上に不安や恐怖を抱くじゃろう。どちらかというと、そうじゃなぁ。ハリーがもしも繋がりを持つことを選んだ場合、絶対逃げるじゃろうな。ハリー以上に迷うじゃろう。」
 扉の前にまで来て振り向くダンブルドアは茶目っけのある眼であんまり年上だからとか考えなくともいいんじゃよ、と付け足した。
 誰もが恐れる帝王が逃げる…ぷっと吹き出したハリーはくすくすと笑いながらわかりました、と答える。
 閉まる扉をみてからローブを引っ張り出すとなんとなく気分が軽くなり、もういちど抱きしめた。
 元から一つになれるとは思ってもいないが、それでもいいとハリーは拳を握りしめる。

 
 そわそわと落ち着かないシリウスに気まずいハリーはごめん、まだ決められないと首を振り食事を取る。
 本当はまだ迷うところもあるし、不安も大きい。
 けれども、もしかしたらこれで全てうまくいくんじゃないかなんてことも考えたりもする。
 きっと話を聞いただけの母ではあるが、彼女もきっと笑いながら仕方ないと言ってくれそうな気がする。
 将来何になろうとか、今後どうしようとかたくさん考えていたことがあるが、それは女性になってもできることだ。
 ただ、やっぱりダンブルドアの言葉通り自分の思うがままにするのも考えるが、それでも気にはなる。
 ちらりと視線を上げると、ルーピンと目があい、スネイプとダンブルドアの他に相手を知っているからなら、と顔を上げた。
「リーマス、あの…その…。ちょっと相談してもいい…かな。」
「もちろんだよハリー。部屋でいいかな。」
 おずおずと声をかけるハリーに耳が思わず大きくなるシリウスだが、呼ばれたルーピンは、目で制してハリーと共に部屋へと向かった。
 先にハリーを通すと、扉に向かって杖をふるう。防音対策だよ、と笑うと寝台に腰かけたハリーに並んで腰を下ろす。
「あの…スネイプにきいたんだけど…ロンドンで…。」
「あぁ。うん。探しているときに…ね。はじめはびっくりしてすぐにセブルスの家に向かったんだ。ちょうど薬の本を開いているときで…それである程度はきいたんだ。でもまさか…ハリーがハリーだってわかっていて手を出すとは思わなかったけど。」
 ロンドンで自分らを見たと言うルーピンに確認を取るハリーは、帰って来た言葉に苦笑するしかない。
 自分が一番驚いていることだ。
「それで…どうするんだいハリー。奴は確かにあの夜までたくさんの人を傷つけて苦しめた。そして彼自身が一度は死ぬという体験を得て、蘇った今はどう考えているかわからない。生死については以前とは考えが違うかもしれない。今の彼を知っているのハリーだけだと思う。まぁ、本性というか根は同じだろうから大体は想像がつくけど、それでもハリーが選んだ道だ。ちゃんと育児の本読んで予習しとくから安心して。」
 大丈夫だよ、というルーピンにハリーは目をぱちぱちとしばたかせた。
 まさか自分がどうしようとしているのか、気が付いているのかなと、まだちゃんと決め切れていない自分の望みを知られているのかと、顔が赤らむ。
「パパとママ…二人は許してくれるかな。」
「ジェームズだったらえぇええって驚いてシリウスみたいにセブルスに詰め寄ると思う。それをリリーがたしなめて、ハリーが選んだ道じゃないってついでに彼の闇の部分が消えればもんくないでしょってまとめそうかな。ほら、リリーは元々マグル出身だからこう闇の力がっていっても用は人の問題でしょってそうとらえているような気がしたから結構柔軟に向き合ってくれると思うよ。」
 大丈夫、と励ますルーピンにハリーは少し元気づけられ、ペンダントを服の上から握りしめた。
 ハーマイオニーやロンの一家も信じている。
 きっとびっくりするだろうし、あきれたような溜息もされるだろう。
 もしもそれで離れてしまったのならきっと今までの自分が築きあげてきたと思っていた繋がりが弱かったのだとそう考えればいい。


 次の日、ハリーは今までやりたかったこと、考えてきたことを書き出す。
 そこにきっとやれなくなるだろうと思う項目と、できる項目、やれるかもしれないことを書きたした。
 クィディッチの選手は有名になることはやめておこうと消してある。闇払いは男女問わず出来る仕事だ。
 それらをまとめたところでハリーはダンブルドアに手紙を書くとヘドウィグにお願いした。

 スネイプを伴って現れたダンブルドアはにこにこと頬笑みながら居間に平たいものを置いた。
 もう先日からずっとのけ者にされて苛立つシリウスはそれを胡散臭げに見つめ、降りて来たハリーを見て弄んでいたしわくちゃな新聞を取り落とす。
 少し恥ずかしげなハリーは落ち着いた色合いの黒いブラウスに緑色のスカートをはいて立っていた。
「ダンブルドア先生、鏡を見せてください。」
 目が点になっているシリウスの視線を感じつつ、ダンブルドアの前に進み出た。
 おおきな平たい者にかけられた布を外すダンブルドアにハリーは目を閉じ、深呼吸してからゆっくりと開くとそこに映る自分を見てにこりと笑った。
 以前と違う今心に強く思う望みを映す鏡にハリーは満足げに頷き、振り向いて静かに自分を見つめる大人たちを見る。
「どうしてか自分でもよくわからないぐらいに…彼とのつながりをたちたくない。だから…この子を産みたい。もう男に戻れないかもしれなくても…僕はこの命を大切にしたい。」
 子供を抱える自分と、フードで顔を隠した男と…3人が写った鏡にハリーは決してこんなことはないだろうけど、と心にとどめて宣言する。
 もう答えがわかっていたルーピンやダンブルドアはわかったと頷き、相手の正体を知っているスネイプは学校でも見せたことがないほどの“無”表情でハリーを見つめ、驚いたままのシリウスは思考が止まったままハリーを見つめた。

「服は多分いつも通りになるけど…ちょっとこれ着てみたかったんだ。」
 なんとか黒髪の男二人の周辺に漂う空気を変えようとハリーは似合う?とわざとちょっと明るく言ってみる。
「もしかしてそれって…」
 彼の選んだ服?と視線で問いかけるルーピンにはハリーはちょっとはにかむ様に笑って頷く。
少し胸元が開いたブラウスからあの宝石が覗いて胸元を今は赤く彩る。
「男に戻りたければ我輩の機嫌がいい時であれば相談に乗ろう。だが、育児に関することには我輩は一切魔法薬は処方しない。」
 関わり合いたくないと態度で示すスネイプにダンブルドアは笑い、いざとなればわしが相談に乗ろうという。


「ちょっとまっ待ってくれ!」

 話しがまとまるなか、シリウスは声を上げると首をかしげるハリーを見る。
 気持ちの整理がつかないと言う風なシリウスは何を言えばいいのか…それすら迷いながらハリーを見た。
「まだハリーは学生だ!それにずっと男だったのを…。本当にそれでいいのか?それにスニベルスの知り合いってことは闇よりの魔法使いだろ!?」
 やっぱり黙っていられないと言うシリウスは一息にそこまで言うと、少し悲しげなハリーと珍しく同意的なスネイプを見る。
 いくらダンブルドアにハリーが決めたことを否定したりしてはいけないと言われていてもそういうわけにはいかない。
「彼が闇の魔法使いだってことも、決して善人じゃない…というよりも真逆なことをしているってことも十分わかってるよ。でも…それでもどうしても忘れられないんだ。」
 ハリーの言葉にシリウスはぐっと押し黙る。

 ふと、スネイプの知り合いで、善人…じゃなくて真逆で、年上で、3人が共通して知っている人物で…。
 そこまで考えたシリウスは思考が停止する。
 シリウス、ごめんねと部屋に戻るハリーを見送ったシリウスはどういうこと?と親友を見上げた。
「もしかしなくとももしかして?」
「そうじゃ。シリウス、ちょっと犬の姿になってくれるかの。万が一その姿で襲われた時にある程度呪文をはじくための道具をつくったんじゃが…。」
 混乱しながらもルーピンを見るシリウスにダンブルドアはそうじゃ、と言って前に出る。
 えっと、というシリウスはダンブルドアが渡したらすぐ行かなければならないところがあるんじゃと急かし、慌てて黒い犬の姿になる。
 素早くダンブルドアがその太い首に手を回すと、シルバーの首輪がそこに光っていた。

 いくらなんでもこれは、と考えるシリウスは元に戻ろうとしてん?と冷や汗をかく。
 戻れない。
 戻ろうとしているのに戻れない。
 シリウスの身に何が起きたのか察したスネイプとルーピンはこのままだとハリーにどう喰ってかかるかわらなないから…妥当なところだなと、必死に首輪を足でひっかく犬を見る。
「さて…。明後日からは新学期じゃ。リーマス、ハリーをキングスクロス駅に送ってきてもらえるかな。わしはこれからハグリッドのところに行ってそれからハリーの同級生らに手紙を書かなければならないからの。」
 嫌がる犬の首輪を握るダンブルドアは何事もなかったかのように手を振り、シリウスを連れたまま姿くらましをする。
「この展開になることは見込んでいたようだな。」
「まぁシリウスには悪いけど…ちょっとね。落ち着く必要があるね。」
 あれはハグリッドのところに預けに行ったな、とシリウスの現在地がわかり、やれやれとため息をつく。
 とりあえず、考えなければならないことの一つは片付いた。



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