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ダームストロング校も空からくるのかな、と見上げているとぼこぼこというようなくぐもった音が響き、何だろうと皆できょろきょろとしていると湖だ!と声が上がる。
 水面が沸き立つようになり、渦が発生するとその中から大きな帆船の帆柱が現れた。まるで幽霊船のような登場だ、とハリーが思うと水をあちこちから流す船に、ほの暗い明りちらちらと見える。

「どう見ても幽霊船だ……」
 うわーという声はクリビーだ。やがて錨を投げ入れる音が聞こえ、タラップを下す音が続く。やがて降りてきたのはどこか大きなシルエットに見える生徒だ。大柄なのかな、と思っているとそれは毛皮のコートを着ているからだという事が分かる。先頭を切って大股で歩くのはヤギ髭の男性で、ダンブルドアの手を両手で握手する。

 ハリーの隣の相方が笑いをこらえるためにしゃがみ、ハリーはどうしたの?と声をかける。ひくひくと震える背に、空気を読んで声を抑えてヴォルは爆笑しているらしい。
 何があったのか、顔を見合わせるハリーとロンだが、カルカロフ校長、とダンブルドアが呼んだ男は笑っていない眼のままにこやかに挨拶を交わす。そして、一人風邪気味なんだ、と近くにいた生徒を前に出し……ロンが思わずハリーの腕を叩く。

「クラムだ!!」
 思わず声を上げるのはハリー達だけではない。シェーマスやディーンらワールドカップに来ていた生徒もざわざわと声を上げる。そのおかげか、爆笑しているヴォルに気が付いたものがおらず、はぁはぁと息も絶え絶えなヴォルが立ち上がったのは、ダームストロング校の生徒らが移動し、ハリー達も城内に戻る時だった。

「カルカロフが校長、カルカロフが……」
 珍しく目じりに涙が出るほど笑ったらしいヴォルは腹が痛いといいだす。首をかしげるハリーだが、こちらを伺うスネイプを見て、ヴォルの知り合いもとい元下僕なのかなと推測する。

「はぁ……ダンブルドアめ、人の声を無理やり魔法で抑えるとは」
 自分で声を抑えていたわけではないらしいヴォルはおかげで息が苦しかった、と笑っていただけではなかったらしい。それにしても、とくつくつと笑い出すヴォルに周囲が気付き、自然と避けていく。

「ヴォルの過去関係?」
 耳に口を寄せて問うハリーにヴォルはまぁそうだと頷く。これまでのヴォルデモートの部下を思い浮かべるハリーは、すごくないのかもしれない、となんだか残念な気持ちになる。
 
 いつものように大広間の席に着くと、そこにコートを脱いで赤い制服をあらわにしたダームストロング校の生徒らが入ってくる。慌てて席を確保しようとするロンだが、クラムたちはスリザリンの席についてしまった。

「ロン、ダームストロング校は闇の魔術に力を入れている。つまり、スリザリンが近いんだ。ボーバトン校はレイブンクロー気質があるんだろう、そちらに座っている」
 残念がっているロンに、ヴォルは気にしなくてもいいだろうという。それに対し、むっとするロンだが、ヴォルはそれを無視した。最近ロンとヴォルの仲が少しピリッとしている。なぜかはハリーにも分らず、ハーマイオニーと顔を見合わせるばかりだ。以前賞金の話をしていたことからロンは出たいのかな?と思うが17歳ルールはヴォルが決めたわけではない。

「あれ?あの女……」
 どこかむっとしているロンを置いて、ヴォルはボーバトン校を見る。ひときわ美しい女性が寒そうンショールを巻き付けていた。どこか城の内装を小ばかにするように辺りを見回し、一人つんと顔を上げている。

「あの時いた……ような。ヴィーラの混血か。ロン、あの女には気を付けたほうがいいぞ。あっという間に魅了されるだろう」
 あの時いたのは血族かもしれないが、とワールドカップで声をかけてきたボーバトン校の生徒の一人じゃないかとヴォルはいう。何人かあの夜に見たな、とさっと視線を向けると相手も気が付いたのか、とびっきりの笑顔でヴォルに向かって手を振る。
 最近全くかぶっていなかった、無害な優等生ですよ、というリドルの顔で軽く手を上げて応じると、ホグワーツの男子生徒らが一斉にヴォルに目を向けた。残念イケメンのくせに!とオーラが漂うが、眉を上げたヴォルがヴォルは相変わらずモテテ困る、と口をとがらせていたハリーの唇を奪う。
 ボーバトン校の生徒は驚いて何かささやきあっているが、ヴォルはお構いなしにハリーに口付け、どろりとした熱を持った目でハリーを見つめる。至近距離でそんなヴォルの眼を見てしまったハリーは、ヴォルこそヴィーラだよ、と心の中で呟き顔が赤らむのを止められない。


 ダンブルドアが簡単な歓迎の言葉を述べ、まずは食事としようと晩さん会の開始を宣言する。

「あら、ブイヤベース。フランスとブルガリアの料理が並んでいるわ」
「ブイ……何?くしゃみ?」
 魚介が入ったスープを見たハーマイオニーはフランスに行ったこともあって、すぐにそれに手を伸ばした。名前を聞いてもちんぷんかんぷんなロンは助けを求めるようにヴォルを見る。

「ブイヤベースは魚介のスープ料理だ。トマト系だな。シェーマス、それはブルガリアの料理だ。いちいち名前は知らないが……。あぁネビル、それはエスカルゴだ。つまりはカタツムリで、フランス料理の一種だ。貝みたいな味で意外にいけるぞ」
 フランスはまぁ自分の名前のアナグラムに使うぐらいだから、知らないわけではないのだろうと思っていたハリーはヴォルの知識の深さに思わず目が輝く。ひっ、と声を上げるネビルだが、恐る恐る一つとって食べ……貝だ、と目を丸くさせた。慣れない料理に手を付けることができないロンは顔をしかめ……ふわりと香る匂いに何だろうと振り向いた。

「そのブイヤベース、いりませんか?」
 そう声をかけてきたのはあのヴォルがヴィーラの混血だといった美女で、ロンは声の出し方を忘れたかのように惚けて動かない。

「ヴォアラ」
「あら、ワールドカップにいましたムッシュ。あー……メルシー」
 ほら、と差し出すヴォルにヴィーラの女性はあの時の、と言ってヴォルの手からブイヤベースを受け取る。表情一つ変えないヴォルが意外だったのか、少し驚いた後微笑み、ブイヤベースをこぼさないように持っていく。

「あの人絶対ヴィーラだ!」
「だから子孫だと言っているだろう。あの力の感じだと……祖母か……曾祖母あたりが純正のヴィーラだろう」
 俺様にはもともと通用しないが、というヴォルはヴォルデモート時代でも、リドル時代でも虜になったことはない、と異国の料理を口に入れる。フランス料理っておいしい、とハリーが目を輝かせるのをじっと見つめ、新婚先はフランスもいいなと想像する。新婚旅行、と聞いて顔を赤らめるハリーはヴォルが一緒ならどこでもいいよ、と指を絡めた。

 平常運転過ぎるヴォルとハリーはその後のデザートもしっかり食べ舌鼓をうつ。ハーマイオニーはロンに呆れた様子で、何やら口論をしている。ロン曰くあんな女の子見たことがないだの、ホグワーツにはちゃんとした女がいないだの、散々口走っている。ため息を吐くヴォルが杖を振ると、ロンの口が張り付き、それ以上喋れなくなる。

「ハーマイオニー。今のロンに何を言っても無駄だ。もともと呪術系にロンは弱いんだ。すっかりヴィーラにのせられて、のぼせて正常な思考がない」
 だから今口論したところで無駄だ、とヒートアップしかけていたハーマイオニーを落ち着けせると、残念なものを見る目でロンを見た。怒った風なロンに対し、インペリアを受けた後のこと覚えていないのか、とヴォルは呆れた風に言い、思考が元に戻るまでそのままにしていろとハリーを抱きしめた。
 先日の授業でスキップをするという服従呪文を掛けられたロンは、授業が終わった後も時折スキップをしていて、治るのにずいぶん時間がかかったのは記憶に新しい。

「それにしてもヴィーラって人と混ざることができたのね。そういう人たちの話ってまだきちんと習っていないから……。本だけだとどういう事は書いてないからわからないのよね」
 フリットウィック先生も確かゴブリンの先祖がいるって聞いたことがあるわ、とハーマイオニーは魔法界ってまだまだ奥が深いのね、と怒っているロンを放って言う。

「有名なところでは半巨人なんかもいるな。ヴィーラは初めてだ。人狼との子供は普通の子供だと聞く。あとは……マーピープルはさすがに無理だろう」
「半巨人?」
 人狼の話を聞いて、ハーマイオニーはそれじゃあルーピン先生もご家庭を持てるのね、と笑みをこぼした。聞きなれない言葉にハリーは首を傾げ……ハーマイオニーと視線を交わすと揃ってハグリッドとマクシームを見る。明らかに大きい。

「あー……そこらへんは二人とも調べたうえで俺に真相を聞いてくれ」
 二人の視線の気が付いたヴォルがあーと珍しく口を濁らせ、徐々に落ち着いてきたロンにかけた魔法を解く。まだ怒っているが先ほどのような陶酔した感じはない。

「半巨人って……魔法界じゃ差別対象さ」
 ヴィーラの力怖い、と小さくつぶやくロンは二人へのヒントのように言い……ヴォル!と縋り付く。うっとうしい!と邪見にするヴォルだが、気が付けばダドリーは置いておき、ハリー以外で傍にいる人間にロンが入っていることに悪い気はしない。
 
 かつてどれだけ求めて、闇の魔法と力と畏怖でねじ伏せ固めた仲間とは違う。魔法薬を使った偽りでもなく、服従呪文で洗脳するでもなく……。

「今考えれば、俺様の作った組織は何と弱く、愚かで馬鹿が集まっただけの集団だったことか……」
 自分の正体を知ってもなお居続けてくれるロンやハーマイオニー。いざというとき素早く動いていることからも、迷いなくそばにいるのはよくわかる。ついぞ友、と呼ぶにふさわしいものには出会えなかったが、これが友……と思うとなんだかむず痒い。

「あ、もしかして……いいえ、そんなはずないわ。だって彼はダームストロングの校長よ?そんな人が」
「そんな人が腕にばっちり闇の印をつけ、どこかに襲撃に行くときは必ず逃げられやすいような位置取りをし、時にはほかの死喰い人らが戦闘中でも俺様に知らせねばと思ったと逃げ帰り……。かと思えば臆病風に吹かれて隠れていたり。それがあのイゴール=カルカロフだ。セ……スネイプの大分後に加入してきた奴だ」

 教師ですもの、というハーマイオニーにヴォルは淡々と、彼が知っているかつてのダームストロング校校長の正体を語る。呆れた、という風なハーマイオニーはスネイプ教授もなの?という。

「ルシウス、あいつ、あれ、ネズミ、マク……あぁヒッポグリフの時斧研いでいた奴。最近俺様がみたかつての部下はこんなところだ。これだけでも考えてみろハーマイオニー。似非貴族、根暗、逃げと言い訳ばかり男、親友を平気で売る下種野郎、バカ。なんなんだこのメンツは。最悪だろう」
 俺様の部下って言わなかったっけ?というヴォルは指で示しながら答え、笑うロンを見る。よほどこのメンバーが可笑しかったのか、なかなか笑いが収まらない。そっか、あなたの配下ならそうだったわ、というハーマイオニーは地位こそカルカロフの方が上だが、内容的にははるかにスネイプの方がまだまともなんじゃないかしら、とため息をこぼした。
 
 




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