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 少し開けたところに出るとポンという音ともにヴォルがハリーの隣に現れる。
「すぐに撒いてきた。まったく……馬鹿どもが」
「あれって……何?」
 まだ怒っている様子のヴォルに抱きしめられ、ほっとするハリーに安心しロンが訪ねる。あれは、と言いかけたヴォルだが近くの茂みをハッと振り向き、杖を構える。
 すると突然緑色の光が打ちあがり、蛇を口から覗かせた頭蓋骨の印が空を照らした。

「闇の印……!伏せろ!」
 はっとするヴォルの声に体が反応し、ハリー達が伏せるとその頭上を赤い失神呪文が飛び交っていく。周囲に現れた魔法省の人間にヴォルの怒りの炎がちろりと燃え……杖先に鞭状に何か炎のようなものを出して薙ぎ払う。
 突然の反撃に気色ばむ空気が流れ……そこに騒ぎを聞きつけたらしいファッジがやってきて怒りを放つヴォルに悲鳴を上げて大丈夫だ、ハリー=ポッターら学生だ、と声を上げた。
 まだ怒りに燃えているヴォルに気が付くハリーはとっさにヴォルの頬を両手で挟み、唇を合わせる。その突拍子もない行動にまだ杖を構えていた魔法省の役人や、反撃が恐ろしいファッジは思わず固まった。すぐに怒気を含んだ重い空気が離散し、けがはないかハリーと問いかける。

「大丈夫だよ。ヴォルが騒ぎが大きくなる前に起こしてくれたし……。あ、でも逃げる途中で杖落としたみたいで」
「後で呼び寄せよう。万が一にでもハリーにかすり傷一つでもしていたら、ここにいる魔法省全員始末せざるを得なかった。本当に大丈夫か?」
 額を突き合わせ、互いの安否を確認する二人に、何とも言えない空気が漂うが二人はお構いなしだ。このままだとまたキスしかねない、と駆けつけたアーサーも考え……ちょうど来たクラウチが誰が闇の印を唱えたのだという。それでやっと離れた二人にハーマイオニー達はほっと息を吐き、恐る恐る空に打ちあがった印を見つめた。

「あれは……」
「あっちの方で茂みが鳴って、そしたら突然あれが」
 何か言いかけるヴォルを遮り、ハリーはあっちと示す。エイモスはまだ4人を……特にヴォルを警戒するが茂みの中に入り、屋敷しもべ妖精を捕まえてきた。

「クラウチ氏の家の屋敷しもべではないのか」
 そういった声が上がり、蒼白な面持ちでほかに犯人がいるはずと茂みを探しに行くクラウチにヴォルの中で何かが組みあがっていく。

「あぁ、そういうことか。屋敷しもべ妖精にはあれは打ち上げられないはずだ」
 制限がかかっている。そう言い放つヴォルに何を、とエイモスらが憤り戻ってきたクラウチに目を向けた。魔法で気絶から回復させると手に持った杖にハリーは自分のだという。

「これ森の入り口で落として……」
「だとしても屋敷しもべ妖精の力では打ち上げられない。人に媚びへつらい寄生するようなこいつらが闇の印を打ち上げるなど言語道断。お前、これを使って唱えて見ろ」
 ハリーの杖からさっさと手を放せ、ともぎ取り自分の杖を差し出す。何を馬鹿なことをという魔法省だが、ぶるぶる震えながら蚊の鳴くような声でモースモードルとつぶやく。
 ばちん、という音ともに悲鳴を上げる屋敷しもべ妖精は杖を手放し、手にできた火傷に涙をこぼした。エイモスがぐいっと手を引っ張れば手のひらだけでなく、腕全体に火傷のような跡が残り、唱えられなかったことを確認した。

「大体、死喰い人以外で唱えようとするとあぁも完ぺきな状態にならない」
 だから近くに死喰い人の魔法使いがいたはずだ、というヴォルになんでそんなことを知っているんだ、という視線とファッジのがくがくと震えた目が向けられる。

「もっとも、唱えたやつは会場がどんな惨状になったか見ていなかったらしいな。あぁ大丈夫だハリー。誰一人殺してはない。ちょっと……精神飛んだ奴はいたが、そのうち治るだろう」
 蛇語で話す青年に何人かがぎょっとして、よかった、と笑うハリーを見る。

「大方、クラウチ氏に縁のあるものが陥れようとしたのか。あるいは亡霊がやはり貶めようとしたのか」
 そんなところだろうというヴォルに大人たちはざわざわと揺れる。縁のあるもの、と言われて弾かれるように顔を上げたクラウチはヴォルと目を合わせた。
 口だけを動かすヴォルにさらに顔を青くし、屋敷しもべ妖精に視線を移した。ちらちらと茂みを気にする様子にぐっと拳を握る。


「……ん?ネズミ……」
 たっと走る何かに気が付いた一人が声を上げ、一斉に茂みの方に視線が向けられる。ピーターだ!と誰かが声を上げ一斉に失神呪文が唱えられた。

「坊っちゃま!」
 主人に負けず劣らず顔を青くした屋敷しもべ妖精が悲鳴のような声を上げるも、バシンという姿くらましの音に続いて失神呪文が木に当たる音だけが残る。

「いやまさか……。あなたの息子は獄中で……」
 これ以上立っていられないという風に、がくりと体を揺らすクラウチにエイモスが声をかけた。彼の息子は亡くなったはず、という声に屋敷しもべ妖精は口元を抑え、おろおろと茂みと主人と周りを目まぐるしく見つめた。

「ファ〜〜〜〜〜ッジ〜〜〜」
 地の底を這うような声が聞こえ、ひぇっという小さな悲鳴が聞こえる。深々とため息をつくヴォルはここら一体に重力場でも設けていたのではないかというほどの圧を解き、ハリーそろそろ休もう、とハリーに微笑みかけた。あーうん、わかったと頷くハリーの手を取ると歩き出す。

「アーサーさん、騒動が収まったみたいなのでそろそろハリーを休ませたいので……」
「あ、あぁ。そうだね。さぁロン、ハーマイオニー。あとのことは魔法省に任せてテントに戻ろう。幸い、私たちのテント周囲には被害はない」
 あっけにとられた様子のアーサーは何か聞きたそうな顔で、それでいて子供達の為にテントに戻るよう付き添う。ピーターが連れて行ったと思われる死喰い人について、これからクラウチ氏には追及があるだろうが、とアーサーは彼に心酔している息子を想い……どう説明したらいいのかとため息をついた。


 そこにハリー達と同い年くらいの女性らが現れ、口々に何かを5人に問いかける。
「え、フランス語だと思うのだけれども」
 どうしましょう、というハーマイオニーに、ハリーの腰を抱えるヴォルは顔を上げた。

「ケス ク ヴ フェトゥ (なにをしている?)」
 流暢な言葉にえ?とハリー達の視線が向けられる。女性らは言葉が通じたことにほっとした様子で何かまくしたてるようにヴォルに問いかける。

「ボーバトン校の生徒でマダム・マクシームという教員とともに来たものの、この騒動ではぐれたと」
 パジャマ姿の女性らは不安げな様子で通訳をするヴォルを見ている。あぁ、そういう事か、と納得したアーサーは待っていてくれというと姿くらましをし、ほどなくして魔法省の女性を一人連れて戻ってきた。

「彼女は海外からのポートキーなどを取りまとめていた人だ」
 見覚えがあるのか、ほっとした様子で次々に魔法省の職員に声をかける女性に、まずはと頷いてからケープを出してパジャマ姿の彼女らの肩にかけた。
 さぁ行こう、というヴォルだが最初に話しかけていた女性が輪から出てくるとヴォルの手を取り、何か声をかけてからメルシーと言ってぎゅっと抱き着いた。
 仲間のもとにぱっと走っていく姿にハリー達はあっけにとられ、どこか不機嫌そうなヴォルを見る。まだアーサーが引き継いでいるのを確認すると、簡単な会話ぐらいだけならと答えた。

「そもそも、ヴォルが飛翔、モーが死と……ヴォルデモートがフランス語だ。正しい発音で言えばトは発音しないためにヴォルデモーが正しい」
 英語表記で広まったがゆえに最後のトが付いているというヴォルにハーマイオニーもまた感心したようにし、ロンは本当になんでこの頭脳をまともに生かせなかったんだ、と呆れたようなため息が尽きない。
 名前のアナグラムだというのを知っているハリーは自分の名前をバラバラにして組み換える、在りし日のリドル少年を思い浮かべてヴォルかわいい、と口元を上げた。

「一応……魔法道具の店で営業をしていた関係でヨーロッパの主な言語は簡単な会話ぐらいなら習得済みだ。あとは巨人族の言葉も多少わかるのとゴブリディグック、マーミッシュ……そのほか幾つか……あぁ、古の魔法とやらも本当に少しだけだが一応読めはするな」
 使う用途のある言語だけだが、というヴォルにホグワーツきっての秀才の頭脳に、何で闇の帝王なんてやったの、とハーマイオニーとロンの心の声が一致し、さすがヴォルとなんだかうれしいハリーのはにかむ様な笑みを浮かべた様子を見る。
 あぁだからパーシーがやたらと興奮していた様子に水を差したのか、とロンは納得してそりゃ、200言語扱えると言っても、瞬時に判別し使えるのかというと懐疑的だ。

「セルパン、君はすごいな。とっさとは言えあそこまで立ち回れて……」
 3人が感心している間に戻ってきたアーサーはすごいを通り越している気もするという。そうですか?ととぼけて見せるヴォルはハリーを促した。
 
 




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