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 そうこうしているうちに日は傾き、いよいよ試合開始の時間となった。人ごみに眉を寄せるヴォルだが、楽しそうにしているハリーを見ることで満足し、会場の階段を上っていく。
 ファッジと顔を合わせると相手はビクリを体を震わせ、まるで腹を空かせた大蛇を前にしたかのように大蛇(ヴォル)の様子をうかがう。彼としてはピーターを逃がしてしまったがため、闇の帝王だったという青年が怖くて仕方がない。
 ジェームズの瓶は夏休みに入ってからそれはそれは丁寧な梱包で送り返され、全力をもってピーターを再捕獲するとそうしたためた文章が付随していた。

 その夜に瓶から呼び出したジェームズによって、魔法省は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたという事を聞いた。それはそれは上から下への大騒ぎで……ファッジは指示を出した後、そのままの姿勢で気絶したと。
 ヴォルは呆れかえり、ダイアゴン横丁の梟便を使って何やら手紙を送っていた。ヘドウィグはこんな仕事お願いするわけにいかない、というヴォルに納得したようで、今回は耳をかじっていない。


 それを思い出したハリーはちらりとファッジを見て、怯えた目と目が合う。そのとたんヴォルに怯える以上に怯えられなんで?と内心首を傾げた。訳が分からないハリーはその後ろに見えた人影に気が付き、視線を上げる。
 そこには家族の前で威厳を保ちたいが、毒蛇の牙から今すぐにでも逃げ出したい、と顔に書いてあるルシウスが一家を連れてやってきていた。
 息子や夫人からは見えないルシウスの表情に、相方の口角がにやぁあと上がっているだろうな、とハリーはヴォルを見て、なんだかルシウスが気の毒に思えてしまう。

 何も知らないドラコの方は自分に向けられたものと思い、不快そうに顔をしかめた。アーサーに嫌味を言うのだけは忘れないルシウスだが、正体を知る双子やハーマイオニーからはその“いつも通り”を装うルシウスにどこか憐れむ様な眼を向け、構っていられないとばかりにピッチに視線を向ける。
 ヴォルもピッチに視線を向け……何かメモを書きつけると指先でひょいとなぞった。緑色の炎に包まれ消えた紙だが、一瞬ルシウスが顔をしかめたことで部下への指示的な奴かな、とハリーはピッチに視線を送った。

 ルード=バグマンの開会の宣言に続いてマスコットパフォーマンスが始まった。ヴィーラーという美しい女性に思わず目を向けると何も言わずにヴォルがハリーの耳を塞ぐ。なんだろうかと思っている間にどんどん踊りは激しくなり、わずかに聞こえる音楽もどんどんと高ぶっていく。
 ふと、ロンが立ち上がってふらふら動き出したことに驚くと、唐突に踊りは終わりを迎えた。耳から手が離れ、周囲を見回すと男性ばかりがおかしな恰好でハッとしているのが見えた。

「ヴィーラーは人を……特に男を惑わす。最愛の伴侶などがいれば変わってくるが……ロンみたいに何か特別なことをしたい、と思うようになるんだ」
 俺様にはハリーがいるし、あれの特性を知っているから効きやしないが、というヴォルにハリーは納得して、僕だってヴォルがいるのにという。

「そこらへんはよくわかっていないらしいが、異性の、という条件があるとかないとか。ハリーは俺様に抱かれる側だから、どうなるかわからなかったんだ」
 ごめんごめん、というヴォルにハリーは顔を真っ赤にし、そりゃそうだけど、ともごもごいう。ハーマイオニーにたしなめられ、席に戻ったロンはあぁ、そうだよね、そりゃね、と遠いい目をして、いちゃつく二人に気が付いたジニーが二人はもうそこまで進んでいるの、と顔を赤らめる。
 これはぜひとも仲間に共有しなければならない事案だ。

 その次のアイルランドチームのマスコットであるレプラコーンが見事な空中飛行を繰り広げる。

「ロン、こいつらの金はまやかしだ。数時間もすればぱっと消えておしまい。そうやってからかうのが好きな妖精の一種だ」
 だから拾っても後で消えてしまう、というヴォルに両手で受け取っていたロンは明らかにがっかりとした様子で肩を落とす。それでも一抹の可能性を信じ、ポケットに詰め込むだけ詰め込んでおいた。

「さっき売っていた双眼鏡買ってくればよかったかな」
 ただでさえ広い競技場、見えるかなと不安げなハリーにヴォルはさっと双眼鏡を差し出した。

「さっき階段を上る際、面白い機能だなと買っておいた。これがあればいつでも……」
 再生と停止と早送りと巻き戻し。それらができるという双眼鏡をヴォルがちゃっかり買っていたことにハリーは驚き、ありがとうといって夢中になってそれをのぞき込む。
 よかったじゃない、と思うハーマイオニーだが、ヴォルがどういう意図で買ったかなんとなく察してしまい、残念な目をヴォルにも向ける。
 本当にこの人、本当にどこまでも自分の探求心やら興味やら欲望やら……自分本位な性格だな、とかつての闇の時代の裏側を見た気がして、ハーマイオニーとロンはそろってため息をついた。
 そして、そのどこまでも自分中心な男を……今まで自分の力らを誇示したり自分の考えを広めたり……そういったことに向けていた闇の帝王の気持ちをすべて自分に向けたハリーは天敵……いや、彼を止められる唯一無二のピースだ、と確信して始まった試合に目を向けた。

 ファイアーボルトに乗った選手はそれはそれはとてつもないスピードで縦横無尽に飛び回る。初めは双眼鏡を覗いていたハリーだが、ブルガリアのシーカー、クラムの仕掛けたウロンスキー・フェイントを見てからその技術力の高さに気分が高揚し、肉眼で追いかける。あまりの速さと勢いに思わずヴォルもその試合から目を離さず、その展開を見守った。
 よくもこの速い展開を実況できるものだ、とヴォルはバグマンの声と上がっていくスコアに目が疲れそうだ、とハリーに視線を移す。癒される、としみじみ噛みしめるヴォルの視線に気が付いたハリーが目をキラキラさせたままどうしたの?と振り向く。
 何でもない、と返すヴォルに少し首をかしげてからすぐ試合に夢中になるハリーに、軽い嫉妬と夢中になるハリーの愛おしさにヴォルは満足げに口角を上げた。

 試合よりハリーを見る闇の帝王の姿にルシウスはこなければよかった、とため息をこぼし……きらきらとした目で試合を見る息子の姿に来てよかった、と満足げに頷く。
 かさりと、手元にいつの間にか届いていた手紙の感触に、胃薬持ってきてよかったとキリキリと痛む胃に何でもない風を装い耐えるしかなかった。
 
 




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