------------
年が明け、ハリーの首から下げた小さな袋から顔を出すナギニはハーマイオニーにありがとう、と言うと再び大きさに見合わない袋の中に戻る。
拡大呪文で広げられている袋は無事、ヴォルからハリーに渡り、寒さに弱いナギニがその恩恵を受けていた。ロンは相変わらずで、顔を合わせると何も言わずに立ち去ってしまう。
「めんどくさい奴だな」
イライラしてきた、というヴォルの舌うちにびくりと肩を震わせたネビルは、最近ロンはどうしたんだろうと首をひねる。事情を話すわけにもいかないため、ちょっとした喧嘩と話しているのと、兄二人がロンと何やら話していることからこちらも落ち着くのを待とうという結論に至っていた。
ハリーが誕生日に贈った懐中時計を手にするヴォルは針とともに動くムーンフェイズを見て、明日ルーピンの所に行こうと話す。
「ディメンターを追い払う魔法ってどんなのだろう」
わくわくするね、というハリーにハーマイオニーも課題が忙しいから参加できないことを残念がる。ヴォルにとっても未知の魔法で、絶対先に覚えるんだ、とハリーのやる気はいつも以上だ。
ハリーが新しい箒にファイアボルトを手に入れたという話は、落ち込んでいたオリバーの気持ちを上限無くあげて、グリフィンドールチームの士気も高まる。
しっかり習得するんだぞ、と見送られ、ハリーとヴォルは闇の魔術に対する防衛術の教授室を訪れた。
「今朝、ボガートがまた見つかってね。これを練習材料にしようと。セルパン君、君が前に出るとまた変わってしまうから、君はディメンターなしでの練習になるけどいいかな」
ここに入っている、とトランクを示すルーピンにハリーは頷き、ヴォルもまたそりゃそうだな、と言う。
「つまりは、とっとと俺が習得すればいいわけだな」
以前ルーピンの前で素を出してからは優等生の顔をしなくなったヴォルはニヤリとハリーに笑いかけた。むっとするハリーは闇属性のヴォルが習得できたらね、とツンとそっぽを向いた。
「ディメンターを追い払う呪文、それはパトローナス、守護霊を呼び出す呪文だ。パトローナスは人によっても変わるし、強い想いがあるとまた変化する……術者を守る魔法さ」
「なるほど、絶望を喰らディメンターにとってプラスのエネルギーでしかないそれは傷つけることはできず、逆にそれらの気にあてられてしまうわけだな」
説明をするルーピンに、なるほどと一人頷くヴォル。相変わらずの理解の速さにハリーは悔しい、という気持ちとともにさすが僕の大好きなヴォル、という気持ちでヴォルの袖を握った。
「今度ディメンターについて詳しく説明するよハリー。俺はたまたま知っているからわかっただけで、パトローナスなんて使ったことがないんだ」
そういう顔をするハリーも可愛い、と言うヴォルはそっとハリーの手を握る。隙あらばあの二人はどこでもいちゃつく、と先日薬を持ってきた同僚から聞いたルーピンは仲がいいんだね、と笑って呪文はとても高度なものだ、と言う。
「一番幸せな記憶を心に満たして、こう唱えるんだ。エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ」
発動などが難しいんだ、と言うルーピンに二人はそろって唱える練習を行う。ディメンターがいなくとも一応唱えられるという事だが、実践あるのみとルーピンはトランクを開けた。
出てきたのはあの列車の中で見たディメンターで、ハリーは必死に幸せな記憶を心に満たし、魔法を唱える。銀色の靄のようなものがわずかに出て、すぐに消えた。
ハリーがはっとしたときにはヴォルが抱きかかえており、トランクは閉められてボガートの姿はない。
「一度でできるはずがないさ。本当に高度な魔法なんだ。一緒に唱えていたセルパン君も全く出てこなかったから……今度はお互いに別の記憶でやってみようか」
一番幸せな記憶ではないのかもしれない、というルーピンに二人は顔を見合わせて、各々目を閉じて考える。
どこか不満げな顔のヴォルを見るルーピンは彼が闇の魔法使い特有の力を持っているからかもしれないと考え……知り合いで闇に属しながらもパトローナスを使える男を頭に浮かべる。
学生時代様々あったわけではあるが、あの聡明な彼女が仲たがいするまでは幼馴染として傍にいたのだ。もしかすると彼の本質はこちら側なのかもしれないな、と再び空に向かって唱える赤目の青年を見た。
「俺とはやっぱり相性が悪いのか……。アバダも磔も、服従もほぼ制限なくつかえるが…‥」
不死鳥の尾羽ならば生と死と力を逆転できそうなものだが、とぶつぶつ呟く。どうにもうまくいかない、と別の記憶を試すもやっと銀色の煙が出たぐらいですぐに消えてしまう。
「これにかんしてはハリーに頼るしかない……かもしれないな」
難しい、と言うヴォルが疲れて傍にある椅子に腰を下ろすと、再び現れたディメンターに目を移す。再びぐらりと倒れるハリーを抱きかかえると、父さんの声がした、と汗とともにハリーの眼から涙が零れ落ちる。
『あぁ、ジェームズ=ポッターは時間を稼ぐため、俺様の前に一人立ち向かってきた。結果は……いや話すべきではないな』
近くにルーピンがいるからか、蛇語で話すヴォルを見つめて、ハリーはぎゅっと闇の帝王を抱きしめた。ロンが言うのもよくわかる。
なにより、あの残忍な笑いと冷たい声を聞いて、かつてのヴォルデモートには怒りと言うか、悲しみと言うか……ぐちゃぐちゃとした感情が心に渦巻く。
「ジェームズの声が?」
どこか驚いた様子のルーピンの声にあぁ、そういえばと二人はそろってルーピンを見る。
「あ、そっか……。先生はシリウス=ブラックと……ピーターっていう人と、スネイプと……友達?だったんですよね」
最後にスネイプを付けてしまったがために疑問符をつけることになったハリーに、思わずと言う風にルーピンが軽く吹き出す。
思わず笑ってしまったルーピンは、スネイプは違うという風に手を振って、同僚の顔を思い浮かべて落ち着くまで待ってという風に顔を伏せる。
「ハリー、あの陰険蝙蝠が写真からもわかるような、陽キャラ集団と仲がいいわけないだろう。大体あいつはリリー……あーこれはしゃべるなと言われていたな。反射的に磔を唱えたが、魔法薬となれば卒業までを考えると頼まざるを得ないから仕方あるまいと呑んだのだった」
半ば呆れ気味にハリーに伝えると、ハリーも自分で言っておかしかったのか、やっぱりそうだよねと笑う。
「ところで魔法薬って……まさか本当にあの薬作ってるの!?」
「よくよく考えたらスリザリンの系譜も残したほうがいいのかというのと、ポッター家が俺様のせいで途絶えるのも……と考えた結果、これ一択しかないかと思い立ったのだ。大丈夫だハリー。俺様はマグルのあのくそと違って生涯ハリーの傍を離れないと心の誓っている」
本当に?と言うハリーにしれっと答えるヴォルは同名の父親を思い浮かべてあれは絶対ないという。まだそこまでヴォルの家族のことを聞いていないハリーだったが、ヴォルデモートが毛嫌うことから相当あれな人だったんだなと考える。
先ほどからの会話から状況が飲み込めないルーピンは目の前の少年が本当に例のあの人の息子なのだろうかと首を傾げた。むしろこれまでの会話から察するに彼は……。
「そうだ!知りたいんですけど、先生……ムーニーが狼だとして、ワームテールが鼠でパッドフットが黒い犬で、とまでは先日ヴォルと話していたんですけど、プロングズ、父さんは何だったんですか?鹿ですか?」
気になって仕方がない、と言うハリーにルーピンは目を見開いて、動揺を抑えようと喉元に手を置く。なぜ彼が知っているのかというのと、なぜ自分が狼だという事に気が付いているのか……。
「ハリー、いきなりその情報量は……。あぁ疲れているんだろう。ルーピン先生、今日はここまででいいでしょうか」
また後日練習させてください、と口早に言いごめんなさいと謝るハリーを連れて……また寮とは別の方向に向かって歩いていく。
え、ちょっとさすがに疲れたよ、と言うハリーだったが、抱きかかえられたのか足音が一つになり、抗議する声も遠ざかっていく。
「えっと…‥いや、さすがに……飛躍し過ぎて……。どっどういうことだろう。まさか本当に彼は……」
だとすると、とあまりの情報量に頭を抱える。これは……スネイプが逆らえないはずだ、と大きくため息を吐いた。
|