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 週の半ば、木曜日の大広間に姿を現したマルフォイは腕を包帯でぐるぐる巻きにし、さも戦地から名誉の負傷を得て帰ってきた英雄のような態度で席に着く。
 心配する仲間たちにわざとらしくギブスを見せてため息を吐く姿に、マダム・ポンフリーならあんな傷一瞬で直すのに、とハリーは憤りをビーンズとともに口に入れた。
 それよりも、と黙っているヴォルに視線を移したハリーはこの後の魔法薬学の授業が怖いな、と嵐の前の凪いだ湖面を見ている気がして、何をするのだろうと少しわくわくした気持ちで見つめる。

 マルフォイもまた何か嫌な気配を感じたのかもしれないが、あえて無視することに決めたらしく移動の際も目を合わせようとはしない。魔法薬学の教室に入るなりロンにハリーを託しいつもとは違う席へとついた。それだけでグリフィンドール内では警戒するに値して……知らないふりを決め込む。
 この手のケガで作業ができないというマルフォイに、スネイプが反応するより先にすすっとヴォルがマルフォイの隣に席をうつした。

「魔法薬の成績だけはいいマルフォイの魔法薬レベルに合わせて作れる俺が手伝おう。ルシ……マルフォイ氏からも息子と仲良くと言われているので、いいですよね?スネイプ先生」
 ヴォルのよどみない言葉に当のマルフォイが困惑し、スネイプに助けを求めるように視線を送る。返事を聞く前にさっさと準備をするヴォルに嵐の予感を感じて、グリフィンドール生は急いで作業を進める。
 警戒するスネイプだが、次の手を使われても面倒だ、とマルフォイを説得して組ませる。
 いつも通り歩きながら、いつも以上に緊張感漂う教室の中、ネビルのオレンジ色になった魔法薬に気が付き、授業の最後にトレバーにかけてみようという。今にも泣きそうなネビルをなだめ、スネイプに気付かれないよう指示を出すハーマイオニーにハリーも間違えないようにしないと、と慎重に作業を進める。

「そういえば、シリウス=ブラックがここからそう遠くないところで発見されたって」
 ひそひそと話し出すルームメイトのシェーマスに何が目的なのだろう、とハリーは首をかしげる。誰もが自分の命を狙っているというが、当のヴォルデモート本人がそんな部下知らないと言っているからには別の要件なのだろう。

「ポッター、お前が自分で捕まえたいとか思っているじゃないのか?」
 一人黙々と作業をするヴォルに警戒心が薄れたのか、マルフォイがこそりとハリーに言う。まるでそのタイミングを待っていたあのようににやぁ、と笑うやばい人影を見た気がするハリーは別に、と肩を竦めて見せる。
 何が言いたいんだ、と問いかけようとしてあとはこれを入れれば終わりだ、と言うヴォルの声にそちらに視線を送った。もうあの黒い笑みは浮かべていない。

「マルフォイ、その話はルシウスから聞いたのか?例のあの人の側近だったルシウスに」
 声を潜めることなく、問いかけるヴォルに教室が静まり返る。何を言うんだ、と怒るマルフォイに違うのか、ととぼけて仕上げは自分でやってくれと最後の材料を渡しながらハリーのもとへと戻ってきた。

「大体、俺はシリウス=ブラックなんて男……知らないんだがな」
 本当に誰なんだ、と呟くヴォルにスネイプが振り返り……ドンという大きな音共にマルフォイの鍋が爆発した。ハリー、順調かい?と言う風にやってきたヴォルがまるで傘をさすように杖を振り、爆発前に2つの寮を分ける通路に幕のようなものを張りだした。
 そのおかげでグリフィンドールには被害はなかったが、ネビルの鍋だけが最後の材料がぼちゃんと入ったことで見る見るうちに灰色の塊となったぐらいだ。
 直撃したマルフォイと、その他大勢のスリザリン生が目が縮んだの、手が縮んだのと阿鼻叫喚になり、スネイプが魔法薬を消しながらセルパン!と声を荒げた。

「何をしたのかね?正直に答えたまえ」
 青筋を浮かべるスネイプにネビルの魔法薬を消していたヴォルが何も、と肩をすくめる。

「僕は何も。最後の材料ぐらいは自分でやらないと、と材料を渡しただけで……。あぁマルフォイ。それが原因だったのか。君のギブスから爆竹が落ちたのか!何か手に持っていると思ったら、それが滑り落ちたんだな」
 なるほど、と大げさにも見えるヴォルにマルフォイは違う、と声を上げた。心底驚いた風のヴォルの示す先には縮み薬のせいでギブスが外れたマルフォイがいる。
 違うと繰り返すも、けがをした手で慣れないことをするからだ、とため息をつきながら、いつの間に移したのか、自分の分の提出物を机に置いた。

 ギブスから転がり出たのは悪戯グッズ。ギブスの中から出ているそれに、あぁ事前にヴォルがそれを鍋の中に入れるよう仕向けたのか、と用意した本人が何を言うという目でマルフォイを見つめた。ほとんど傷の消えた腕にヴォルは口角を上げる。

「純血の魔法使いは大変だ。そんな小さな傷でさえもそんな大げさなギブスが必要だなんて。絆創膏か、ガーゼで済む様な小さな小さな傷もそこまでしなければならないほど魔法界出身者……いや、お貴族様はか弱い体をしているなんて、生きるのにずいぶん苦労しているんだな」
 ヴォルの嘲るような声にロンがたまらず吹き出し、くすくすという笑いが教室を満たす。顔を真っ赤にするマルフォイに背を向け、各々作業に戻るグリフィンドール生は今後、多少ヴォルがハリーとイチャイチャしていても大目に見よう、と早速べったりとハリーにくっつくヴォルに思う。
 薬をかぶった生徒にアンチ薬を渡すスネイプはヴォルを減点しようにも悪戯グッズはマルフォイが持っていたように見えるうえ。傷についても庇うことができず……減点をするだけでなく罰則を言うにもヴォルのほうに証拠がない以上何もできない。

『もしかして、昔もやった事ある?』
 パーセルタングでひそかに問いかけるハリーにヴォルは何も言わず、ハリーの魔法薬はどうなってる?とのぞき込み……声に出さずにyesと唇を動かした。記憶が戻ってよかったのか、いやかつても自分を嫌っているときにやっていた気がする、とハリーはため息をついて自分の魔法薬を提出用のものに移した。
 ネビルの魔法薬は爆発騒動で台無しになったために減点と追加レポートだけになり、ネビルはペットのトレバーの命を救えたことにやった!とこの後苦しむことを忘れて思わず喜ぶ。

 状況について詳しく聞きたい、というスネイプに呼び止められたヴォルは次の授業がありますので手早くお願いします、と傲慢無礼な態度で応じる。先に行く問うハリー達と別れ、一人残ったヴォルはいまだ怒りの静まらないスネイプを前に、俺様じゃないと言っているだろうとあくまでも白を切る。
 過去にマルフォイの悪戯を黙認してきたこともあり、完全に白黒をつけることができず、なぜヴォルに罰則を言い渡さないのかと怒るマルフォイをマダム・ポンフリーのもとに行かせる以外なかった。


「先ほどのことだが、シリウス=ブラックを知らないとは?」
 今更犯人探しをしても世間をだまし、世を恐怖に陥れた闇の帝王が証拠を残すとは思えず、スネイプは切り替えて問いかける。
 世間では誰もが知っている凶悪犯。それも、ポッター家襲撃のきっかけを作ったと噂される男を、襲撃した本人が知らないというのはおかしい。スネイプの問いかけにあぁそれか、とヴォルは考えるように首を少し傾げた。

「ブラック家ならばレギュラス=ブラックと言うのが息子にいたが……シリウスと言う名には聞き覚えが無いな。レギュラスが次男ならば、年齢的にブラック家の当主を考えれば長男がいたと言っても不思議ではない。あれはセブルスの知人か?公表されている年齢的には……あ!そうか。奴とお前らは同世代か!」
 ルーピンも大体お前と同じくらいだろう、と言うヴォルはジェームズ=ポッターの生きているときを思い出し……その隣にいた黒髪の男をうっすらと思い出す。あれがもしやと思うが、はっきりとは覚えていない。ふと、ポッター家襲撃のことを思い出し……死の予言とトレローニーの流儀から何かを連想して、考え込む。

 俺様にたてつくものが生まれるという予言と、男。女だけは助けるように……。
「あぁ!!ハリーと俺様との予言のことを俺様に伝えたのはセブルス、お前か!」
 思わずと言った風に手を叩くヴォルにスネイプは元々色の悪い顔色を更に悪くしてじっと見つめる。一人納得するヴォルはもう一度考えて……盆や死とした何かを思い出しかけてずきずきと痛みだした頭に思考を止めた。

「繰り返すが、俺様はあんな男に見覚えはない。ジェームズ=ポッターとともに歯向かってきた仲間にいた気がする程度だ。見知らぬ男が側近だの……好きかって言われている俺様の身にもなれ」
 便乗犯の可能性もあるが、知らないものは知らない、ときっぱり言い放つヴォルにスネイプはどういうことだ、と混乱する。

「本当に……本当にあの男に覚えはないのですか?」
 覚えのない部下が俺様のハリーを狙うなど、言語道断と言うヴォルにかつて配下だった時のような口調になるスネイプは忘れているだけではないかと詰め寄る。迷惑そうな顔で、お前までそんなことを言うというほど重要な人物らしいな、とヴォルはつぶやきもう一度よくよく考える。

「これ以上思い出そうとすると吐きそうだ。だが、間違いなく知らないと断定できる。あんな黒髪長髪の男……ブラック家の人間は記憶にない」
 もういいだろう、と出口に向かうヴォルはなぜマルフォイがハリーにあんなことを言ったのか、と首をかしげる。とりあえずは楽しかったからまぁいいだろう、と出ていくヴォルを見送ったスネイプは……訳が分からないと頭を抱えた。

 
 




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