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昼を過ぎても眠り続けるルーピンという男は多少の音でも起きないらしい。それであまり声を気にせず話す4人は突然開いた扉に目を向けた。
そこにいたのは何かと付け回してくるマルフォイだ。せせ哂うような顔で、ロンの一家が手にした大金をはした小銭と言ってバカにする。
「あ、そうだ。マルフォイ。ルシウスに伝えてくれ。今期もよろしくと」
ロンが怒って立ち上がろうとしたところで、ヴォルが声を上げる。いきなり父親を呼び捨てにされたマルフォイは、青白い顔に血を登らせて父上を侮辱するのか!と声を張り上げた。
笑うヴォルに怯むマルフォイは、身動ぐ音に眠っている男に目を向ける。列車で早々見ない大人の男性に誰だと一歩下がる。
「新しい先生だ」
と思うというのを口の中で飲み込むハリーにマルフォイは更に下がる。教師の前でことを立てるほど馬鹿ではない。捨て台詞を吐いてゴイルたちを引き連れ去って行った。
「あいつ、ほんとなんでいちいち探してまで突っかかってくるかな」
まったく理解できない、と首を振るロンにヴォルはかまってほしいのだろうと言い放つ。
「もしかしてハリーに気が合って、一日一回は見ないと気が済まないんだったりして」
はははと笑うロンにハーマイオニーはため息をついて、いきなり下がった部屋の空気に着替えてくるわ、と席を立つ。
残されたロンは冗談、冗談さと慌ててヴォルをなだめ、ハリーに助けを求めるように視線を向けた。冗談はやめてよ、と言わんばかりに顔をしかめたハリーの目に味方がいない!と必死に謝り通していく。
ハーマイオニーが戻る前に着替え、4人そろったところでやってきたカートから軽食を買う。起きない男性を心配するハーマイオニーに、カート販売の魔女は入用なら車掌の所にいるからいつでも来てとほほ笑んだ。
雨が降り始め、肌寒くなると突然列車は速度を緩め、街灯が並ぶどこかに停車する。
「ここは停車駅じゃないはずだが……」
杖を握るヴォルは警戒するように窓の外を見つめ、何か見えないかと目を凝らす。ハリーもまた目を凝らすと何かが闇の中動いていることに気が付いた。
パーシーのコンパートメントにいるようにと言う声が響き、監督生にも知らされていない異常事態であることにロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。
突然すべての電気が消え、暗闇になるとドアが開き、誰かが入ってくる。
「いたっ!僕の足を踏まないでよ」
「ごっごめん、ハリー、ヴォル。コンパートメントの人みんないなくて心細くて……」
聞こえてきたのはネビルの声だ。足を踏んだハリーだけでなく、ヴォルにも謝るあたりもろもろわかっている、とロンが関心していると今度は自分の足がふまれて飛び上がる。
「今のロン?あぁよかった」
「ジニー!?ほら、こっち座って。ネビルはそっち座って」
「さすがに7人は無理だよ…っとヴォっヴォル!?」
「ハリーはこっちに座れば問題ないだろ」
暗闇の中、ぎゅうぎゅうになるコンパートメントで、ネビルの座る席を確保するため、ヴォルはハリーを持ち上げると自分の膝の上に座らせてぎゅっと抱きしめる。
暗くてよかったと思うロンだが、ハリーにとっては暗いから別のことを思い出してダメと首を振った。首筋にあたるヴォルの吐息に否応がなく鼓動が早まり、ふわりと体温が上がる。ヴォルもそれに気が付き、暗いのをいいことにハリーを抱き寄せた。
「静かに」
突然聞こえたしわがれた男性の声に振り向けば、新しい教授らしいリーマス=ルーピンが手のひら一杯の炎を灯し、立ち上がっていた。
炎で照らされる顔には傷があり、目だけは油断なく動く。警戒する様子はコンパートメントにぎゅうぎゅうに入った生徒ではなく外部に対するようで、警戒しながら扉に近づくと突然扉が勝手に開いた。
ルーピンの手にある炎に照らされた影はマントと頭巾で中身は見えない。人影の様なものは、ガラガラと耳障りな音を立てて空気以外の何かを吸いだし始めた。
「ディメンター……!」
ヴォルの声が遠くで聞こえ、ハリーはどこかで女性の叫ぶ声を聞いた気がして……抱きしめていたヴォルの手が離れていくのを感じる。女性の悲鳴に助けなきゃと思うのに体が動けない。何とかしなきゃと焦るのに動けなくて……。
「ハリー、ハリー!」
ハーマイオニーの声に目を開けるといつの間にかランプが元通り灯っており、列車がガタゴトと揺れている。目を動かせば床に倒れていたことが分かり、手を借りながらのろのろと体を起こす。
冷や汗が流れていたことに気が付き、酷く気分が悪くて体が冷え切っていた。
「大丈夫かい?」
ロンがこわごわ聞く声が聞こえて大丈夫だと思う、と言いかけてあれ?と首を巡らせた。
すぐ隣にヴォルも倒れていて、ハリーは胃のあたりがきゅっと痛むのを自覚して慌てて揺する。
目を開けたヴォルだが、その眼は深紅に染まっていてじろりとハリーを見る目は何も見ていない。
「ヴォル!」
ヴォルデモートの力が出ていると慌てて声をかければ、瞬きとともにいつのも様子に戻ってハリーはほっと溜息をついた。
パキッという音に驚いて見上げればあのルーピンが大きな板チョコを割っていた。ハーマイオニーとロンに支えられて座席に座るハリーとヴォルにこれを食べなさいと差し出す。君達も食べてと、ハーマイオニーとロン、ネビルにジニーと渡していくとさぁと促す。
「あれは…」
「ディメンター。吸魂鬼だ。普段はアズカバンの看守をしている……」
なんだったのか、そう問おうとするハリーに気分が悪そうなヴォルが答える。ぐらぐらする、とハリーに寄りかかるヴォルに大丈夫かい?とルーピンが声をかけるが、ハリーはこくりと頷いた。
運転士に話があるから、とそう言い残してルーピンは立ち去り、残された6人は各々顔を見合わせていた。
「何があったのかな……」
とにかく何があったのか、誰が叫んでいたのか……それを知りたくてぶるぶると震えるネビルなどに問いかける。
「あなたが急にひきつけを起こしたみたいに倒れて……」
「ハリーが倒れる前からヴォルからまた何か力が溢れて……とっさにあのルーピンっていう人が失神呪文を唱えたんだ」
あの恐ろしい冷気はなんだったのか……そういってハーマイオニーはブルりと震え、まだ震えているジニーをそっと励ます。ここでヴォルが暴れたら列車が壊れてしまうと、そういうロンにヴォルは完全に油断していたと頭を抱える。
「誰か叫んだりしなかった?」
ハリーの言葉にロンとハーマイオニーは顔を見合わせて誰も叫んでないという。
「ディメンターの影響は恐怖の体験によって異なる。ハリーは生命の危機、その記憶が体に残っている。ジニーは少しずつ削られていたが体が死の恐怖手前だったから無事だった」
奴はそれを本能で察知する、というヴォルは備えがなければ仕方がないと首を振る。死の恐怖、ということから女性の叫び声はもしかしたら自分を守った母リリーなんじゃないか、とハリーはぎゅっと自分の体を抱きしめた。
ディメンターについて誰にも相性があるというヴォルにようやくロンとハーマイオニーはまたハリーが倒れるのではないかという考えからほっと息を吐いて、だからなのね、と手に持ったチョコを見つめる。
「あ、あれがいるとき、もう二度と幸せにならないんじゃないかって……」
青白い顔のネビルをヴォルはちらりと見た。彼は祖母に育てられたという話を去年寮で聞いたな、とロングボトム夫妻を思い出す。まばらな記憶だが、確か何度か名前を聞いたはずだ。
「おや、チョコレートに毒はないってないよ。さぁ食べなさい」
まだふわふわと纏まらない思考に眉をしかめるヴォルだが、急に聞こえたルーピンの声に驚いて顔を上げた。さぁとにこやかに促すルーピンに少し溶けてきたチョコを口に含む。
途端に冷え切った指が温まり、全部食べてと促されるがままに食べきった頃には大分体が温まっていた。
「甘い……」
俺は失神の呪文のせいなんだが、というヴォルは顔色の戻ったハリーをじっと見つめる。ン?と首をかしげるルーピンだが、何かを察したハーマイオニーはばっとルーピンの背後を…通路を示す。
「ジニー!ネビル!あれなにかしら!?」
え?と目を向ける二人を見て自分もまた目をそらす。え?何?というハリーだがグイッとヴォルに引き寄せられ目をしばたたかせる。ちょっとと抗議しようとする口は塞がれ、まだチョコの味が残る口内に舌が滑り込まされた。
目を背けた3人と、とっさに顔を覆うロンはこのバカップルが、とため息をついて目を丸くするルーピンを見る。
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