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 紫の色の制服を着た車掌スタンという青年はどこにでも連れて行ってくれるというので、ヴォルとハリーはじゃあといって漏れ鍋までを頼み、案内された寝台へと腰を下ろした。
「それじゃあ二十二シックル、ちょうど貰ったぜ。二人で一つの寝台だけど辛抱してくれ、セルパン兄弟よ!」
 トランクを寝台の下に押し込んでもらい、座るハリー達は問題ない旨を伝えて一息をつく。
バーンという音共に寝台ごと後ろに吹っ飛び、何が起きたのかとヴォルと顔を見合わせて運転席を見る。
アーニーという運転手が運転するバスはとてもじゃないが荒く、時折車線をはみ出る。
だが、バスは誰かにぶつかることもなく、それどころか相手が避けていくような、このバスが避けていく様な不思議な感覚で走り続ける。
 この揺れなんてなんのその、スタンが新聞を広げ読み始めるとその一面に思わず目を奪われる。
「アズカバンからの脱獄囚!?そんなことが起きてたのか……」
「あれ…この人ニュースに出てなかった?」
「なんだってぇ!?おめぇさんらどこにいたんだ?」
 魔法界からの情報が入ってこなかった二人にとって世間を騒がす大事件も耳には入らない。
だが、その顔ををぼんやりと見覚えがあるというハリーにヴォルもまた考えるがいまいちピンとこない。
毎朝、少し眠たげなハリーの口元についたジャムとか、シリアルを食べる時のミルクが少しついた口元とかそんなのばっかり見ていて、ニュースなんて見ていないのだから当然といえば当然だ。
 笑うスタンはほれ、と言って新聞の一面を二人に渡す。脱獄不可と言われる魔法使いの監獄、アズカバンから逃走したというシリウス=ブラック。
 逃走経路もわからず、魔法大臣のファッジはその対応に追われているという。
 12年前に13人もの人を殺した殺人鬼シリウスについてマグルには銃をもって逃げているという情報を流したとある。
 銃というのも魔法界にはなく説明が載っていることにヴォルとハリーは少し顔を見合わせた。
 暗い影のような顔で落ち窪んだ眼だけが生気をおび、ヴォルデモートの顔を思い出したハリーはぎゅっとヴォルの手を握った。


「13人もの人を真昼間に殺したのさ。なぁアーン。」
「あぁ。」
 スタンの声にアーニーはこくりと頷きハンドルを切る。
「ブラックは例のあのしとの第一子分だったてぇはなしだ。」
「はぁ!?」
 得意げに言い切るスタンに記事を読んでいたヴォルはハリーですら聞いたことのないほどの素っ頓狂な声を上げ、これが?と写真を示す。
「なんでぇびっくりするじゃねぇか。そんな猫が蛙飲み込んじまったときみてぇな声出してよ。」
 あー驚いた、というスタンはそろそろマダムを起こさねぇと、と言いながら奥へと向かう。

「え……まったく覚えがないんだが……」
「思い出してないとかじゃなくて?」
 まじまじと名前と顔を見つめるヴォルはいやぁと首をひねる。まだ思い出せてないだけではないかというハリーに見覚えがあればわかる、とこれまでのことを思い出す。
「だいたい、第一の子分ならルシウスより先にわかるはずだ。たしかにブラック家の男はいたが……こんな顔じゃないし確か……レギュ……そんな名前だったはずなのと……あ、いや……ブラック家から追い出された長男がいるという話を聞いた気もするな……」
頭痛が来るのではと眉をしかめるヴォルだが、今のところその兆候は見られずただかつての部下の顔を思い出す。
そこにスタンが真っ青な顔の婦人を連れて通りかかり、急停車でつんのめるハリーをヴォルが支え、話が中断される。

「しっかしこいつの事件は酷かったってぇ話だ。マグルも巻き込む大爆発をした後、こいつなにしたと思う」
 戻ってきたスタンが先ほどの話の続きをはじめ、ヴォルは一旦記憶をたどるのをやめ、話を聞く。
頭の中ではブラック家を思い出すが少なくとも近い存在にはいないし、なんならレギュなんとかブラックにかんしても記憶が途切れている。ということは最後までいたはずはない。
「道端で高笑いしたんだってよ」
 くるってやがるのさ、と続けるスタンにハリーはなんとなくどんな笑い方かを察する。
悪い人間ってどうして高笑い系なのかそう思い、必死に思い出そうと額に手を当てるヴォルを見つめた。
新聞を返すともう遅いから休んでなとスタンが声をかけ、ハリーとヴォルは寝台で横になるでもなく寄り添う。

「ん……!??一度ぐらいなら……この顔見たおぼえが……。でもあれは……あー……ジェームズ=ポッターといた気がするな」
 こんなに必死になって思い出そうとしても情報が出てこない姿に、やっぱり身に覚えのない勝手に子分だと名乗った男だろうか。
 そう結論付けようとしたハリーはこれ以上はほんと出てこない、と手を上げたヴォルをじっと見つめる。
ヴォルこと、ヴォルデモートの記憶が正しければシリウス=ブラックは闇の陣営側ではないはずだ。
じゃあなぜ子分として大量殺人を犯して捕まったのか。
もうこれ以上は本当に出てこないと繰り返すヴォルは寝台に備えられたカーテンを引き、ハリーを抱えて横になる。
「疲れた」
「お疲れ様、ヴォル。ってここで横になるとふっとばない?」
 ハリーを抱きかかえ、首筋に顔を寄せるヴォルをハリーは抱きしめ、揺れる寝台を気にする。吹っ飛ぶのはまだしも、抱きしめあっている状態で飛び出たら気まずすぎる。
 だがヴォルは大丈夫と首を振った。
「もうカーテンに魔法かけといたからせいぜいカーテンまでしか行かない。疲れたろうハリー。少し寝よう」
 ハリーの頭を撫でるヴォルの言葉に、ほっとするハリーはこくりと頷くとそのまま目を閉じる。
小さな寝台の中、二人の寝息が静かに規則正しく聞こえ、スタンの声が聞こえるまでつかぬ間の休息をとった。

 
 




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