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 ガサゴソと音が聞こえて、中にいるとノックをする。
ピタッと止まった音にもう一度ノックをすれば細く扉が開かれた。
「いまはその…都合が…。」
 しどろもどろな声にお話が、とロンが食い下がる。
あーと繰り返すロックハートはハリーの冷ややかな目に気が付き、中に入るよう促す。
中はすっかり片付けられ、乱雑にトランクに荷物が詰め込まれていた。
「やっぱりヴォルが感じた通り、あの本は全部嘘だったんですね。」
 荷物の中から本を拾うハリーはヴォルが感じた違和感を口にする。
自分の知っている話と違うと、言っていた姿を思い出しじっとロックハートを睨む。

「どういうことだい?」
 驚くロンにロックハートは、それは少し違うという。
「いいかい?アルメニアの醜い剣士が狼男を倒したとして、誰がその男の本を読みたいと思いますか?彼が表紙の本なんてとても見られたものじゃありません。」
 嘘ではないというロックハートはにこやかに笑い、楽なことじゃありませんという。
「そういったことをした人を見つけ、取材し、全部聞きだしたと『忘却術』をかける。彼らは自分の仕事をきれいに忘れる。私が誇れるのはこの『忘却術』ですね。本にまとめて、取材を受けて、サインをして…決して楽なことじゃありません。」
 胸を張ってこたえるロックハートにロンは信じられないものをみるように一歩引きさがった。

 ハリーの脳裏に有名人は有名なことをしてこそ、と言っていた言葉が蘇る。
ヴォルが居たらこれ以上ない軽蔑しきった顔で睨みつけただろう。
こんなのと同列に見られたのかと、ハリーは拳を握り締めた。
 荷物をまとめ終わったロックハートはもう一つ仕事があると杖を手に振り向いた。
 
「エクスペリアームス!」
 杖を手に振り向いたところでハリーが呪文を唱えると、ヴォルと違ってロックハートの杖が弧を描いて飛ぶ。
すかさずナギニがその杖を咥えると、よほど苛立っていたのか滴り落ちる毒が杖を半分溶かす。
「いったい私どうしろと…。」
 使えなくなった杖に驚くロックハートは容赦なく呪文を放ったハリーを見る。
彼はあの大暴れした大人顔負けの力を持つ少年を唯一止められる少年だったと、思い出して青ざめた。
「場合によってはその忘却術が必要になるかもしれない。大人の力が必要になるかもしれない。」
 ヴォルを、ヴォルデモートを卑下することはすなわちハリーの両親を落とす事でもある。そんなヴォルデモートをよく分からない賞をとるよりも下だと言ったり、ヴォルが石化したことであからさまに機嫌がよくなったことが許せないと、緑色の瞳を燃え上がらせる。

「場所は案内します。解決できたら今度こそ自分自身の体験として自慢でも何でもしてください。ただ、僕は…忘却術しかまともにできないあんたが、ヴォルデモートをバカにしたことは絶対に許さない。」
 だから一緒に行こうと杖を向けたまま告げるハリーに、ロンも登校時からずっと使い続けているあの壊れた自分の杖を突き付けた。
 さぁ、と立ち上がらせ、廊下に出るとマートルのいるトイレへと向かった。
本当なら相談すべきかもしれないとはわかっているが、今回はそれで足止めを食らっている場合ではない。


 ロックハートを引き立ててトイレに入るハリーにロンはヴォルに早く戻ってきて、と小さくため息をこぼした。
ハリー、実は相方の影響受けまくっているだろうと頬をかいた。
「マートル、聞きたいことがあるんだ。」
 ロックハートをロンに渡し、個室をたたくハリーにマートルは不機嫌そうな顔で何よ、と出てきた。
「君が死んだときのことを教えて欲しいんだ。」
 ハリーの問いかけにマートルはこれ以上ないというほどに嬉しそうな顔になって、いいわよと上機嫌でこの個室だったわ、とちょうど自分が居たトイレを示した。
「オリーブ・ホーンビーが私の眼鏡のことをからかったから、私ここで泣いていて…。そしたら声が聞こえたのよ。聞いたことが無いから外国語ね。とにかく息を吐くような変な言葉が聞こえて…。それが男の子の声だったのが嫌で、出て行けっていうつもりで目をこすりながら出てやったの。」
 彼は後悔していたわ、とどこか嬉々として話す彼女にハリーはやっぱりと部屋の中を見渡した。
「何があったんだい?」
「知らないわ。大きな黄色い眼が見えたと思ったら体がきゅっと押し込まれたようになって、気が付いたらもうゴーストになっていたの。眼鏡がずれていたから会話していた男の子の顔も見えなかったしその眼だけがなぜが鮮明に見えたのよ。」
 ロンの問いかけにマートルはそのあとのことを思い出したのか、愉快そうに笑う。
本当に彼は後悔していたわという彼女にロンは苦笑しか出ない。
「どの辺だったか覚えてる?」
「多分そのへんよ。」
 その手洗い台らへんよとマートルに言われ、ハリーは水の出ない手洗い台を見る。
生前から壊れているという蛇口を見てはっと目を見開いた。
「やっぱり…ここだったんだ。」
 蛇口にひっかいたようなわずかな傷があり、それが蛇を模していることにハリーはロンたちを振り向いた。
スリザリンの継承者しか開けないというのであれば…

『開け』
 蛇の印をじっと見つめ、短くパーセルタングを使う。
低い音が聞こえ、手洗い台が引っ込むと大きなパイプが姿を現した。
中は暗くて先が見えない。

「ここが秘密の部屋への入り口だったんだ。」
 すえた水の匂いがして、ハリーはわずかなこすれた後を見つけてつぶやく。
マートルも興味深そうに上から覗き、ロンはごくりとつばを飲み込んだ。




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