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 鞄は破けるし、誰かの想いのこもったであろうメッセージは歌われるしで散々な思いをしたハリーは、インクの海から救い出した日記を見て目を瞬かせた。
 なんとなく持ち歩いていた日記は綺麗なままだ。
 寮に戻り、自分の寝台まで来たハリーはどきどきしながらインクを垂らす。
光を放ち消えたことでごくりとつばを飲み込む。
「こんにちは。ハリー=ポッターと言います。」
 書いた文字が消え、代わりに別の文字が浮かび上がる。
『こんにちは。僕はトム=リドル。ノートにここされた記憶みたいなものだよ。』
 柔らかな口調で書かれた文字に返事を書こうとするハリーの手が震えた。
この筆跡は何度もすぐ近くで見た…。
 今すぐやめてダンブルドアにもっていった方がいいかもしれない。
けれども、自分がこれをもって校長室に行くわけにはいかない。

『今は何年ですか?この日記には大事なことを記憶しています。』
 リドルの問いかけに日付を書くとリドルは50年後ですね、という。
「今スリザリンの継承者がマグル生まれの人を襲っています。50年前、一度だけその扉が開いたと聞きました。リドルは知っていますか?」
『まさにそのことに関する重要な話をこの日記に封じています。いつか同じことが起きた時に役立てればと。知りたいですか?』
 緊張で喉が渇き、ハリーは水差しから一口水を飲んだ。
「知りたいです。教えてもらえますか?」
『いいでしょう。それではお見せします。』
 リドルの言葉が現れると、ノートは勝手にめくれ、6月13日で止まり、ノートが光り輝く。
日付に書かれた枠が大きくなった気がして…はっと辺りを見回すハリーは見たことのない部屋にいることに気が付いた。


 大きな机越しに座ったこれまた見ない老人を見て、慌てて立ち去ろうともごもごと言って扉を開こうとして…向こうから開いたことに思わず手を引っ込めた。

「ディペット校長」
 少し低い声が聞こえ、思わず顔を上げた。
そこにはスリザリンのローブを着た黒髪に黒い瞳の青年が立っている。
だがそのことよりもその顔立ちを見て思わず言葉を飲み込んだ。
とげとげしいオーラを放っている風にも見える青年はどこか冷たい印象を持ち、ハリーを踏みとどまらせた。
 ハリーではなく、その後ろの初老の男性に向かうリドルは夏休みも残れないかと問いかける。
「トム、わかっているように今は難しい状況だ。君も家に帰りたいだろう?」
「いえあそこには…。僕はホグワーツに残りたいです。」
「そうか…確か孤児院だったね。」
 ディペットと呼ばれた…50年前の校長は痛ましげな顔で恥じるように目を伏せたリドルを見る。
思いもよらないことに驚くハリーはじっとリドルを見つめた。
「君はマグルだったか…。」
「いえ、ハーフです。父がマグルで母が魔女の。」
「…ご両親は?」
「父は知りません。母は僕を産んですぐに。だから父の名をとってトム、祖父の名をとってマールヴォロと言います。」
 耳に入る情報にハリーは胸の痛みを抑えるように拳を握って、静かに目を閉じた。
「なるほど…じゃが今は…。」
「例の襲撃事件ですか?」
 そうだと頷くディペットはここに残れないことと、女子生徒が亡くなったことを告げる。
女性生徒と聞いてハリーは目を瞬かせて…ピン、と点と線が繋がった。
食い下がるリドルはそれならもしこの襲撃事件を止めることができたら、と言いかけて何か?と顔を上げたディペットに慌てて手を振って何でもありませんと答えた。
 そうか、とここでも線が繋がり部屋を出るリドルとともに“記憶”もまた動いていく。
難しい顔をしたリドルはやはりそっくりで、そのまま見える光景が変わり、地下へと降りていく。
 魔法薬学の教科室に身をひそめるリドルだが、ずしんずしんという重い足音が消えるのを待って、後を追うようにそっと陰から姿を現す。
 ここにいちゃなんねぇという声に再び線が繋がる。

“ハグリッドは巻き込まれただけだ。”その言葉が頭をよぎる。

 ハグリッドは退学させられたと言っていたが…その原因がこのリドルだったのだと、気が付いた。
ハリーは体の大きな男…若いハグリッドを見つめる。
「ルビウス、それは女子生徒襲った化物だ。」
「ちげぇこいつは誰も襲っていない。」
 二人の言い争いに初めてハグリッドと出会った時を思い出す。確かルビウスと聞いて一瞬眉をひそめていた。
そういうことだったのかと、リドルが放った魔法で何か毛むくじゃらの化け物が飛び出し、追い打ちようとするリドルをルビウス…ハグリッドがやめろと遮った。


 目の前がかすみ、気が付いた時にはノートを手にハリーは寝台に横たわっていた。
知った情報の多さに涙が止まらない。両親に対していい思いのないというヴォル。
ほんと今は幸せだと言っていたヴォル。何よりも色も雰囲気も違うが、それでも二か月ぶりのヴォルに恋しさが増していく。
その同じ顔の彼が、かつての彼がハグリッドを陥れた。

そのことが悲しくてしょうがない。





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