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 扉越しに聞こえる音と唸り声にハーマイオニーは不安げに振り返る。
扉の前は出る方も入った方も炎が現れたことで阻まれ、近付くことができない。
「大丈夫。ヴォルなら大丈夫。(だってヴォルは…)」
 自分に言い聞かせるように部屋の中央に置かれた瓶の前でハリーは呟き、ため息の様なほどの声でハーマイオニーにはわからない言葉を紡いだ。
「早く終わらせて戻ろう。ここは…スネイプの守りみたいだね。ハーマイオニーこれの意味わかる?」
 大丈夫、と言うハリーにハーマイオニーはわかったと頷きなぞなぞの様な問いかけを読む。
「先に進むための薬と戻るための薬…なんにもない薬と毒薬があるようね。ちょっとまって…。」
 ブツブツとつぶやくハーマイオニーは指をさしながらこれは毒で、と薬を判別していく。
ふと、隣にいるハリーの手がわずかに震えていることに気が付き、隣から聞こえる音に唇を引き締めた。
「わかったわ。こっちが先に進む薬で、こっちは戻る薬ね。」
「一人分しかないね…。」
 これとこれ、と示すハーマイオニーにハリーは先に進む薬を手に取ると、中身をのぞいて先に進む扉と戻る扉を見つめた。
 進む先からは何か嫌な予感と、不安を掻き立てるような気配がするのはきっと気のせいではない。
「僕が先に進む。ハーマイオニーはもしヴォルがトロールを倒せたらダンブルドア先生たちを呼んで来てほしい。この先に誰がいるかわかないけど、トロールを倒したり、ハープを鳴らした奴がいるはずなんだ。僕がどこまで抑えられるかわからない。でも…。」
 不安げなハーマイオニーにハリーはきっぱりというと、にこりと笑って額の傷を指で示した。
「一度は幸運だったんだ。次もきっと大丈夫だよ。僕がみんなを信じたように、僕を信じてよハーマイオニー。」
 ね、というハリーにハーマイオニーはわっと泣き出しながら抱きつくと、わかったわとうなずいた。
「貴方って本当に偉大な魔法使いだわ!私なんて本を読むだけでもっと大切なことがあるのよね。勇気とか友情とか…いいハリー、絶対ぶじで帰ってきてね。」
 抱きしめるハーマイオニーにハリーは大げさだよ、というと涙をぬぐうハーマイオニーに、笑いかける。
じゃあ行くねとハリーは手に持った薬を一気に飲むと進む扉に向かった。
 炎が舐めるようにくすぐったく動くが熱くはない。そのまま扉を開き、奥の部屋へと足を踏み入れた。

 部屋の中には男が一人大きな鏡の前で立ちふさがっていた。
「やっぱり…ヴォルが昨日予測していた通り…。クィレル先生だったんですね。」
 杖を両手で握って構えるハリーに振り向いたクィレルは、いつものおどおどとした様子が嘘のような落ち着いた顔でいつから疑っていたという。
 思い起こせばあの森で出会った影はさほど背が高くなかった。
それに、ハロウィンでトロールが暴れていたあの日、ナギニが調べたのは侵入ルート。
だがそれも不可解なことが多かったといい、極め付きは先ほどの大きなトロールだ。
「あの森の一件以来、時々先生の授業中…板書の際に嫌な視線と傷の痛みがあるときがあったんです。それでなんか怪しいなって。」
「なるほど。君はあの方の血を引く少年が一緒でなければなんにもできないかと思いきや…なかなかに頭が回るようだ。」
 少し痛みのある額の傷を示すハリーにクィレルは嗤うと、常に傍らにいる少年を“あの方の血筋”だと言う。
 その言葉にハリーはスネイプの言葉を思い出した。
「スネイプが前に言っていた通り、貴方は何も知らない。ヴォルは…ヴォル=セルパンはヴォルデモート本人だ。あの夜、僕は叫ぶ男女の声と緑の光しか知らない。だけどヴォルは扉を開けた人と、赤ん坊を見下ろす悪夢を見ている。きっとそれを知っているのはただ一人だ。」
 ハリーはずっと、ヴォルデモートの話を聞いてから自分の中で考えて…そして悪夢の話しとスネイプら教師の反応から確信してしまった。
 怖いと思ったのは両親を殺したのがヴォルという事実ではなく、もしもまたヴォルが罪を犯して自分から離れてしまうのではないかということ。
 決して否定できない考えに怖くなったから記憶がないヴォルに、昔がどんなヴォルでも、今のヴォルは…自分が知っているヴォルはそばにいてと手を握りしめた。
 
「そんなはずはない!ご主人様はずっと私のそばにいた!」
 わめくクィレルに眉を寄せるハリーは次に聞こえてきた第3者の声にぞわりと肌を泡立てることとなる。
《俺様が直に話す》
「しっしかしまだお体が完全では…。」
《かまわん。さぁ早くするのだ。》
 男の声にクィレルは戸惑い、ターバンをほどき始めた。
その下から現れたのはターバンのせいで大きく見えていた頭部とは違う小さな頭と、場違いに光り輝く銀の冠であった。
 くるりとクィレルが後ろを振り向くと、そこには男の顔があった。
いつも見慣れている赤い目と、ヴォルとは違う蛇の鼻のような凹凸のない鼻…そして悪だくみを考えた時のヴォルをさらに悪くしたような…どことなく面影の残る顔…誰もが恐れて口にしないヴォルデモートの“生前の”顔がそこにはあった。
 どうして、と動揺するハリーに男はくつくつと笑う。その笑い方にハリーは嘘じゃないんだとぐっと手を握りしめた。
「森で出会った時、まさかかつて俺様が消し去ったはずの顔に出会うとはな。そうだ。俺様は自分の魂をわけた箱の一つだ。ハリー=ポッター…お前のそばにいると言うヴォル=セルパンと言うのがお前が倒したと言われている俺様が若返った存在か。」
 ヴォルデモートは嘲笑うように笑みを浮かべたまま、ハリーがどうして本人がいるのにまた別のがいるのかと言う謎に答えると、肉体はそこにあるのかとニヤリと笑みを深めた。
「いずれ全てを知らなくとも俺様になる…俺様なのだから誰よりもよくわかる。」
「違う…お前なんかじゃない。ヴォルはヴォルだ!ヴォルとお前は確かに同じかもしれないけど、ヴォルはお前なんかじゃない。人を傷つけるだけのお前なんかとヴォルは違う!」
 いつかは同じ運命をたどると言うヴォルデモートにハリーは違うと言い放つ。
思い浮かべるのは幼いころの残忍な顔と、毎朝見せる優しげな顔と少し意地悪な顔と…抱きしめてくるヴォルの温かさ。
 それを次々に想い浮かべて違うと繰り返した。
「お前みたいな…お前みたいに誰かに乗り移らないと何もできない、他人に頼らないと何もできないやつと一緒にするな!」
 笑みを浮かべていたヴォルデモ−トはハリーの言葉にさっと顔から笑みを消し去った。
不機嫌そうな、怒りのような表情になるとクィレル!とだらりと腕を下ろしていたクィレルを呼ぶ。
「早く石を手に入れるのだ!こいつを使え。」
「はっはい!ご主人様!」
 苦々しい表情のヴォルデモートはクィレルに命じると、さっと振り向いたクィレルが驚くハリーに向かって杖から縄を呼び出した。

 
体が動くよりも先に縄が腕に絡みつき、そのまま強く引き寄せられる。
あのひょろひょろとした体のどこにこんな力が、と考えるハリーは鏡の前に突き出され、鏡を見るのだと杖で小突かれる。
 そこで初めてその大きな鏡をまじまじと見たハリーは声に出さなかったものの、あっと驚いた。
いつかみたあの不思議な鏡。
 ヴォルが何を見たのかわからないけども、そこで何か…昔の自分の何かと今の何かを見て、それに恐怖したのだとそう考えた。
 
 鏡には不安げなハリーと、なぜか写っている悪だくみを思いついた時の顔をしたヴォルが並んで立って、ヴォルが鏡のハリーの手に赤い石を渡すと受け取った鏡のハリーはにこりと笑い、それをズボンのポケットに入れた。
 それと同時にハリー本人のズボンのポケットにずしりとした重みが加わり、確かめたい衝動にかられるハリーは鏡のヴォルが人差し指を口に当てている姿に小さく頷いた。
「何が見えた。」
 クィレルの声にはっとなるハリーは何かいわなきゃと必死に考える。
「僕と…僕と手をつないだヴォルが見える。今よりずっと年上で…お前と違って鼻があるしずっと穏やかに笑っている。」
 お前とは違う道を進んだヴォルが見えると言うハリーに隣にいたクィレルは黙れとハリーを突き飛ばした。
 転んだ拍子に石の存在を直に感じ、ハリーはじりじりと扉に向かって後ずさりする。
「こいつが石を持っている!そいつを殺せ!!」
 ヴォルデモートの鋭い声にクィレルが杖を出すと赤い閃光がハリーに襲いかかる。
防御するすべがないハリーは何とかそれをよけると、間髪いれずに放たれた呪文にとっさに両手で顔を覆った。
 バチンっと鋭い音が部屋に響き、閉じていた目を開けたハリーは何も起きていないことと、驚いた様子のクィレルを視界に入れる。
 ふと、胸元が熱いことに気がついたハリーははっとなって胸元を握るとほんのわずかにひびが入ったペンダントがその手に転がった。
 
「直接殺すのだ!」
 ヴォルデモートの言葉にクィレルは杖を捨てるとハリーにのしかかり、両手で首を絞める。
激しい額の痛みが走り、うめくハリーは薄れる意識の中再びペンダントが熱くなったことにはっと目を開いた。
 それと同時に叫ぶクィレルは手が手がっと焼けただれた両手を見て絶叫していた。
 もがくクィレルにハリーは攻撃させないため、触れられないんじゃないかと考えると同時に体が動き、クィレルの頬を両手ではさみこんだ。
 叫ぶクィレルに必死にしがみつくと、額の傷がさらに痛みを訴えてハリーの意識も消えていく。
 薄れる意識の中、ヴォルデモートの叫びと冠が地面に落ちる音が最後に聞こえた。

 
 




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