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図書室に来ると施錠されていたが、ヴォルが杖で何か呪文を唱えると鍵は開き、そっと滑り込む。
「ルーモス 光よ。」
ヴォルが唱えた杖の先が明るくなると、それを頼りに本の背表紙を眺めた。
「最も強力な魔法薬の本…今じゃなきゃ読みたいけど…。錬金術系の本か…。」
「ごめん全然ちんぷんかんぷん…。なんでヴォルは普通に探せてるの?」
これも違うと、擦り切れて読みづらい背表紙や、フランス語なのかどこの言葉かわからない本をみて先に進むヴォルにハリーは一緒に来てよかったと思う反面、なんだか少しさみしい。
そんなハリーに気がついたのか、ヴォルは優しく笑うとハリーを抱き寄せる。
透明マントの中、ただでさえいつもより近い距離にハリーはどきりと胸を高鳴らせ、窺うように覗き込むヴォルの端正な顔を視野に入れる。
「ダドリーとか、余計なのがキャーキャー言ってこないからね。ハリーが課題を片付けているとき、結構手あたり次第に本を読んでいるから…。呪文のヒントとかだってどこにでも転がっているし、覚えておいて損はないだろう?」
まぁ言語はそんなに覚えてないけどさ、とハリーの頬を白い手で包む。
外でクィディッチの練習をするハリーと違ってほぼ城内から出ないヴォルは、さらに色白くなりそして健康的な環境のおかげか入って数カ月で随分と身長が伸びた。
以前はほとんど肩を並べていたが、今ではヴォルが少しかがまなければ視線を合わせることができない。
「ハリー、俺は別にハリーを置いてどっかに行こうとか、そんなことは全然考えてない。だから不安にならなくていいんだ。もし先走っていたら袖でも引っ張ってくれれば必ず止まるから。」
覗き込むヴォルにハリーはほっとしたように微笑むとわかった、とヴォルの手に自分の手を重ねる。
額を合わせ、ひとしきり笑うと本を探そうと気になった一冊を手に取る。
「あ…まずっ…」
手にとって題名を読もうと思った瞬間、本がぶるりと震え、ヴォルはあわてて本棚にそれを押し込む。
が、その前に本が叫びだし、驚いたハリーがヴォルにすがりつくととりあえず本の叫び声はおさまった。
ハリーの腕を引き、透明マントを被ったまま静かにその場を離れると、ナギニを腕に巻きつけてじっと様子をうかがう。
案の定、フィルチと猫がやってくると、叫んでいた本の棚を見上げ、まだいるはずと辺りを見回す。
「ナギニ、猫を頼む。」
空気の抜けるようなわずかな声でナギニにミセス・ノリスを頼むと、するすると猫の近くに行き、棚に身をひそめる。
ミセス・ノリスが蛇に気が付き、警戒するとヴォルとハリーはそっとその場を離れた。
入口近くでナギニを呼ぶが、フィルチには聞こえなかったようで素早くハリーの腕に巻きつけると図書室を後にする。
なるべく急ぎ足で歩いていると、男の声が聞こえハリーとヴォルは立ち止まってそちらに目を向けた。
「どちらにつくか…わかっているんでしょうな。そもそも、クィレル教授。何を考えているかわかりかねるが、無駄だと言うことに気が付いていないのかね。」
スネイプの声におどおどと息を飲む声が聞こえ、ハリーとヴォルは顔を見合わせた。
「クィレルとスネイプだ。」
「なんか不思議な組み合わせだね。」
ね、と言いあうともめている様子のスネイプとクィレルという組み合わせにどうなるのか見つめる二人はそっと窺う。
おどおどとしているクィレルに腕を組み問い詰めるスネイプははぁとため息をつき、まだ定かではないものの赤い目の少年を思い浮かべる。
「なっなんのことかわかりませんが…むっむだとはどどっどどういうことですか。」
どもりながらも少し強気のクィレルにハリーとヴォルはスネイプがどう出るか、物陰から身を乗り出すと、ハリーの襟もとのナギニが別の方向に顔を向けた。
「ハリー、ご主人様。フィルチの猫が近いわ。」
蛇ならではの嗅覚で察知したナギニに二人は廊下の先を見つめ、やばいとそろりと動き始めた。
「そこにいるのは誰かね!?」
空気が動いたからか、気配を感じたのか、振り向いたスネイプの声が飛び、二人は首をすくませた。
見つかるわけにはいかないと、足を忍ばせ離れると背後からこつりと言う足音が聞こえ、二人は少し開いたままの教室に飛び込み、息を殺してスネイプの行動をうかがう。
幸い、スネイプは二人が逃げた方向には来なかったようで、ナギニがもう大丈夫だと言うとようやくつめていた息を吐いた。
「あぁびっくりした…。それにしてもクィレルとスネイプの組み合わせってなんか意外…。」
怖かったと言うハリーは透明マントを脱ぎ、ヴォルもまた透明マントを脱ぐ。
少し休んだら帰ろうと顔を見合わせると、ふいに部屋に置かれた鏡に目を向ける。
「なんだろう…。」
「みぞのかがみ?何か魔法のかかった鏡だろうけど…。」
鏡の前にいくと背丈より大きな姿見には二人の姿が映りこむ。
「ねぇヴォル。僕の後ろに…誰もいない…よね?」
何の鏡だろうかと考えるヴォルが鏡から離れると、鏡を見ていたハリーが前を見たまま小さな声で問う。
「何か写っているのか?」
ヴォルがハリーの横から鏡を見るが、ハリー以外は写っていない。
「多分…パパとママ…。それに他の人たち。二人が笑いながら僕の肩に手を置いてるの。」
驚いた様子のハリーにヴォルも驚くと、いったいどういう鏡なのかと考える。
「ハリー、少し変わってもらってもいいかな?多分俺が前に立つと別のものが見えるんだろうけど…。」
気分がすんでからでいいよ、と言うヴォルにハリーははっと夢から覚めたようになると、一目会えただけでもいいよと離れると、ヴォルが鏡の前に立つ。
「何が見えるの?」
鏡を見てもハリーにはヴォル以外見ることができない。
ふと、鏡に映るうす明かりに照らされたヴォルの顔色が目に見えて悪いことに気が付き、ハリーは隣に立つヴォル本人を振り返る。
青ざめた顔のヴォルは目を見張り、違うと小さくつぶやく。
ハリーが腕を引いて鏡ではなく自分の方を向くようにすると、青白い頬を両手で包み込んだ。
「ヴォル!」
ハリーが強く呼ぶと、息を止めていたヴォルは荒く息を吐き何も言わずにハリーを抱きしめる。
早い鼓動にいったい何を見てしまったのか、顔をうずめるヴォルに想像し、ハリーは黙って抱き返す。
「この鏡は真に幸せなものには自分以外映らない鏡じゃ。」
抱き合う二人に静かな声がかかると、はじかれたように体を放し、声の主を振り返った。
「ダンブルドア…あの鏡は一体何だ…。あれは誰だ。」
唸るような声を絞り出すヴォルは普段とは違う口調でダンブルドアに問いかける。
「その鏡は心のうちの望むものを見せる鏡じゃ。」
「望むもの…ふざけるな!あれが俺様が真に望むものだと?」
ダンブルドアの静かな声にヴォルは声を荒げ、違うと否定する。
瞳孔が蛇のように縦長に見えたハリーはヴォル、と呼び掛け手を握り締めた。
「そうじゃな。それは以前のお主の望むものかもしれん。じゃが今はヴォル=セルパンの望むものが真に望むものじゃろう。」
ダンブルドアの言葉にヴォルは眉を寄せ、ハリーは何も言わずにすがりつくようにしがみつく。
「この鏡は別の場所に移すとしよう。今日はもう休むんじゃ。」
「あ、あの…。ダンブルドア先生。ヴォルの事…その…もし知っていたら誕生日教えてもらってもいいですか?12月じゃないかっていわれてたって…。」
もう寝なさいと言うダンブルドアに、ヴォルはまだ疑うような目を向ける。
そんな中、立ち去ろうとしたダンブルドアをハリーはあわてて呼び止めると、きっと詳しいはずとずっと気になっていたヴォルの誕生日を問う。
突然のハリーの問いにヴォルは憎々しげな表情からいつものちょっと済ましたような冷めたような顔つきに戻り、小さく首をかしげる。
「そうじゃった。すっかり失念しておった。12月31日じゃ。」
「あっありがとうございます!これでやっとヴォルの誕生日…おめでとうっていえるね。」
そうじゃそうじゃと笑いながら答えるダンブルドアにヴォルはなぜかそうだそういえばそうだと思い出すようにすっと情報が頭に入り、ハリーは嬉しそうに笑う。
寮に戻り、談話室の椅子に座るヴォルは頭が痛むのか、額に手を置き俯く。
ふと、目の前に立つハリーに気が付き顔を上げた。
ハリーは黙ってヴォルの頭を抱き込む。
「何見たのか聞かないけど、ヴォルはヴォルだから。大丈夫だよ。僕はヴォルのこと大好きだし味方だからね。」
「ハリー?」
大丈夫だよと繰り返すハリーにヴォルは内心首をかしげつつも、なんだかほっとしハリーを抱きしめ返す。
部屋に戻ると、自分の寝台で横になるヴォルにハリーがもぐりこむ。
「珍しいなハリーが来るのは。」
「あの鏡で初めてパパとママをみて…ちょっと人恋しくなっちゃった。一緒に寝ていい?」
頭痛をこらえていたヴォルはハリーを抱き寄せると、嬉しいなと額に口づけた。
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