怪我の功名

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 休日の昼過ぎ。温かな日差しとは無縁の地下牢の一室。そこにいたのは一匹の黒猫であった。
放心状態の黒猫はぶるりと頭を振ると、眉間にしわを寄せたまま自分の状態を改めるようにして見る。
 こんな失敗今まで生きてきた中で一度だってないと、前脚を額に当てる。
猫らしくないしぐさなのは当然のこと。この部屋の主であり構内で最も忌み嫌われている魔法薬学教授、セブルス・スネイプがこの猫の正体だった。

 原因はわかっている。

 先日手に入れた古い魔法薬のレシピを試行していたのだが、その際一部の材料の文字や煎じる時間がかすれ解読不能だったのだ。特徴などから予測できる材料を使い、様子を見ながら撹拌としたのだが、見誤ったらしい。
 材料は合っていたのだろう。一応書いてある通りの色や反応を得られたのだから。

だが問題は撹拌時間かあるいは火加減か。
一瞬にして違う反応を見せたため警戒して火を止めたのまではよかった。
だが鎮まった鍋に何が原因かを確認しようと、エバネスコする手が少し遅くなってしまった。
激しい蒸気が上がり、部屋を白い靄が覆いつくした。杖を振るいすぐに消したのだが、あまりにも急な変化に少しばかり吸い込んでしまった。
 ぐらりと体が揺れ…そして目を開けるとすでに世界は巨大化…いやスネイプ自身の体が縮んでいた。
 霧が包んだせいなのか服毎変化したらしく、それが自分を覆う黒い毛になっているようだと、とりあえず自らが置かれた状況を冷静に分析する。

 いまだかつてない失敗にため息をつき、もともとの薬の持続時間を考え、おおよそ2時間ほどだと目星をつけた。
万が一を考え、どうやって他の教員…猫だからマクゴナガル教授に知らせればいいのか…。
だが悠長にもしていられない、と時計を見上げた。
 約束の時間まで少し時間があるが、確か予定はなかったはずだ。ということは少し早めの時間だろうと考えたところで、かすかな足音を耳で拾い扉を見つめる。


 小さなノックの音と聞こえる声にこんな失敗みられたくはない、とスネイプは焦るが同時に部屋から脱出するチャンスではないかと様子をうかがう。

「失礼します…」
 そっと解錠される音ともに扉が開き、そのまま締まる。内鍵が勝手に閉まると、何もない空間から一人の少年…ハリーが現れた。
 きょろきょろとするのは悪戯を仕掛けに来たわけではない。それは物陰に隠れたスネイプにはよくわかっている。
両手がふさがって開けられず待ちぼうけにさせないために、彼に渡した専用のカギがあれば中に入れるようにとしていたのが吉と出るか凶と出るか…悩むスネイプの前でハリーは家主を探している。
「何か急用で出ちゃったあとかな…。わ、難しい魔法薬生成してたんだ。ここなんてかすれてわからないのに、先生すごい…。」
 透明マントをおいて机に広げたままの例の本を覗くハリーの声にぐっと息が詰まる。

 スネイプの姿がないことに今自分一人であることを確認したハリーはため息を零し、少し沈んだ顔で置いてあるソファーへと腰を下ろした。二人きりの時には見せないさみしげな顔にずきんと胸を痛めるスネイプはそっと様子をうかがう。
「やっぱり、僕が悪いのかな…。約束の時間前なのに楽しみで早く来たり…ついつい先生に甘えちゃったり…。」
 ぽつりと聞こえた言葉に耳がピンと立つのを自覚する。いったい何の話だと、恋人であるハリーの姿に思わず物陰から顔を出した。
 ふと生き物の気配に気が付いたのか、顔を向けるハリーと目があい観念したようにスネイプはその足元へと歩み寄る。
「猫がいたなんて気が付かなかった!そっか、僕が来て警戒して隠れていたのか。きれいな黒猫だね…。おいで。」
 近づく黒猫に驚いた様子のハリーは地面に手を差し伸べると、おいでと繰り返す。見つかった以上仕方ないと、そのまま猫らしく振舞おうとハリーの膝に飛び乗った。
 予想より軽やかな体にふむ、と考えるスネイプだがここでハリーが探している家主であることをばれてはならないと、できる限り猫らしく振舞おうとして猫はいったいどんなものだったのかと思考が止まる。
 とりあえず身近な猫として、マクゴナガル教授を思い浮かべた。
 成猫は大人しいはずだと、じっとハリーを見上げ様子をうかがう。

 おそるおそる手を伸ばし、そっと毛並みを撫でるハリーは大人しい猫に気をよくしたのかそっと抱きしめた。
ハリーに包まれ、鼻腔を満たす香りに自然と体の力が抜けていくスネイプは尾が勝手に揺れていることに気がつき、不思議な感覚だとハリーの首筋に顔を埋める。
 やけに人なれして大人しい猫に、ハリーは迷子なのかなと柔らかな毛並みに顔を埋めた。
「んっ、少し薬品の匂いがする…。もしかして怪我したこの子を治療して、飼い主を探しに行ったのかな。」
 抱き寄せるがままのスネイプは顔を埋めるハリーの言葉に眉を上げる。
そのまま腕に猫を抱きかかえるハリーにスネイプはさてどうしたものかと見つめる。
先ほどの寂しげな顔が気になって仕方がない。






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