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ムスカリで紡ぐ不器用な花冠
4学年編
1:神秘部
早朝のロンドン。夏だというのに乾いた空気のせいかどこかうっすらと肌寒さを感じ、フードで顔を隠した少女は黒いローブの中、ぶるりと体を震わせた。闇が、闇の力が目覚めた証拠だと感じ、薄暗い路地が怖い。
「心細いかもしれないけど、もう少しだからね。それにしてもダンブルドアも一緒に来ればいいのに……」
同じようにフードをかぶった女性があたりを警戒しつつ電話ボックスへと少女を連れていた。女性の名前を少女……ハリエットは聞いていないが、どこか懐かしい響きを持っていて、どこか既視感を覚えている。だが、記憶にあるどの人とも一致しないために不思議に感じていた。
無事、電話ボックスにたどり着くと女性は慣れた様子で操作し、そのままイギリスの魔法界の中心……魔法省へと入っていった。バッヂが出てこなかったことから、彼女はやっぱり闇払いか、と職員であることにハリエットは納得して……闇払いの女性、と顔を上げた。
>記憶にあるピンクの頭ではないし、顔つきも違う。けれど、どこか懐かしいさっぱりとした声は……。どうかした?と首をかしげる女性に、ハリエットは何でもないと首を振って、神秘部へと足を運んだ。
神秘部に入ればハリエットは女性とは別の部屋に案内され、もう顔を出しても大丈夫だという声にフードを下ろした。
「初めまして、私はハリエット=ポッター。未来を見た者、予見者であり、ハリー=ポッターの片割れです」
神秘部の部長だという男にそう告げると、3人ほどいた職員は皆よくぞ来てくださいました、と丁寧に頭を下げた。少々不安定な予言などではない、正真正銘……未来を知る人物である予見者の本当の意味を知っているという。
「あなたがどこで誰に保護されているか隠すため、七変化の彼女に護衛をと、そう窺っています」
ダンブルドアが来られない理由、それはハリエットが誰に保護されているかをあいまいにするためだ。事前に聞かされていたらしい反応に、ハリエットはそうですと肯定する。
「……あなたが彼の転生者である、予見者であることの記録はとりました。予見者はその特性上すでに成人を迎えていることからも、未成年の魔法使用による制限はありません。それと、もう一つ、過去の未来について、予見者たちは先天的に閉心術のようなものを身に着けています。だから、たとえあなたに開心術を唱えたとしても、過去の未来の、その記憶だけは第3者に見られることはありません」
一通りの手続きが完了すると、そこは安心してほしい、と言う言葉にハリエットはそうだったんだ、とほっと胸をなでおろす。もしも……もしも何かあった時にヴォルデモートほどの開心術の使い手に未来を知られたら、とびくびくしていたがそれは大丈夫らしい。
登録はあっという間に終わって、ハリエットは代わりにこれを、と封筒を取り出した。
「来年、ある裁判が行われます。そのときにこの人物へ渡してください。ちょっとした憂さ晴らしです」
未来が変わるわけではないというハリエットに神秘部の部長は承りましたと封筒をダイヤルのついた箱に収める。しかるべき時に、しかるべき人へ。
「では、あなたにはこれを。ある高名な予言者の縁者がまとめた予見者数名についての写しです。予見者の“違反”は時に重大な結果をもたらす。そして……その性質上予見者は誰一人として……」
古い資料を渡され、ハリエットは掠れた名前を指でなぞる。まとめた人物の最後の文字であるyしか読み取れないほどに古い資料は、7人の名前が記されていた。神秘部の部長の言葉をハリエットは不思議とすんなり受け入れ、小さく微笑んだ。
「もともと、私はイレギュラーな存在。だから……それは当然の結果でしょう。資料、ありがとうございます。自分の事なのに、私が知っているのは過去の未来と、制限の回数だけ」
だから、同じ境遇の人々がどのようにして変えたい未来を変えたのか。その記録があるなんて思ってもいなかったハリエットは資料を大事に抱える。ここに、スネイプを助ける方法が見つかればいいのに、と目を伏せた。まだ、彼を助ける方法が浮かばない。
一時間ほどだっただろうか。名前と許された回数、そしてかつての享年と記憶が戻った時の年齢。それらを登録したハリエットが神秘部を出ると、丁度髪をピンク色にしていた女性が立ち上がり、シルバーに髪を染めて終わったの?と声をかける。頷くハリエットにダンブルドアが迎えに来ることを伝え、玄関ホールへと戻っていった。
ピンクの髪にしていた彼女は……良く知っている。泣きそうになるのをぐっとこらえるハリエットは、先導する後のテッドの母となる女性の背中を見つめた。
「あら、ニンファドーラ」
そんな声が聞こえ、トンクスとハリエットはその方向へと目を向ける。そこにいたのはハリエットは知らない女性で……どこかに行くのか旅行鞄を持っている。
「やめてよ。名前で呼ばないで。よく私だってわかったわね。それで、こんな朝早くに何をしているの?バーサ」
うんざりしている風に答えるトンクスは呆れたように目の前の女性の名前を呼ぶ。フードの中、ハリエットははっと息をのみ、目の前の女性を凝視する。知ってしまった以上……このまま見殺しにしたくはない。
だが、彼女を救えば未来が……。忘れ物を取りに来たというバーサはこれから休暇よ、とそう言いながらトンクスの陰に隠れているフードをかぶったハリエットに気が付いた。あぁ、そういう風に気になったからこそ、クラウチJr.に気が付いてしまったのだろう。
神秘部に向かう時も、出てきた時も、歳不相応に落ち着いていた少女がひどく狼狽えていることに気が付いたトンクスがどうしたのかと問いかける。
どうしよう、どうしようと迷うハリエットの肩にポンと馴染んだ手が置かれ、ハリエットは振り向く。静かに、それでいてしっかり首を振るダンブルドアにハリエットは泣きそうな目を向けるしかできない。
だって、だって今この人を行かせたら……。言葉に出すことのできないハリエットにダンブルドアはもう一度首を振る。
「護衛ありがとう。彼女のことはわしが保護されている場所に送って行こう」
ハリエットに言葉を紡がせないよう前に進み出たダンブルドアは、静かな声でご苦労じゃったという。突然現れたダンブルドアにバーサは驚いたようだが、意識がそちらに向かったためハリエットはぎゅっとこぶしを握り締めた。
「これはこれは、ダンブルドア校長」
珍しいという口調の声が聞こえ、ハリエットはちらりとその声の主に視線を送る。まだ出勤している人が少ないというのに、いったいどこから来たのか、とハリエットは静かにファッジを見た。
ダンブルドアは会うつもりがなかったようだが、すぐさま気持ちを入れ替えたようでファッジ大臣、と公の場であることから一定の距離感をもって答える。
「鍋底がうすくなっただの、ドラゴンの糞が高騰しているだの……変な呼び出しが多くてね。鍋の底なんて、何をどう基準化するか……そんな話ばかりだ。君がこんな朝に……」
そんな緊急を要する話でもないのに、誤って呼び出されたというファッジはじっと自分を見つめる小柄な人影に気が付き、視線をダンブルドアから移す。
「初めまして、魔法省大臣」
もうどこにも逃げ場はない。それにハリエットにとって散々な目に会っただけにこの目の前の男は大嫌いだ。ハリーに対するけん制もかねて、ハリエットはフードを下ろした。
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