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31:一学年を終えて
ベベから今日はスネイプがいないことを聞いて、ハリエットは目くらましをかけて箒に跨る。そのまま塔のてっぺんまで行くと、そっと降りてホグワーツの広い敷地を眺めた。
あの激しい戦いが起きるなど露も知らず静かで、穏やかな風景にため息をつき、飛んできたシークとヘドウィグに目を向ける。二羽はそろって、まるで危ないというように咎める様に鳴いて羽を広げた。
「大丈夫だよ、僕これでもクィディッチのキャプテンにまでなったんだよ?」
平気平気、と笑うハリエットは大きく伸びをして、綺麗に整えられた髪を風に揺らす。腕につけたブレスレットに触れて、そっと微笑む。スネイプが死んでしまってから、3年ほどだっただろうか。
日々過ごす中で彼の肖像画の作成についてキングズリーにもあちこち声をかけた。だけれども、彼の写真が残されておらず、新聞に載った写真の原本も見つけることができなかった。
卒業生らが持っていた写真はまるで写真から逃げる様に完璧な姿で写っているものがなく、彼を再現させた肖像画は難しいと、そう言われて落ち込んだこともある。
もう一度彼に会って、きちんと話したかった。
全ての因縁が無くなったのならば……今度こそセブルス=スネイプとハリー=ポッターとして向き合えるのではないか。
父達に対する思いは変わらないものの、彼が絶対進んで話したくはない学生時代の話をどこかで聞くことができたのならば……彼らに対する感情もともに昇華できたのならば。
思いもよらないやり直しをする機会に喜び、彼の一面を知りたくて近づいて……気が付いたら彼のことを好きになっていた。今のハリーには到底理解できないだろう、自分がスネイプを好きになるなど……。
シリウスが聞いたらどう思のか。今はまだ牢に繋がれている彼は……。
今頃リーマスはどこにいるのか。トンクスは闇払いとして活躍しているのか。本当は彼らも助けたい。けれども……
「セドリック、シリウス、ヘドウィグ、ムーディー、ドビー、スネイプ」
1つ使った状態であと6回は確実に消費してしまう。そうするともう余裕はない。どこでうっかり消費するとも限らない。だから……これ以上は救うことができない。ヘドウィグは数えられないのか。それすらもやってみないと分からない。
とにかく今は瀕死の彼を救う方法を考えなければ、と小さなこぶしを握り締める。かつての自分と全てが同じというわけではなく、少女らしい細くか弱そうな手は多分ハリーより小さいだろう。
あれだけちっぽけだと、無力だと嘆いた手以上に小さい手でどこまで零れ落ちる命をとどめることができるのだろうか。
スリザリンという湖畔の底にある寮だからか、寝ているとき水音が聞こえる。時折、掬っても掬っても嘘の様に手から水が零れ落ちていく夢を見ることがある。
どれだけ掌一杯に掬っても、全て飛沫さえ残さず零れていく夢。
正直怖くて仕方がない。ダンブルドアにはいばらの道を進むと宣言したのに、いざ進みだすとその孤独さに押しつぶされそうになる。
今度はハーマイオニーもいない。
完全な一人だ。
誰かに話すこと自体が死に直面するという中、この秘密を打ち明けてしまうこともできない。
「先生」
ずっとそう呼ぶことに嫌悪さえしていたというのに、好きになった途端名前で呼ぶのが逆に恥ずかしいなど、自分の知る誰が聞いても驚いてしまうだろう。ファーストネームなど……母のように優しく呼びかけることなどできるはずがない。
付き合う前からジニーと呼んでいた間柄ではないのだ。大体、彼は……少なくとも異性で最も愛しているのは母リリーだ。なぜか同性のヘンリーを可愛がってはいるが……。
「もしかして先生、いわゆる絆重視の恋愛思考とか……そういうタイプなのかな」
大人になってから様々な恋愛の形があることを知り、その中に男女問わず強い愛情や深い友情などをもった相手を好きになるというのがあった……はずだ。ジニーが買っておいてあったファッション雑誌か何かの記事で読んだことがある。
誰も愛さないという人もいるという以外にも、様々なことが書いてあり、妙に頭に残ったのがそんな内容だった気がする。もうだいぶ前回の大戦後の記憶は薄れてきて、闇払いで覚えた技術や呪文は頻繁に思い出すのでまだ覚えてはいるものの、日常のことはもう影ですらわからないときもある。
スネイプが……もし本当にヘンリーを愛しているのであればそれはそれで嬉しいな、と顔をほころばせる。だけどきっとそれはないだろう。ヘンリーを愛しているとしても、その後ろには母リリーの赤い髪を見ているに違いない。
一人しか愛せないというのもあった気がして、ハリエットはずきずき痛む胸を抑える。
どれだけ頑張っても、どれだけ思っても、所詮彼からしたら自分を慕ってくれる一生徒であって、それ以上でもない。
「それでも……好きになっちゃたんだよなぁ」
むしろその一途なところが好き、とまで来ていて、僕はマゾか、と自分で言って自分で笑う。2学年はまたハリーを慰めるタイミングを見計らないと、と箒に跨って塔から飛び立つ。
自分を探すマクゴナガルの姿を見て、そのわきに音もたてずに着地する。振り向いたマクゴナガルはプレゼントの箒を乗りこなすハリエットに微笑み、買い物に行く日を決めましょうと促した。
ムスカリで紡ぐ不器用な花冠 第一学年 終
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