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 不意にハリーは喪失感ともいうべき感覚が背筋を伝い、飲もうとした瓶が手から滑り落ちる。
ガラスが割れる音共にハリーは廊下に飛び出すと、フードを深くかぶり目元を覆う仮面をつけて自分の勘を信じて屋敷の外へと飛び出した。
 激しく行われる戦闘の中、飛び交う呪文を掻い潜り、ただひたすら走る。
このままいけば屋敷の裏にある崖だと考えるハリーは森を抜け、目の前の光景に思わず足をとめた。
 シリウスやルーピン、ダンブルドア…他にも大勢の魔法使いたちがヴォルデモートを追い詰めていた。
赤い失神呪文がいくつも放たれ、盾の呪文のわずかなすきに入る。
「ヴォル!!」
 思わず仮面を外して叫んだハリーだが、あっと思う間にヴォルデモートの体が崖へと傾き、杖が空を舞う。
主と共に崖に落ちる杖を白い梟…ヘドウィグが掴むと、彼女は呆然とする主人のもとへと舞い戻った。
「ハリー!」
 驚きで目を見開き、笑みを浮かべるシリウスは駆け寄ろうとして、ハリーの杖から放たれた呪いに気がつくのが遅れた。
 まともに呪いを受けたシリウスは驚いてハリーを見つめる。
ヴォルデモートの杖を受け取ったハリーは両目から涙を流しながら緑色の目に怒りの炎をともしていた。
「そうやって…僕から大事なものを…大切な人をも奪って…。許さない…。」
 怒りに歯を食いしばるハリーは不意に笑みを浮かべる。
ダンブルドアでさえもぞっとするような笑みを浮かべたハリーは泣きながら口を開いた。
「大丈夫…ヴォルの魂はまだあるもの。全部集めて器に入れればヴォルは何度でも蘇る。十年もすればヴォルの魂を入れた器は大きくなって…また僕の居場所を作ってくれる。」
 ヴォルは不死身だから、と言うハリーはナギニが何か袋を咥えたまま体に巻きつくと、ヘドウィグを肩にのせたままくるりと体を反転させた。
 
「ハリー!!!行くな!!」
 森の奥から消えていくヴォルデモートと、それを見てしまったことで完全に崩壊したハリーを見ていたスネイプは手を伸ばすが、服に触れるよりも前にその姿はかき消えてしまう。
 もっと早くにこの場に来て、ハリーのいる場所にこれていたら…スネイプは悔しさに拳を握りしめる。
びりっとした痛みに手を見れば姿くらましをするハリーの近付き過ぎたためか、指の先端が切り裂かれていた。
 屋敷にいないか探していたことがあだとなったと、呪いをかけられたことでショックを隠せないシリウスと、複雑な表情の偉大な魔法使いを順に見つめ近くの木に拳を叩きつけた。
 森までにしか張り巡らせていなかった姿くらまし防止の呪文により、逆に森を走るハリーを見つけたスネイプが足止めを食らい、そして結界外に出たハリーはどこかへと姿をくらまし…。
 張り巡らせていた策がかえってあだとなったと、ダンブルドアは闇の帝王を飲みこんだ崖と、消えたハリーの最後の言葉にすぐの手を打たなければと考え、あの壊れた笑みを思い出し思わず黙りこむ。
 ハリーの心の隙ができなければ、もっと適切に対処していれば…結末は違ったはずだと、名付け親で仲の良かったはずの人にも呪いを躊躇なく放った“英雄”にダンブルドアはただ目を伏せることしかできなかった。
 
 
 ベラトリックスが守ったヴォルデモートの魂の器…。
赤ん坊の体にハリーは一つ目、ときれいなティアラから黒い闇の様なものを取り出し、その体に落とす。
 一度にやって拒絶されてはだめだと、ハリーとベラトリックスは純粋無垢な魂に黒い闇が溶け込むのを確認し、もう少し待っててね、とハリーは小さくつぶやいた。
 ヴォルデモートを蘇らせる為ならば何でもやると、ハリーとベラトリックスは盲信的ともいえるほどの愛情を赤く染まった瞳をのぞかせる赤子に降り注ぐ。
 わけられた魂の場所はわかっている。
 後はそれをこの器に移して…そして0から成長する主君のために身を捧げること。
 赤子を抱き上げ、愛しい赤い目を見つめるハリーは傷痕からハリーとそう呼ぶ声が聞こえた気がし、にこりと笑う。
「まっててね…。ヴォル。」
 壊れた英雄と、ただ一人の主君のため、同じ目的の遂行のため従うベラトリックス…そしてちぎられた魂を注ぎヴォルデモートになろうとしている赤子。
 
 誰に知られることなく復活し、そして消えた闇の帝王の話が色あせ始めたころ、再び闇が目覚め世界を覆うことになるとは、最後の死喰い人となった二人以外誰も予測すらできなかった。



-- ED4  壊れた世界







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