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何が起きているのか…ハリーは振り向くとサイドテーブルに置いた杖を手に取った。
そういえば杖ずっと置きっぱなしだった、と魔法使いらしくないなと思わず笑みを浮かべたハリーは部屋の中を風が流れるのを感じて扉を振り向く。
そこには死喰い人の仮面をつけた人がたっており、ハリーは目をしばたかせた。
ここはヴォルデモートの寝室。
だから死喰い人がここに来るのはなんだか変だ。
一瞬の戸惑いがあだとなった。
男はあっというまに間合いを詰めると、慌てて武装解除呪文を唱えようとするハリーの杖を払い、拳をみぞおちにたてる。
ぐったりと気絶するハリーを男は抱き上げると、杖をしまい驚いた様子の梟のため窓を開ける。
それで梟は何かを察したのか、外へと飛び出すと男はハリーにハリーの仮面をかぶせ、フードでその小さな頭を隠す。
そのまま部屋を飛び出すと、戦闘の音が聞こえる場所とは反対に森の奥深くへと消えていった。
走る男は胸に抱いた少年を抱きかかえたまま森の外れまで来ると、そこで姿くらましをし自分の家へと戻って来た。
長居するつもりはなく、もともとまとめておいた荷物を手にとり、自身と少年を着替えさせると、少年と共に姿くらましをする。
魔法使いたちがまず思いつかないような交通手段として鉄道に乗ると、そこでやっと息をついた。
気絶したままのハリーを抱きしめ、外をうかがう。
海の中を潜る鉄道に魔法使いが気がついた様子はない。
部屋を出る前に暖炉に着ていた服は入れてきた。
魔法の炎は速やかに服を燃やし、そして静かに沈黙するだろう。
男…スネイプは少年の髪をなでながら、先を行ったであろう白いハリーに忠実な梟を思いうかべ、置いてきた不死鳥の騎士団と闇の帝王の結末を考えないように頭を振った。
やがてぼんやりと目を開いたハリーは驚いたように体を起こし、側にいる男を泣きそうな顔で見上げる。
スネイプがなにをしたのか…何をしているのか…。揺れる鉄道とマグルの姿になった自分たちと…スネイプのカバン一つしかない荷物に全てを理解してしまった。
「先生…。なんで…。なんでぼくなんかのために…。」
勘違いして、裏切ったと思って…自分を求めてくれたかの人のそばに行った自分のためにスネイプは何もかもを捨ててきた。
学生時代の嫌な記憶、教師となって教鞭をとっていた生活、ダブルスパイとして暗躍していた役目…全部全部重い皮を脱ぎ棄てるように置いてきた。
ただ、愛しい存在といるためだけに。
「ハリーが裏切られたと、そう考え全てに決別してまで奴のそばにいることを望んだように…。ハリー…お前を一緒にいることを許さない部屋を出て、籠の外に出した小鳥と共に…ハリーと共に私は生きたい。」
だから、気に病むなとスネイプは優しくハリーの髪をなで続ける。
魔法使いから逃げることは容易ではない。
ヴォルデモートほどの強さであればすむ場所に魔法をかけて…幾重にも厳重にすればできるかもしれないが、あいにくスネイプの力は強いと言っても闇の帝王には及ばない。
かりにヴォルデモートが生きていたらば彼はスネイプとハリーを探しだすだろう。
そうでなくとも、ハリーを連れ去ったとして…あの場から逃げたとして、ダンブルドアらはスネイプを探すだろう。
「ハリー…。」
手荒なまねをしてすまない、と謝るスネイプに、ハリーはこぼれおちる涙をぬぐい、スネイプを抱きしめる。
抱きしめ返されるぬくもりにハリーはあぁ、と小さくため息をこぼした。
ヴォルデモートを想う気持ちを抱きながら、始まりの恋へと戻るハリー。
揺れる鉄道が地上に出ると、その明るさにまるで僕たち見たいだね、と泣きながら小さく笑った。
たとえ引き離される運命だとしても、一緒にいる一秒一秒が全て大切な宝物だと、二人は雑踏の異国へと姿を消していった。
まずは白い梟が待つ隠れ家へいこうと、手をつないで。
-- ED3 ただ一つの愛をつれて
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