7:定めた獲物
「もうじき夏休みが終わるな」
「課題あっという間に終わらせたね。僕、今頃ひーひー言ってた気がするよ。まぁ、うちは伯母さんたちが魔法が嫌いで閉じ込められたりしたからだけど……」
カレンダーを確認していたリドルのつぶやく声にハリーも視線を向け、来週にはホグワーツ特急に乗らなければならないことを確認した。
2学年前の夏休みは……あぁそうだ、隠れ穴に初めて行った夏だ。ロンと頭をひねりながらなんとか終えていた懐かしい夏の思い出。
どこかさみし気なリドルにハリーはそれもそうだろうと頷いた。彼はこれから……マグルの戦争が行われている時代に帰らなければならない。新品の制服と、綺麗な教科書。 それを携えてホグワーツに帰る。こっそりポケットにあのお気に入りを忍ばせて。
「ハリー、俺は明後日には孤児院に戻る。あちらの状況を知りたいし、なにより……慣れないと」
つまらなさそうなリドルだが、ハリーを見つめる目は酷く悲し気で、ハリーはわかったとしか言えない。きっとリドルがこちらで自由に振る舞えるように、ハリーも過去には自由に行けそうだが、ダンブルドアに怪しまれる可能性があり、存在しないはずの大人の出現を孤児院は許さないだろう。だから試すこともしない。リドルの生活を悪化させたくはない、とハリーは戻らなければならない時代を思い浮かべる。
こちらの平和で物があふれている時代から帰るのはきっと苦痛だろう。この幼い闇の帝王の基となる少年をどうにかしてあげたい、とリドルの頭を撫で肩を抱き寄せる。嫌がらなくなったリドルはやっぱり子供で、何かしてあげられないかな、とハリーはリドルを見つめた。
「あまり盛大なことはできないけど、何かして欲しいことあったら言ってね。とりあえず、食事は……君の反応が良かったものを作るね。他にはあるかい?」
リドルはいつも残さず平らげるため、作る方も嬉しくなってハリーはこの生活が始まってから料理の腕を上げていた。彼の様子からあれとこれと、と思い浮かべているハリーにリドルは楽しみだ、と呟く。ハリーの提案にリドルはどこか困った風に目をさまよわせ、ハリーを見上げた。
「帰るまで、一緒に寝て欲しい」
隣で、と思わぬ提案にハリーは目をしばたたかせ、いいけど、と反射の様に返す。後の闇の帝王が、あの殺意しか向けてこなかった相手が、人と一緒に寝たいなどと、誰が思うのだろうか。深く考えることもなく返事を返したハリーにリドルは上機嫌で、まぁ頼れる?相手もいなかっただろうから……とどうやら心を許してくれたらしいリドルになんだかな、とハリーは頭をかいた。
今日の報告をリドルがシャワーを浴びている間にまとめ、庭に出ると梟に託す。リドルはこの時代に来てから毎日シャワーを浴び、湯を張ったバスタブに身を浸していた。こういったものもあちらの時代では容易ではない。どんな悪逆非道の男に成長するのだとしても、今は12歳の子供なのだな、とハリーは思わず笑みがこぼれる。
決戦のあのとき、もっと別の出会い方をしていたら、もっと別の過去があり未来があったのならば、魅力的な相手だったのだろうと思ったことは誰にも話していない。だが彼はどこまでも闇で、どうしようもなく人間であり、徹底的に欠けた歪な怪物だった。
リドルの世界とこの世界はきっとハーマイオニーからの手紙に会ったように並行世界の過去と未来なのだろう。リドルがどう成長するかわからないが、ハリーの知っている記憶に違いはないとハリー自身明言できることから、自分たちの世界のリドルへの変化は起きていないはずだ。
リドルとは交代でシャワーを浴びたハリーはどこかそわそわした様子で待っているリドルにまた笑みがこぼれ、おまたせと笑いかける。リドルが使っていた部屋は掃除には来てはいたが一人で寝るには少々広い。ちょっと寂しかったのかな、と久々の寝台の柔らかさに内心感謝つつ、ほらおいでとリドルを呼ぶ。
するりという風に潜り込むリドルに、弟や小さい子供がいたらこうしていただろうな、とハリーはタオルケットをかけてポンポンと背中を叩いた。
「そんなことしなくても寝られる」
むっと眉を寄せるリドルにごめんごめん、と苦笑するハリーだが、ぎゅっと抱き着かれることは全くの予想外で、胸元に感じる子供特有の暖かさに戸惑うしかない。
「落ち着く」
なぜだろうか、と心底不思議そうな声が聞こえて自分から言い出したのに?とハリーはなんだかおかしくなってふき出した。幼い子供がぬくもりを求めるかのような行動にハリーは大丈夫だよ、と抱き寄せる。愛を知らない化け物。だが、もしも、そうもしも愛を知ったのなら?あんな破壊活動しなかったのではないか。
ただ、打算的な考えをハリーは首を振って消し去り、かつてスネイプが自分に父を重ねたような、そんななにも生み出さず壊すような感情を押し込める。仮にスネイプが過去で父に会っていたとしても、彼は憎み、訳が分からないジェームズに憎まれていくだろう。規模は違えど、今のハリーとリドルはそういう事で、ヴォルデモートが憎いからとリドルを睨み、“型”に押し込めるなどということしたくない、と寝息を立てるリドルをのぞき込んだ。
愛を知らないのであれば知ればいい。そうすればきっとあの悪魔の所業から遠ざかるはずだ。それに、愛を知ったリドルと……もっと話してみたかった。
翌朝は寝ぼけ眼のリドルがいて、ハリーはおはようと声をかける。もぞもぞと動きながらハリーを認識し、リドルは満足げに笑うとハリーにおはようと返した。
「ほんと君……顔整っているから……、そのうちいろんな女の子が声かけてきそう」
美少年、というのがふさわしいリドルの笑みにまぶしい、とハリーは感じて起き上がる。リドルも起き上がったため、一緒に身だしなみを整え、朝食を二人で作った。ハリーと違ってリドルはキッチンに立つのは初めての様で、どこか緊張した風に卵を割り目玉焼きを作る。闇の帝王人生初の料理が目玉焼き。
そのことになんだかむずむずとした、言い表せないような奇妙な感覚を抱くハリーはトーストを切るとトースターに入れ、その間に別のフライパンでベーコンとソーセージを焼く。育ち盛りのリドルが特に好んでいる朝のセットだ。シリアルの箱は夏休み中に3箱は空になったのだから、成長期の子供って恐ろしい、とハリーは笑うしかない。
そういえばロンの家でも次から次にお皿に盛られていたため、一般男児にとってはこれが普通なのだろう。そう考えると自分は小食な方なのだな、とハリーはいい塩梅に焼けたベーコンとソーセージを皿によそい、そこにリドルが目玉焼きを置いていく。
「この夏で胃袋が2倍になった気がする」
これは問題だ、という呟きが聞こえていっぱい食べるからとついつい量を増やしていったハリーは苦笑した。初めての隠れ穴でのモリーの気持ちがとってもよくわかる、そんな夏だった。
スリザリンらしく……いや、きっと孤児院で躾けられているのだろう。テーブルマナーはしっかりとしているリドルを見つめるハリーはこれがあのガリガリで、今にも折れそうな……柳よりも柔軟性があり、強靭な体を持つヴォルデモートになるのか、と未だにそこらへんが一致しないでいた。
「新しい制服、成長するとそれに合わせてある程度はサイズが変わるよう魔法がかかっていたんだね。伸び盛りだったロンの制服が寸足らずにならないでいたの、これのおかげだったんだ。知らなかったよ」
「俺の時代でもかかっていたかもしれないけど……古着しか買えなかったから……」
ウィーズリー家から贈られてきた服のサイズが大体ぶかぶかだったはずが、すっかり適正なサイズになったことに、子供の成長早すぎるとハリーは購入した制服を思い浮かべた。寸足らずになった生徒は見たことがないが、皆成長期だ。制服に魔法がかかってなければ、一年中着た夏には皆つんつるてんの、パツパツだ。
こちらの時代のではどうだったか知らない、というリドルだが、もうあの古着はおさらばしたのが何よりうれしそうで、ハリーは来年もつながると良いね、と頭を撫でる。
「あぁ。本当は俺にも金をどうにかできればいいのに」
「子供がお金の心配しなくていいんだよ。僕は……両親が遺した一族のお金を相続するまではずっとお金がないことが悔しくて。両親の金庫からお金を持って行ってもなんだか落ち着かなかったんだ。だから完全にわかるとは言えないけど、肝心な時にお金無いのは悲しいよね」
自由に使えないお金。お小遣いをもらうダドリーが自分で欲しいものを買って見せびらかしてきた。3日で飽きていたらしいが、それでも、“飽きる”ことがうらやましかった。
この一か月、リドルとは授業の話や学校のこと、孤児院のことを話していた。戦時中のリドルの世界は物資がなく、孤児院に至っては古着の使いまわしはもちろん、本だってぼろぼろだ。ハリーの世代では使用している生徒について聞いたことがなかったが、学費が払えない貧困層の生徒には奨学金が支払われ、それを使って最低限のものをそろえたという。
「最低限だぞ。新品は買えず、教科書も中古の山から漁るしかない。ペンもインクも、何一つとして新品のものは手に入らなかった。唯一、魔法薬学の鍋だけは……戦争で中古のものはマグルで売れるからと、誰も魔法界で売ることはしなかったために新品しか存在しなかった。質の悪い羊皮紙を購入して……。手紙にはペットについて言及されていたが、ネズミ一匹買うような余裕すらない。本当に、最低限だ」
孤児院が昼食を用意することはなく、汽車の中ではお腹が鳴るのを聞こえないふりをするしかできず、半日以上食べなかった体はホグワーツの豪華な料理は受け付けない。想像以上の生活にハリーは言葉を失ってしまった。リドルは何も言わなかったが、学校生活は順風満帆ではないだろう。
スリザリンの大半は貴族……つまり金銭的な余裕があり、ハリー達以上に純血主義だ。そこに身元の分からない、古着に身を包んだリドルはさぞ異質だっただろう。持ち前の頭脳と……これは自業自得だ人を見下すような尊大な態度が鼻についたのは容易に想像できる。
すべてを破壊しようとするヴォルデモートの……歪んだ純血思考もこの時に形成されたのかもしれない。なぜなら、純血主義なんてものは孤児院にいるときにはなかったのだから、ここで歪んだはずだ。
お菓子を純粋に楽しむ様子はまともな子供だったこともあり、ヴォルデモートが時折見せた子供じみた狂気の一端が……ちゃんと年相応でなんだか微笑ましくも感じたほどだ。