3:名前

「僕の方はご覧の通り、荷物がたくさん来たよ。と言っても門の内側にしか入れなかったみたいで、そこから浮かせて運んだとはいえ中々に量があったよ……」
 シャワーを設置したりもしたから、とため息を零すハリーだが、そうだそうだ、と一つの箱を開けた。

「僕の恋人が兄弟が多くて。この状況を説明して、君の年齢で着られる服を入れてもらったんだ。もし持って帰れるなら持って帰っても大丈夫って書いてあったんだけど……。あ、ここに居るってことは君、大きくなった分制服を新調する必要があるよね。デザインが変わっていなければ頼んでみるけど、どうする?」

 モリーさんありがとう、と箱いっぱいに詰まっている古着をハリーは確認し、リドルへと渡す。思わず固まるリドルにどうした?と問えばリドル自身どういえばいいのか、という風な……12歳の少年らしい仕草を見せ、感情を言葉にしようと考えている。

「えっと、もしかしてあまりこういうの好きじゃなかった?あー……僕も両親がいなくて、魔法嫌いの従兄弟の家で育ったから……いつもお古でさ。毎回従兄弟からぼろぼろの服ばかりだったから服を選ぶっていうのは僕もホグワーツに行くまで経験がなくて。そうだよね、君の境遇を考えるとお古とかそういうのはうんざりだったよね、ごめん」
 困ったような、そんな顔のハリーにリドルはそういうわけじゃない、と口を開いた。

「お前の時代はだいぶ充実しているようだ。こんな状態のいい古着……見たことがない」
 ここから選んでいいのか、とリドルは箱から洋服を引っ張り出す。その様子をハリーはちょっと意外、と思いながらたしか彼の時代はマグルが戦争をしていたな、と古い記憶を引っ張り出した。

「この古いセーターは?」
 なんだこれは、とリドルが広げたのは栗色のセーターで、ハリーは思わず笑いだす。ロンのやつ、どさくさに紛れていれたな、と。

「これは僕の親友が昔着ていたセーターだ。毎年クリスマスに新しいものを編んでもらっていたって言っていたから、これは彼が幼い時のかな。栗色が嫌だって、そういっていたくせに新しいのが来るまで冬になると着ていたんだ」
 懐かしい、と笑うハリーをよそに、リドルは少し考えてからこれなら目立たないだろう、と脇に置く。夏の服、冬の服、中間の服、とそれぞれ選んだリドルはどこか嬉しそうで、ハリーは静かに離れると夕食の準備を始めた。


「あそこでは課題をやるのに狭いうえにうるさい。それと、俺の制服はこれだ。デザインは変わっているか?」
 滞在する理由を言うリドルにハリーはわかったと頷き、渡された制服を広げた。細部が若干雑?と考えるも、孤児のリドルが新品を買えるかと言えばそうではないことに思い当たり、それじゃあ後で採寸しよう、とポケットからメジャーを取り出す。

 一瞬、間を開けてから反応するリドルを見て、やっぱりと確信を持ったハリーは新しい教科書の情報が入ったら教えて、と声をかける。魔法界はなんというか物事が非常にスローリーだ。そのため、きっと彼の時代で指定される本くらいまだまだ残っているだろう。

「俺には金はないぞ」
「いいんだよ。そうだな、この変な事象に巻き込んでしまったお詫びという事で。魔法薬の材料とかも遠慮しないで。学生のための支援、とそう思ってくれていいからさ」
 金はない、と言い放つリドルにハリーはいいんだよ、と首を振り闇払いとしての経費さ、と笑って見せる。なるほど、それならばいいだろう、とやはりどこか偉そうな少年は頷き、もそもそと食事を続けた。

 ハリーの金庫からの出費となったシャワーを取り付けたバスルームに消えたリドルに、なんだか気が狂うな、とハリーは大きくため息を吐いた。偉そうだし、今にも俺様と言い出しそうな口ぶりからやはりヴォルデモートなのだな、とわかってはいるのだが経済的にも立場的にも社会全体から見たら彼は弱者に分類されるだろう。それを見ていると何とも言えない気持ちになることにハリーはこれが僕だ、と受け入れる。

 かつて、おさがりばかりで、意地悪ばかりされて……うんざりしていた幼少期に誰かが手を貸してくれていたのであればもう少し違った未来があったかもしれない。そう思うとトム=リドルにも手を差し出したい気持ちが沸き上がってきた。

 ひとまずは……料理のレパートリー増やせたらいいな、と送られてきたウィーズリー夫人のレシピメモを見る。使っている魔法も書いてくれたので、これから練習しなければならないだろう。

 今度はちゃんとタオルで拭いたらしく、子供用の寝間着を着て出てきたリドルにハリーは水飲むかい?とコップを渡した。僕も浴びてこようと立ち上がったハリーを見送り、リドルはソファーに腰を下ろした。
 
 
 シャワー自体は以前飛んできた新聞紙から存在は知っていた。だが、まだまだ世の中には出回っておらず、どういったものかなどは今日初めて使ったほどだ。

 一般的に出回っているというのであればやはり50年以上の差はあるのだろう。マグルで行われている戦争がどうなるかなど、興味はないが少なくともイギリス自体は50年後もあるというのだけはわかった。イギリス英語と呼ばれるらしい、一般的な言葉をハリーは変わらず話しているという事はどこかに占領されたわけでもない、とリドルは考えてあのうっかり男がしまい忘れたものがないかと立ち上がった。

 出てきたのは知り合いか同僚か。そいつらの出した手紙だけで、詳しいことはわからない。ただ、どうやらハリーは自分のことを外部への報告ではリックという名前で報告しているらしい。という事は、この忌々しい名前がハリー達の世界ではまずい何かの本名になるのではないか。

 名前を書き出して切り裂き、それを組み合わせてみる。威厳がある名前が良いだろう。ワールド……いや馬鹿らしい、とパズルを崩し、じっと単語を見つめる。ホグワーツにおいて、自分のルーツを探ることをしてきた。だが分かったのはリドルという名は魔法界にはいないことだった。
 母親の遺したごくわずかな荷物からゴーントという名前が出てきたが、まだ収穫はない。ついでとばかりに様々な辞書をめくっていたが……何か気に入った文字があった気がする、と文字を並べ……ハッとして手元を見つめた。死。フランス語だった記憶がある。恐れおののくような名前。


 強調させてみるのがどうだろうか  私は(Iam)
 貴族連中は何かにつけ称号をつける。ならば 卿(Lord)
 死を飛び越え、死をまき散らす 死の飛翔……ヴォルデモート(voldemort)


 俺の、新しい名前だ。今すぐ名乗るのではなく、徐々に、徐々に広めていこう。リドルは満足して名前を見つめた後散らばったそれを丸め、ランプの灯に晒した。

 リビングでくつろいでいると、シャワーを浴び、髪を魔法で乾かしたハリーが戻ってくる。シャツで寝るのか、非常にラフな格好で戻ってきたハリーはリビングにいるリドルに気が付き、どうしたんだい?と首を傾げた。

「別に。だいぶ小柄とはいえ、ここで寝て窮屈じゃないのか?」
 普通の家に見えるというのに寝室は一つしかなく、そのベッドは無駄に大きいとアンバランスさが目立つ家にリドルは不思議で仕方がない。ハリーはちょっと気にしてはいる小柄な部類を子供に指摘され、うっと言葉が詰まった。

 今はこんなに細くて小さい、かつての自分と同じような栄養が行き届いていない風の少年が、自分より頭一つ分ほど大きくなるなんて、嘘だ、と思わずリドルを見つめた。

「まー慣れているっていう感じかな。闇払いの仕事で忙しかったときなんかは自宅のソファーで寝ていることなんてしょっちゅうだし……学生の頃住んでいた叔母の家はだいぶくたびれたベッドだったからあまり気にしてないというか」

 全然気にしてもなかった、と頬をかくハリーは昔っからどこでも寝られる体質だよね僕、とかつての劣悪な部屋を思い浮かべる。あれで熟睡するすべを身に着けた、と思っていたが話を聞いているとまともなベッドになってようやく安眠で生きるようになった、という人もいるあたりどこでも寝られるというのはある種の才能なのかな、と苦笑いが出る。

「闇払いというのはそんなに忙しいのか?」
「それもあるし、僕がずぼらなところがあるんだと思う」
 忙しい、という割にはここでのんびりしている姿に疑問があるのだろう。リドルの言葉にハリーは苦笑いしか出ず、適当に答えた。

「魔法で大きくするとかは考えないのか?」
「あー!確かに!」
 呆れたようなリドルの言葉にハリーは思わず手を叩き、杖をふるう。リドルが座ったままだったソファーはシンプルなベッドに姿を変え、座っていたリドルがバランスを崩して倒れた。
 あ、と思わず声がこぼれるハリーをぎろりと睨みつけるリドルの顔に、幼いながらに後々の面影が覗く。あーやっぱりそうなんだなぁ、と納得するハリーはごめんごめんとリドルの手を取り引き起こした。

「朝には戻しておくよ」
 おやすみ、と笑うハリーを呆れたように見るリドルは何も言わず寝室へと消えていく。この時から片りんはあったことに苦笑し、服のお礼と日報を書き封をして横になる。もしかしたら何か変わるのではないか、とリドルのことを思い浮かべる。

 服を手にして考える彼は以外にも年相応で、ハリーが作った簡単な料理でも文句を言わず、それどころかたくさん食べていた。12歳の子供らしい食べっぷりで……思い返せば自分にも心当たりのある肉中心の食べ方になんだか笑いがこみ上げてしまった。
 どの程度この関係が続くかわからないが、せめて自分といる間だけでも年相応に扱ってあげよう、とハリーは目を閉じた。