Serpent's Egg

1:クローゼットの世界

 クローゼットには怪物がいる。そんな子供じみた話を信じる気は到底なく、嘲笑ったばかりだ。だがこれは一体どういうことなのだろう、と少年は首を傾げた。ガタが来ているクローゼットの扉は歪んでいてしっかりと閉まらない。つい先日も魔法で直せないかと考えたところだ。
 一体何の光だ、とクローゼットからあふれる光にうんざりし、扉を開く。蜘蛛の巣が張っているはずのクローゼットの中身はなく、見知らぬ家があった。
 はて、何か魔法だろうか、と考えてから知らない魔法があることが気持ち悪く、どうせ何かあっても問題はないだろう、と少年は杖を握り締めてその家へと足を踏み入れた。

「おっと、あれ?男の子?さっき見まわった時はいなかったの……まさか君はっえ、うそ、なんで?トム=リドル?」
 明るい部屋に足を踏み入れ、ぐるりと見回っていた少年は突然聞こえた青年の声に杖を向け……何かの制服だろうか、黒衣に身を包んだ青年が同じように杖を構え……少年を見るなり驚いたように声を上げた。

「お前は何だ」
 見知らぬ男に名前を呼ばれ、不機嫌に眉を寄せる少年は虚勢を張るように、明らかに経験値が上と思われる青年を睨みつける。あーと口を濁す青年はこの状況が頭が痛いのか、額を……不思議な稲妻型の傷を抑え、少し考えるとハリー、と口を開いた。

「僕はハリーだ。闇払いをしている。少し前に魔法がかかった屋敷があるっていう通報があってね、見回っていたら君を見つけたんだ」
 びっくりさせてごめんね、と杖をしまう青年は緑色の瞳をリドルへと向ける。警戒心をむき出しにする少年にんー、と少し考えてからそうだ、とポケットを探り箱を取り出す。

「チョコは好き?っあ!!!」
 ゲコッ、と飛び出た蛙チョコがリドルに張り付き、最高に不機嫌な顔をするリドルにハリーが慌てることとなった。


 少し待ってて、と言ってハリーが去ると不機嫌なようすのリドルは出鼻をくじかれた、と戻ろうとしてぴたりと閉じた扉に大きく息を吐いた。どうやらすぐには戻れない、と腕を組もうとして腕に見慣れないブレスレットがあることに気が付いた。

「いやーまいった。どうやら……しばらくここで過ごすしかなさそうだ」
 フクロウを飛ばしてきたけど、敷地外に出られないみたいだ、と戻ってきたハリーは少し困ったぐらいの顔で、ちょっと探検しようか、とリドルに笑いかけた。

「今、何学年かな?」
「1学年が終わったところだ。お前は?」
 君の杖手はどっち?と尋ねるハリーはリドルが答える前に左手を握り、子供の速度に合わせるようにして歩き出す。手を握られ眉間にしわが寄るリドルを気にしていないようにハリーは笑い、見たことのないカントリーハウス内を探索し始めた。ソファーの前には当たり前に暖炉があり、誰も住んでいなかったにしてはきれいな部屋に首をかしげるしかない。

「もともとはもっとぼろぼろの家なんだそうだけど……君がこの世界に来たように、何か魔法がかけられていたのかもしれないな。多分今の状態が君の居る世界の状態なんだと思う。だってさっきまで僕がいた部屋はぼろぼろで、戻ってきたらきれいになっているし、君はいるしでもうびっくりさ」
 水は問題なさそうだ、といいパントリーを開けば食料があり……全く何なんだ、とつぶやくハリーは自分を観察するように見つめる少年にはあまり目を向けず、一つしかない寝室にまぁひろいベッドだし、とリドルを見た。

「さて……あまり料理は得意じゃないけど、そろそろ何か食べないとね。君は……好き嫌いあるかい?」
 何か言いたげな、探る様な眼を向けるハリーにリドルはこれ以上やると眉をくっつく、というほど眉間にしわを寄せたままない、と答えた。

「そう!じゃあ作ろうか。この屋敷の時間が狂っているのであればそう簡単に出られそうにないからね」
 休めるときに休もう、と笑いかけるハリーにリドルは眉を寄せていたのが馬鹿らしくなって、大きくため息を吐いた。料理が得意ではない、と言っていたハリーだが、一人暮らしもしていたし、恋人と一緒に作ることもあるから、と簡単な豆料理とポテトサラダ、簡単に焼いた肉を並べ、味に自身はないけどと苦笑する。向かいに座るハリーをじろりと見たあと静かに……もそもそという表現が正しいような、そんな風に食べ始めた。

「13歳というと結構食べ盛りの人もいるから……一応ちょっと多めに作ったからおかわりしてね。僕も今日一日くたびれたから、いつもより多めに食べられそうな気がするし」
 まぁまぁの出来かな、と食べるハリーにリドルは答えないが、少し警戒が解けたのか身にまとう空気が少し和らぐ。カボチャジュースを注ぐと少し戸惑う様子を見せた後、リドルは何も言わずにグラスを傾ける。
 子供らしい様子にハリーは少し微笑むと、子供らしく肉中心になるリドルの皿に豆を追加した。小さな舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。


「さて……シャワーだけど……君はバスタブ派?シャワー派?」
 僕はどちらでもいいんだけど、というハリーにリドルは不思議そうな顔でハリーを見つめる。あれ?と首をかしげるハリーは君の年代は……と考えるようにこめかみに手を当てた。

「よし、こうしよう。リドル、ここではあったかい湯舟に最初に入って大丈夫。シャワー……あー……ちょっとこっち来て」
 リドルをちらりと見るハリーは確か……そうだよなぁ、とぶつぶつとつぶやき、リドルの手を取ってバスルームへと向かった。

「うーわ。1930年代ってシャワーないんだ。お湯は魔法で出せるからいいとして……いろいろ物品お願いしなきゃだめだこりゃ。とりあえず、石鹸はたしか……ハーマイオニーがくれたやつがどこかに……あぁあったあった。酷い現場のおかげで貰っておいてよかった。シャンプーは……今日は無理か。とりあえず、これ使って。僕はあとで大丈夫だから、ゆっくりでいいよ」

 バスタブだけのバスルームにハリーは驚き、古いホテルだって完備しているのに、と言いながら杖をふるい、暖かなお湯を張る。うん、ちょうどいい感じ、と湯加減を確認するハリーは入口で固まっているリドルに振り向いた。どうしたんだい?とまた首を傾げ……あ、と再びポケットを探る。えーっとえーっと、と言いながら探り仕方ないかな、とシャツを引っ張り出した。

「寝間着も用意してもらわないとね。とりあえず、これを着て」
 サイズ的にはまだ大丈夫だよね、とシャツを無造作にリドルに渡し、僕はリビングにいるから何かあったら言ってね、と去っていく。残されたリドルはまだ不思議そうな様子で……バスルームの扉を閉めた。

 さて、と考えるハリーは羊皮紙に現状のことをまとめる。屋敷の中は恐らく1930年代だろう。だが、ひとたび玄関を出て庭に出ればそこは自分らの時代だ。屋敷だけ異様にきれいにはなるが、それでも外部と連絡を取ることはできる。

 ただ、問題はハリーも門から出ることはできず、姿くらましもできないことだ。闇払いの制服の上着を脱ぎ、できるだけ寛ぐハリーは返事を待つしかないか、とため息を吐く。そこにシャツを一枚来ただけのリドルがびしょ濡れで入ってきて、ハリーは慌てて杖を振ってリドルを乾かした。

「ごめん!タオルのこと忘れてた!!だめだな、伯母さんの家を出てからすっかり魔法に頼り切りの生活になってた……。これもリストに入れとかないと。さっぱりしたかい?」
「……別に」
 僕の馬鹿、と謝るハリーにリドルは毒気を抜かれたのか、ため息を吐くとどこで寝ればいい、とむすっとした様子で尋ねる。あぁそれなら君が寝室を使いなよ、と笑うハリーにリドルは疑うような、思案するような顔でハリーを見つめた。

「えーと。僕は誤魔化すの苦手だから先に言うんだけど、僕は君のことを知っている。それと、何度か言いかけたからわかるかもしれないけど、僕は君からしたら未来の人で、君は僕からしたら過去の人なんだ。君が望まない場所にいるのも知っていて……まぁここにいる間は気にせずゆっくり過ごしてほしいなって」

 嘘とかどうにも苦手で、と白状するハリーにリドルは残念な大人を見る様な、若干引いた様子でハリーを見つめ、何も言わずに寝室に消えていく。えー、その反応ちょっとショックなんだけど、という声は扉に背を預けたリドルを上機嫌にし、ホグワーツでしかないだろうと思っていた柔らかな寝台に体を横たえた。