箱庭の夢
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これ以上はハリー自身の体が持たないと判断され、ダンブルドアの魔法で精神を引き出すことになった。
そこにはシリウスもルーピンも同席してどうなるか、固唾をのんで見守っていた。
「わしの想定をはるかに上回っていたようじゃ…。」
体をひきつらせ、暴れたハリーがぐったりと動かなくなると、ダンブルドアは悲しげに眉を寄せて杖を下ろす。
「ハリーは!?ハリーはどうなったんだ!?」
動かないハリーはただ涙を流すだけで目覚めない。
暴れた拍子に千切れた拘束具がすべてを物語っているようで…ルーピンは優しくハリーの涙を拭く。
「より深く、深淵に近いところまで閉じこもってしまったようじゃ。」
「焦った挙句に殺しかけるとは…つくづく愚かだなダンブルドア。」
もう、目覚める手段はないかもしれないというダンブルドアにハリーの…ヴォルデモートの声が被る。
ルーピンの手を払いのけ、取り上げられていたハリーの杖を奪うと静かな怒りをみなぎらせてヴォルデモートは吐き捨てるようにばかばかしいという。
赤く目を光らせるハリーは立ち上がると杖を持ったまま出口へと向かった。
「まっまて!ハリーをどうする気だ。」
慌てて立ちふさがるシリウスにヴォルデモートはせせ笑う。
「お前も、この肉体をすきにしたいのか?それとも、ジェームズに会いたいあまりにハリー自身を殺して自分のいいように変えてみるか?」
この体はなかなか抱き心地がよかったからなと笑う言葉にシリウスは絶句した。
違うと声を上げたとして…果たして自分はハリーにジェームズの面影を探していなかったか。
ジェームズであれとハリーではなく親友を求めていなかったか。
「揃いも揃って無自覚に虐待するとは情けない。鹿の角は常に変わる。それを同じであれと無理に強制するのは虐待でなくなんになる。」
精神的に虐待したダンブルドア、性的に虐待したスネイプ、存在を虐待したシリウス。
そう告げるヴォルデモートは口を歪めながら俺様と何が違うと嗤う。
「さて…そろそろ行かせてもらおうか。予言で俺様を脅かす存在ということは裏を返せば、心を壊した“これ”以外には俺様にとっての脅威ではないこと。だから“これ”は俺様の手の届く範囲に真綿にくるんで眠らせておくのだ。」
予言が絶対であれば俺様を止めるものはいない、と豪語するヴォルデモートにダンブルドアたちは押し黙るしかない。
にやりと笑うヴォルデモートはシリウスの脇をすり抜け、扉に手をかけた。
「トム、一度だけ言う。ハリーをここに置いていくのじゃ。」
静かな声を上げるダンブルドアにヴォルデモートが振り向くと、杖の切っ先がまっすぐ向けられていた。
「殺すのか?それもいいだろう。ハリーの精神は限界のようだからな。責任もって殺処分すればいい。あぁ、死体を使って人形をよみがえらせ、偽りの魂を吹き込めば“生き残った英雄ハリー・ポッター”は存在し続けるのか。それも自分に都合のいい人形として。」
ヴォルデモートは面白そうに笑い、いつまでも動かないダンブルドアを無視して扉を開ける。
足元に呪文が唱えられるが狙いが定まらないのか、わざとかハリーには何も起きない。
そこに一羽の梟…ハリーの梟であるヘドウィグが何かをハリーに落とし飛び去って行く。
「それではな、愚かものども。」
ポートキーを燃やすヴォルデモートは床に横たわるハリーを見下ろすと、その細い体を抱き上げ、自身の寝室のさらに奥へと続く戸を開ける。
下へと続く階段を降りると分厚い扉が主を待つように大きく口を広げていた。
暗い部屋は天窓から注ぐ明かりがスポットライトのように部屋の中央に設けられた寝台を照らし、どこから吹いているのか風が寝台を囲う白い花を揺らす。
寝台に下ろし、眠ったままのハリーを撫でる。
明かりが照らす中も眠る姿にヴォルデモートは満足気に口角を上げ、そっと口づけた。
の夢を見た
何もない、誰もいない静かな世界。
いつからか、黒いローブだけを身に着けた自分の姿はこの場にふさわしいと笑い、淡い日差しを浴びて起き上がる。
ふかふかの寝台に腰かけ、どこかの地下水が染み出ているのか、白い花を潤す水に足を浸らせた。
今ここにいるのは生き残った男の子でも、英雄でもなく、ポッター家の人間でもなく、ただのハリーだと、あの蛇は言った。
とろけるほど甘美な毒を与えてくれる蛇はハリーにとって、唯一の理解者であり、庇護者であり…自分だけを求めてくれる居場所そのものだ。
常に淡い日差しを送り続ける天窓を見上げ、やむことのない新鮮な風をその身に受ける。
ローブさえも煩わしくて脱ぎ棄てると踝ほどの水の中へと座り込んだ。冷たくて気持ちのいい水に浸かりながら花を弄ぶ。
扉が開いて蛇がやってきた。
一糸まとわず水に浸かるハリーを抱き上げ、寝台に戻すと蛇はハリーの様子をうかがいながら丁寧にその体を開いていく。
求められていることが何よりもうれしいハリーは自分から体を開き、そのすべてで答える。
いつか、この与えられる甘美な毒で終わりが来てもかまわない、と蛇を愛し気に抱き寄せた。
夢の夢を見た
それは狂おしいほどに甘い夢。
現実とも泡沫の夢の間の夢。
白い花に守られる夢。
いつ覚めるとも知らず、縋る夢。
その狭間で魂が入り乱れて混ざる夢。
そして今日もまた、欠けた魂とおなじく欠けた魂がお互いの穴を埋めるべく、夢を見ながら交じり合う。
それが覚めるのはいつになるのか…蛇と箱庭の主はただ、夢を見た。
~fin
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