黒き太陽の昇る日
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書類をまとめ、仕事は終わりだ、と伸びをする青年…ハリーは部屋の中をぐるりと見まわした。
闇払いになってもうすぐ2年。闇の勢力は減っているようには見えるが水面下にはまだいるだろうと、そういわれている。
かの闇の帝王についてもいつしか忘れ去られていた。
今のハリーはかつて生き残った男の子であり、そして元嘘つき少年だ。
ヴォルデモートの復活はなかったことだし、魔法省の襲撃事件はハリー達の動きを勘違いした死喰い人らが襲撃しただけで、半数は捕まえられわけのわからないことをわめいていた。
ただそれだけ。
目立ちたがりの少年といわれたために、仕事中も大人しく振舞うハリーは誰にも注目されていないことをいいことに定時ということもあり同僚たちがまだ書類をまとめている中静かに退室した。
エントランスを歩いていると、聞きなれた声がした気がして、何も言わずに振り向く。
そこには予想していた通り親友が手を振って少し急ぎ足でやってきた。
「ハリー、お疲れ様。今日は全然会えなかったから、誕生日おめでとうって言いそびれていたと思って。20歳おめでとうハリー。」
ハーマイオニーははいこれ、と小さな細長い箱を手渡す。
受け取ったハリーがなんだろうと開けると、新しい自動筆記用の羽ペンだった。
「これ、闇払いの仕事で手一杯の時にも勝手にメモしてくれるから、書類作るときとかに便利かなって。」
「へぇ…ありがとうハーマイオニー。結構思い出すのに苦労したりしてたから…。大事に使うね。」
ようやく顔をほころばせたハリーにハーマイオニーは笑うと、今日はどうするの?と首をかしげる。
「今日は…予定があるから。」
ごめん、というハリーにハーマイオニーは例の彼ね、と笑いかけた。
うん、とうなずくハリーはどこか嬉しそうで―実際うれしくて今にも走り出したいのをこらえて―はにかむ姿にほっと息を吐く。
ずっと沈み込み気味だったハリーの見せるうれしそうな表情に親友たちがほっとするのももうかれこれ4年続くことだった。
そしてハーマイオニーの言うハリーの交際相手ももう4年の長さだ。
5年生のあの日々ですっかり嘘つきなどの悪評が彼を覆い、知らない人からも悪態をつかれるハリーを支えたウィズリー家とハーマイオニー、そして誰も姿を見たことが無い想い人。
その存在がハリーをこの場にとどめていた。
「ロンによろしくね。」
誘ってくれてありがとう、とハーマイオニーの手を握るハリーはじゃあね、と暖炉に足を踏み入れた。
手を振るハーマイオニーの姿が一瞬で消え、ハリーは暖炉から出ると誰もいない静かな部屋を見まわした。
静かな部屋はほとんど寝るだけといってよくて、ほとんど物を置いていなかった。
ロンやハーマイオニー、そしてかつてダンブルドア軍団として信じてくれた仲間たちが何もないと笑って飲んだのはいつだったか。
部屋にはフクロウ除けをよけてまで入ってきた手紙やら荷物があったが、彼に貰った箱に入れるとその送り主へと戻されていく。
部屋の外では何かスクープはないかと張り付く記者の仕掛けた道具があったが、最近は何もないことになぜかののしりながら撤退していって、ほとんど機能していないような道具が残されていることを知っている。
静かな場所で暮らしたい、というハリーの願いを、5年生以降からずっと気にかけてくれていたマクゴナガルやルーピンらの配慮でかなえてくれた小さな家。
周囲にはマグルの家もあるが静かで小さな自宅はハリーの心を安定させていた。
学生のころから愛用していたものや、卒業後買った少しのものに目を向けて小さくまたね、とつぶやく。
ふと、時計を見上げていかなきゃと杖をふるう。
時を刻んでいた時計が動きを止め、少し舞っていた埃が宙でとどまる。
持っていた水時計を机に置き、杖といくつかの荷物をもって家を後にすると鍵をかけてくるりと姿くらましをした。
ぽんと、現れたのは数年前に雪崩で消えた村へと続く道手前にある魔法使いたちの村。
突然現れたハリーに驚いたようだが、それがハリーだと分かると、ひそひそとささやきあって離れていく。 そんな好奇の視線を受けながらハリーは小さな山小屋へと躊躇なく消えていった。
備え付けのシャワーを浴び、知らない間に魔法をかけられていないか念入りに確認し、戸棚から黒いローブを取り出して着替える。
ひらひらと裾が靡く黒いローブを身にまとい、フードを被ると最後に残った白銀のマスクを手に取った。
目元だけを隠すマスクはとてもシンプルだが、その意味を分からない人は魔法使いにはいない。
そのまま何事もなかったかのように山小屋を出ると通りかかっていた魔法使いは驚き、中に入った人物と出てきた人物が同一なのかと戸惑う声を上げた。
ハリーはそんな視線は気にせず、雪崩でふさがった山道へと足早に向かっていった。
やっと今日が来たんだとはやる気持ちを抑えきれず、木々に向かっていくと気にぶつかる前に道が開ける。
村の人々は木にぶつかる前に消えた青年にまさかと顔を見合わせた。
木々の間を駆けるハリーは見えてきた村に目もくれず一番奥の屋敷へとまっすぐ向かっていった。
ハリーは門をくぐったところで開いた玄関扉の先に会いたくて仕方がない人影を見つけ、ほとんどぶつかるように飛びついた。
上を向かされ、覆いかぶさるように口づけられると冷たい肌に腕を回し、縋りつく。
「また一つ年を取ったなハリー。」
「ヴォルデモート…やっと20歳になったよ。」
待ち構えていた男、ヴォルデモートはハリーを抱きしめると肩をつかみ、ハリーをエスコートするように屋敷の奥へと促す。
寄り添って歩くハリーに死喰い人らが目を向けるが、主であるヴォルデモートに何か問いかけるような愚かなことはしない。
始まりは4年前。
嘘つきだと糾弾され、虐げられたハリーはちょっとした好奇心からホグワーツのフクロウを飛ばした。
もしかしたら、どこか自暴自棄な思考があったのかもしれない。
無事戻ってきたフクロウの返事にうっそりと笑い、叫び屋敷で夢に加入してきたヴォルデモートと対峙した。
何度かに及ぶ密会に末、ヴォルデモートはマグルや混血を標的にするのではなく、腐りきった魔法使いと排他的なマグルを一掃し、理想の魔法使いたちの世界を作ろうとハリーと誓い合った。
その機が熟すまでヴォルデモートは雪崩を起こし廃村と偽った村を拠点として力をため続け、時折呼び出したハリーと逢瀬を重ねた。
ハリーもまた、予言を手に入れるために、行動した以外はぐっと我慢をして、ヴォルデモートとの逢瀬をよりどころとしてきた。
死喰い人らを集めた彼はハリーが2年で集めた情報を基にリストアップした排除すべき魔法使いを皆に伝える。
「さぁ、魔法使いのための世界を作ろうではないか。」
嘘つきと糾弾され落とされた太陽は…漆黒の闇に包まれ黒く染まり、そして闇を照らす黒い光となる。
最初はどこにしようか、とささやくヴォルデモートにハリーは微笑み、その名を口にした。
最高のプレゼントを頂戴とねだる恋人にぞっとするような笑みを浮かべ、お前の望むままに、とヴォルデモートは口づける。
まずは…誰の血をこの黒き太陽に捧げるか…身をゆだねるハリーをヴォルデモートは抱き寄せた。
生き残った男の子“ハリー・ポッター”としての時が動き出すのはいつになるのか、それを知る者は誰もいない。
~fin
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