ブラックサンタの贈り物
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にぎやかなショッピング街で降り始めた雪に真っ赤になった手を合わせて途方に暮れた子供がいた。
よれよれのセーターに身を包んだ小柄な子供はヒビの入った眼鏡をかけて泣いていた。
転んだのだろう。彼を慰める大人の姿はない。
わんわん泣いていればまだ子供らしいのだが、子供はただ静かに寒さに身を縮めながら緑色の瞳から涙をこぼしていた。
彼の後ろにはきっと彼が見ていたであろうスノードームが展示され、きらきらと輝いていた。
必ずついてくること、迷子になんてならないこと…よそ見をしないこと。
その言いつけを守らなかったばかりに知っている人は誰もいない。
先日、従兄弟ダドリーに言われた悪い子にはサンタは来ないという話。それに加えて悪い子には黒いサンタが来て、どこかに連れて行ってしまうといわれて怖くてたまらなかった。
慌てて追いかけようとして転んだせいで眼鏡が割れてちゃんと前を見ることもできない。
気が付いて戻ってくることを祈って立っていることしかできなかった。
ふいに目の前に人が立ち、顔を上げた子供は黒い服に身を包んだ背の高い人に涙がぴたりと止まる。
「家族はどうしたのかね?」
一人でいるはずがないという人に子供はただうつむく。やっぱり悪い子だから…だから赤いサンタではなく黒いサンタが罰しに来た。何をやってもうまくいかないと子供はますます小さく萎縮してしまう。
「ぼく…悪い子だから…黒いサンタさんが来たんだ…。」
ぽつりとつぶやく子供に黒いサンタは少し間を開けて大きく溜息をつくと、立ち去ってしまう。
再び一人になった子供は黒いサンタさんすらも居なくなってしまったと翡翠色の瞳からまた新しい雫をあふれさせた。
「人を外見で決めるのは良くない。」
再び前に立つ黒いサンタは…そう言って赤くなった子供の手にひんやりとした…それでいてどこか暖かくも感じられる固いものをのせる。驚いた子供は目の前の…渡された瓶を見て、まだ涙が出ている顔でポカンと目をしばたかせた。キラキラとしたお月様と真っ赤な星が光り、揺らしてもいないのに瓶の中を雪が舞う。先ほどまで見ていた瓶の置物に似たものが手の中にあることが理解できないでいるらしかった。
「君の叔母の知り合いだ。それは少し早いクリスマスだ。」
叔母の知り合い、そういわれて子供は黒いサンタを見上げた。そこでサンタは眼鏡が壊れていることに気が付いたらしく、子供の視界の端でコンコンとフレームをたたく。
壊れていたはずの眼鏡が急に元に戻り、子供はただ戸惑うばかり。でも、叔母を知っていてこうして話しかけてくるというのはきっと、自分のことを知っているのかもしれないと、安心するように小さく微笑む。なにより、初めてのクリスマスプレゼントがうれしくて、キラキラと光る瓶を見つめる。
「ここにいても仕方がない。来たまえ。」
スノードームを嬉しそうに見つめる子供にそう告げると寒そうな細い首にふわりと何かがまかれる。とても暖かいそれに驚いていると、今度は自分自身がふわりと持ち上げられ、黒いサンタの腕の中に入れられる。
あぁ、やっぱり黒いサンタなのだと、これからどこかに連れていかれるのだろうと、そう感じながら…それでいて暖かい温もりにどこか安心してしまう。
歩き出した黒いサンタは叔母はどちらに行ったと訪ねてきて…子供はわからないと首を振る。
何処か薬のような、草のような香りのする黒いサンタはペチュニアめ、と小さく舌打ちをし、何かに気が付いたのか、振り向いた。
「ハリーをどこに連れていくの!!」
鋭い声に不思議と振り向く人はおらず、ただ、黒いサンタと…今まで見たこともない表情で子供の名を呼ぶ叔母との間に不思議な空間が生まれ、間に人が消える。
とても怖いような顔をした叔母はみたことがなく、驚いて身をすくませるハリーは黒いサンタを見上げた。黒いサンタは何も言わず、ハリーを下ろすと叔母の元に行くように背中を押した。
叔母に会えたことは嬉しいが、とても怖い顔で黒いサンタをにらむ姿が怖くて…ハリーは途方に暮れて黒いサンタを見上げる。
押されるがままに数歩歩くと、今度は腕をつかまれそのまま叔母の後ろに隠れるように回される。今まで嫌味ばかりの叔母が黒いサンタを追い払おうと立ちふさがっている姿にどこか嬉しくなって…でもスノードームをくれた黒いサンタが悪いサンタじゃない気がして…行くよと引っ張られた手を見れば叔母が固くハリーの手を握っていて…。ハリーは状況が呑み込めず、ただ引っ張られるがままに黒いサンタから遠ざかる。
振り向けば黒いサンタは背を向けようとしていて…ありがとうの念を込めて手を振った。
いつの間にか戻った人の流れが黒いサンタを隠すと、黒いサンタは忽然と姿を消してしまっていた。
家に帰るまで誰も気が付いた様子のない、不思議なスノードームを階段下の物置にある自室に置いたハリーはずっと舞い上がり続ける雪をキラキラとした目で見つめ続けた。
そして時は流れ…
大切なスノードームはいつしか少し雪が舞うが昔ほどは動かず、親友に見てもらっていた。
「マグル除けの魔法とか…保護用の魔法がかかっているみたいだけど…そうね…。勝手に動くようかかっていた魔法がだんだん力を失ったのかしら。」
杖で軽くたたく頭の良い親友…ハーマイオニーはでもとてもきれいね、と笑いかける。
おぼろげな記憶で誰がくれたか…いや、確か黒いサンタがくれたはず、というハリーに意外と伝承などを信じているらしいもう一人の親友ロンがそんな馬鹿なと返す。
「ブラックサンタは悪い子供を連れて行って、エルフとか小鬼に変えてしまうって昔から言われているんだ。そんなはずないって。」
見まちがい、勘違いじゃないかといい、信じられないと身振りで示す。
「そうかな…でも本当にうれしかったんだ。あの叔母が手をつないでくれたこと無かったからね。」
もう直らないかと少し残念そうなハリーはハーマイオニーの魔法で浮き上がる雪を見つめる。あの時のようにふわふわと舞うのは難しいらしく、瓶の中は吹雪のように激しく雪が舞いあがっていた。空にかざせば月と星がキラキラと光っていて、断片的にしか思い出せない記憶に思いをはせる。
「こんなところでグリフィンドール3人こそこそ集まって、何やらよからぬことを企んでいるのかね?」
不意に聞こえた声に驚いて慌てて振り向けば不機嫌そうないつもの顔の魔法薬学教授…スネイプが年中変わらぬ黒いローブ姿で立ち止まっていた。反射的に握りしめるスノードームに気が付いたのか、じっとハリーを見つめる。
「いえ、壊れたスノードームを確認していただけです。」
特にやましいことはない、といつものようにはきはきと答えるハーマイオニーはさぁ行きましょうと場所を変えるべく声をかけた。特に何も言わないスネイプに形だけのあいさつを取って3人はそそくさと廊下を歩きだした。
「珍しくなんも言われなかったな。」
「これが普通なのよ。確かに様子が違ったけど、普通はこれで終わりなの。」
驚くことじゃないわ、というハーマイオニーにロンは一足早いクリスマスだと、おどけて見せた。大嫌いなスネイプの視線がスノードームを見ていたことが少し気になるハリーは歩きながらスネイプがいる場所を振り向いた。
踵を返すスネイプを目に入れ…ふとなにか既視感を覚えて立ち止まる。どこかでこの光景を見た気がする、と首をかしげるとハリー?と呼ぶ声が聞こえて、ハリーは親友二人の元へと戻った。
そして迎えたクリスマス当日…ハリーは自分の分を開けて確認していると、両手に収まるほどの箱を開け…目を疑った。
慎重に取り出せばそれはスノードームだ。明らかに魔法のものと思われるスノードームは雪をかぶったもみの木と、その枝から飛び回る白い梟と…優雅に歩く雌鹿…そして中空に浮く月と赤い星。
それらを優しく包むように雪がどこからともなく降り、キラキラと輝いている。
「あれ、ハリーのスノードームに似ているね。すごい偶然だ!もしかして…ほんとに黒いサンタが…。」
驚くロンにハリーも小さく頷き、同封されたカードを拾い上げる。
『メリークリスマス 』
ただのよく見かけるメッセージカード。そこに何かの跡が見えて、じっと目を凝らす。黒いサンタとも見える跡にハリーは目を見開いた。
ふいに記憶がよみがえる。黒いサンタがマフラーをハリーに巻いたことで見えた長い髪と…見上げた時に見えた高い鼻と…漂った薬の…魔法薬の匂い。記憶の声はもう少し若かった低い声。
そして何より、ハリーの宝物であるスノードームに入った月と赤い星にこの黒いサンタがあの黒いサンタである証。
嘘だ、と思うのと同時にうれしくなって…不器用で優しい黒いサンタを重ねて今すぐ会いに行くべきか迷う。
意を決して大急ぎで支度を整えると驚くロンに用事ができたと伝えて走りだす。
黒いサンタへのお礼と…後はあってから考えようと地下牢へと向かっていった。
キラキラと雪が躍るスノードームが並んで日差しを浴びるころ、長い時をかけて黒いサンタを見つけた子供が再び温もりに包まれるのはもう少し後のお話。
黒いサンタは確かに、悪い子を連れていく、悪いサンタなのかもしれない。
~fin
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