視線
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こつこつと靴音を立てながら歩くスネイプは時折感じる視線に、眉をひそめていた。
視線を感じて振り向く…なんてことはせずに歩いていることを承知の上で、振り向くことがないことをわかっているうえの視線。
おそらくは振り向いたところで相手はすぐに目をそらすか、逃げてしまうか。
そんな弱弱しくも、何か言いたげな…淡い視線。
誰の、なんて知らないわけはなかった。
物陰に入ったところで、そっと窺えばその相手は決まってため息を吐きながら空を見上げているか、顔を伏せているか。
嫌っている。嫌っていたはずなのに、この視線は何だとスネイプは心の中で問いただす。
いったいどこで心変わりしたのか…。
ハリーを見上げるスネイプは踵を返して暗い地下への階段を下りていった。
大っ嫌いで大っ嫌いで…ふいに思い付いたのが、もしも自分に対する態度が普通であって、自分も相手も嫌いじゃなかったらどうおもったのか。
好奇心で苦手意識や突っかかってくるところが嫌いだとか…そういうのを抜きにしてみてみようと、見かけるたびにばれないようにそっと見つめてみた。
何でもいいから疑問を持ってみようと。
いつだって彼は最後には暗い地下へと姿を消す。
肩まで伸ばしている髪はなんでなのか。
切るのが面倒?
何かを隠している?
それとも他の理由?
そんな取りとめないことを考え、そして闇に消える後ろ姿を見る。
それはまるで、人を拒絶するかのようで、それでいてどこかさみしそうで。
本当に彼は闇を好んでいるのか。
もしそうだとしたらいつから闇に身を潜めているのか。
なんのため。
誰から自分を守るため。
自分から誰かを守るため。
そう考えていると、不思議に嫌いという意識はなくなり、もっと知りたいと言う感情が湧きあがった。
「誰かをもっと深く知りたいって思うこと?何よハリー。好きな人でもできたの?」
人の感情に対してどこか鈍感なロンに相談するのがためらわれ、何でも知っているハーマイオニーに尋ねた答えがそれだった。
好きな人、と言われた瞬間どきりと胸が高鳴り、もしも彼が…憎いだけの生徒でなくもしも見てくれるのであれば…。
笑いかけてくれるのか。
愛をささやいてくれるのか…。
多分顔が真っ赤になったのだろうハリーにハーマイオニーは深く追求せずににこりと笑いかけた。
「でっでも…その…。異性じゃないんだ…しかも年上…。」
「あら。びっくりだけど、恋愛なんて皆それぞれ何だし、いいじゃない。まぁ相手がどうかっていう問題はあるかもしれないけど…でも人を想う気持ちに年齢や性別なんて言い訳の一つなんじゃないかしら。私はいつだってハリーの味方よ。大丈夫。応援してるから。」
思いきって名前を伏せたまま伝えると、ハーマイオニーは皆それぞれいいんじゃないかしら、と笑って応援してくれた。
それでも相手はハリーの顔を見るたびに嫌味や減点を言ってくる…きっと世界でヴォルデモートの次に自分を嫌っている人なんだろう、とつい目で追いかけてはため息ばかりこぼれる。
ふいに視線を感じて顔を上げると視線の主は見えない。
いったいどこから、と探そうとして、ロンに肩をたたかれた。
「もうすぐ行かないと。次は魔法薬学の授業だ。」
「あっ…急がないと!ハーマイオニーは?」
「先行っててって言ってたけど…ハーマイオニーの方が先に行ってたりして…。」
ばたばたと走るロンとハリーはぎりぎり鐘が鳴る前に教室に滑り込むと、思った通り先に来ていたハーマイオニーに呆れられる。
「まったくもう…。手を洗いに行った私が何で先についているのよ。」
「ハリーを探してました。」
「ちょっと考えごとしながら窓の外見てました。」
もう、というハーマイオニーにそう告げると、こつこつと足音を立て、スネイプが教室へと入って授業が始まった。
なるべく減点されないよう、慎重に作業していたハリーは視線を感じて顔を上げた。
「あっ!!!」
背後から突然聞こえたネビルの叫び声にびくりと肩を震わせたハリーは、削ぎながら入れていたイチジクの干物をぼちゃりと取り落とす。
「ネビル驚かすなよ…」
「最後に入れる材料間違えて入れちゃった…。」
口々に上がる文句に、当の本人はおろおろとごめんと謝る。
ハリーの鍋から聞こえた水音に、ロンとハーマイオニーは鍋を見下ろし、驚いたのと失敗が目に見えてしまった状況とで思わず固まるハリーの肩を優しくたたく。
「ミスター・ロングボトム!貴様はいちいち奇声を上げなければ煎じることができないのかね?」
鋭く飛んでくるスネイプの言葉にネビルは小さくなり、ネビル同様失敗が目に見えているハリーもまた肩を落とした。
なんとか他の工程をどうにかすればなるようになるかもしれないと言うハリーの努力もむなしく、全く別の何かができているネビルとは違い黒く焦げた固まり…多分は取り落としたものが浮かぶ散々なものができてしまった。
「ポッター殿は満足に魔法薬らしきものですら作れないと。グリフィンドールから5点減点。罰としてせめてもう少しまともなものが作れるよう、もう一度残って作ること。それでは本日の授業はここまで。」
がっくりと肩を落とすハリーに元凶となったネビルは本当にごめんとひたすら謝る。
「いや…一応スネイプも今日はもう一回やり直しだって言うから…。後かたづけとかじゃないから大丈夫だよ。」
珍しくやり直しをさせてくれるというスネイプに溜息しか出ないハリーだが、とりあえずやるしかない。
後ろめたそうなネビルを連れてハーマイオニー達が先に大広間にいってるわね、と声をかけると教室にはハリーとスネイプだけになる。
ばれないように小さくため息をつくと、材料を手にしナイフを手に取った。
「いっ」
ナイフを握ろうとしたハリーは手が切れていることに気が付き、眉をしかめる。
どうやら驚いた時に刃先が当たって切ってしまったらしい。
スネイプはさっさと作り直すようにを言って扉の向こうに行ってしまったため、そばにはいない。
また嫌味を言われたくなくて舐めとけば大丈夫と口元に持ってきたところで横から腕を取られ、ハリーは瞬いた。
「魔法薬が付いているかもしれない手を舐めるとは危険な行為ですなポッター。」
いつ戻ってきたんだ、と思うハリーだがじっと見下ろす視線に思わず目を泳がす。
取られた手の傷に何か軟膏の様なものが塗られ、放されると小さくありがとうございますと、いいながら手を抱き込む。
ちらりと手を見れば傷薬だったらしくみるみる傷跡にかさぶたができ、ふさがっていく。
「続けたまえ。」
特に嫌味を言うでもなく、続きを促すスネイプにハリーは材料を手に取った。
じっと感じるのは手元を見るスネイプの視線。
切り方が違うのか、
それとももっと薄くなのか…
知らず緊張するハリーの手元が小刻みに震え、落ち着けと必死に念じるが震えは止まらない。
「そう震えていればまともに材料を切ることができないのではないかね。」
焦るハリーの右手にそっと手を重ね、屈んだ耳元でスネイプは囁く。
突然の事に驚いたハリーの耳がみるみる赤く染まると、スネイプは面白い物を見たかのように優越感を味わい、重ねたハリーの手を使い、材料の刻み方を教えるように動かす。
以前ならばこんなことをされればきっと反発していたであろうハリーだが、今は状況が違う。
口から心臓が飛び出るのではないかと危惧するほど鼓動が速くなり、背後にいるスネイプが手を放した後も収まらない。
今まで反発ばかりしていたハリーの変化を観察するスネイプは耳まで真っ赤に染まった様子にこれは面白い、とハリーの手元に視線を送る。
それだけで手が震えているのに心のうちで嗤い、ハリーの斜め横に移り視線を動かす。
簡単に腕に閉じ込められそうなほど細い腰、真っ赤に染まっている細い項、何かをこらえるように引き締められた唇…。
目元に視線を移せば目の端で見えているのか、一瞬視線が揺らぐが、すぐに材料にその碧の目を落とす。
材料を潰す工程に移ったところで、スネイプは再び背後に回り、覗き込むように体を触れさせる。
「随分と細かく刻んだものだなポッター。授業中もこれほど細かくすれば潰す時間も短くすむのだが。」
ハリーの速い鼓動を感じながら耳元で囁くと、真っ赤な耳から感じられる熱が少し上がる。
「どうしたのかねポッター。手が止まっているが?それにしてもポッター。随分と顔が赤いようだが…材料を刻むだけで息が上がっているのかね?」
耳と唇がわずかな間を残して触れんばかりの距離でささやくと、手を止めていたハリーの肩が跳ね上がる。
嗤うような声にさらに顔を赤らめると、小さく震えるような声で違います、と否定する。
こんな反応をするということの意味はわかるが、何故この前まで自分を嫌っていた子供がその反応をするのか、興味深いとスネイプは続きを促し一歩下がった。
スネイプが先ほどからしてくる行動にハリーはわけがわからず、早鐘のような鼓動を必死になだめていた。
一歩下がったとはいえ、すぐ後ろにいるスネイプの気配を感じるハリーは背中に突き刺さる視線に手順をもう一度確かめ、材料を順番に投入し、イチジクをそぎ入れる。
なんとか最後の材料を入れ終わり、かき交ぜるだけになるとハリーはほっと息を吐いた。
これ以上見つめられたら…この想いがうっかり出てしまったら…なんて言われるか。
「そのように乗り出していては鍋をこぼすのではないかね。今回は固まりがなく、まずまずの出来の魔法薬ができたようだな。」
再び耳元で聞こえた声に驚いたハリーは混ぜる手に添えられたスネイプの手と、少し乗り出し気味だった体を支える手にびくりと肩を揺らした。
胸元を抱き込むようなスネイプの手に、この早すぎる鼓動はばれてしまっている、と半ばパニックになる。
「先日から我輩を観察しているようだが…。」
スネイプの言葉に知られている、とハリーは目を見開き黙ったまま逃げ出そうと体を動かそうとして、抱き込まれていることを思い出す。
「ご説明願いますかな?ミスター・ポッター。」
ハリーの右手に添えていた手を放し、杖で火を消したスネイプはハリーの心臓の音を確かめるように、左手を心臓の上に滑らせる。
間隔の短い心臓の音は黙ったままのハリーよりも素直で、杖を持ったままの手も逃げないよう抱き込む形になると、思った通り細い体はすっぽりと腕の中に収まった。
隣の机に向かって反転させ、両脇の机に手をつけばハリーはのけぞるように身を引きつつ、真っ赤になった顔を俯かせ、少し涙ぐんだような目をおろおろと動かしている。
のけぞる体を追いかけるように一歩踏み出すと細く薄い腰とスネイプの腰が触れ合う。
ぴくんと震え、さらに顔を赤らめる姿にスネイプの中で何かが、鎌首をもたげるようにゆるゆると這い上がり、スネイプは目を細めた。
「では質問を変えようポッター。先ほどから顔が赤いのは…体調が悪いのかね?それとも、他の理由かね?」
答えがもう見えているスネイプはハリーの顎に手を置くと、自分を見るように上げる。
真正面から向き合ったハリーは意を決したかのように引き結んでいた唇を少し噛み、小さく口を開く。
「せっ先生の事が…」
続けられた言葉はスネイプの口にさえぎられ、与えられる口づけの中、何度も呟き、そのたびに吸い込まれていく。
思わずすがりつくハリーにスネイプはハリーの唇から少し離れると、至近距離で視線を交える。
ハリーが目を閉じるのを合図にして再び唇が触れ合った。
~fin
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