大いなる旅路へ

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 偉大な功績を残した偉人などが描かれる肖像画。まるで生きていた当時と同じように思考し、ふるまう彼らを生み出すにはそれ相応の技術が必要だった。それゆえに今まで描かれた人は誰かなど、きちんと記録がされて管理されていた。
 そうでなければ例えば先日倒れたヴォルデモートの肖像画を誰かが作り、悪用することも可能になってしまう。だからこそ、悪用されないためにも誰がいつ描いたか、それはどこにあるのか……ほこりをかぶり劣化してもその情報だけは残され、ある時にはそれをもとに修繕され、ある時は絵の残骸とともに焼却処理が行われ、誰も知らない肖像画など存在はしていない。
 それほどに管理されている肖像画だが、魔法省にも技術者らにも誰にも知られていない物が存在していた。
それは見る人が見れば素人が長い年月をかけ少しずつ描いたものだということはわかるほどの絵だった。
そして同時にその絵はあってはならない人物であることもわかるものだった。
だがその絵を知るものはこの世にはもういない。絵の所在を知る者も、誰もいない。


 男が目を覚ましたのは暗い部屋だった。いったいどこだと探ろうとして、なんだか動きにくいことに気が付いた。自分を見下ろせば絵だった。誰も頼んでいない肖像画を誰が描いたのかと憤り、あたりを見回すと、暗闇の中ぽつんと扉が“描かれて”いた。
 今まで見てきた肖像画と違ってなんだか少しいびつな扉を開き、その先へと進む。ほかに自分の絵はないだろうと思うのにどこかにつながっていることに首を傾げ、別の扉を開く。
 扉の向こうはどこかの丘で、暗闇に慣れた目が白い光に眩み、とっさに手を掲げて光を遮るも人影に気が付き、その手をすぐに下した。描かれた自分の身体が風に削られて白い光に包まれていく。

 まどろみから覚める様に、男はゆっくりと目を開くと、青い眼を周囲へと向けた。真っ白な駅はどこかで見たが彼はほとんど利用したことはない。誰もいない駅にここに来る前を思い出そうとして首を振る。
ふと、駅から丘に延びる小道が目に入り、呼ばれるようにその小道へと足を向けた。

 どこか懐かしい風景にどこだろうと考えながら、首にかけたマフラーが風になびき、一瞬視界が奪われる。すぐ目の前には若木が立っており、風が葉を揺らして軽やかな音を立てていた。

「懐かしいものだ」
 木立から零れ落ちる淡い緑の光にかつて誓い合った日を思いだす。自分は彼のどこを愛したのか。彼の才能か、野心か。それとも、目的のためには自らを犠牲にするところか。いや、そんな彼の一面を愛したのではない。
 きっとすべての方面から見た彼を愛したのだ。だから杖を交えても憎しみだけでなく、怒りだけでなく、自分だけを見つめる目にこれ以上ない愛しさを感じたのだろう。
 彼に彼が納得しない死を与えれば幽霊となって一生そばにいさせることだってできるのだから。手加減は一切せず、本気で彼を殺そうとしたのに、自分は負けてしまった。

 監禁された城の中、彼が先に逝ったことを知り、あの破壊しか生まない男が杖を探すのではとその思いだけで彼のいない世界を生きた。案の定現れた男はかつて自分がそうであったように、破壊を目的にやってきた。
 彼の安寧を守るため、彼にできる最後の償いに一切の情報を与えず死へと押しやられた。もしかしたら、死の呪文をかけられずとも無知な男をあざ笑い杖の所有権を持ったまま死んだと思わせるよう、しがみ付いた生を先に手放していたかもしれない。
 さすがに馬鹿でない男は彼の墓を暴き、杖を手に入れるかもしれないが、それは自分が生きている間ではないことが何よりも重要だった。

 そっと首元に手を置くとそこに鎖があった気がして……何もないことにため息がこぼれる。もう何十年と経ったのに、彼との絆がまだそこにある気がして首を振った。
 若木に背を預け、座り込むと静かに目を閉じた。きらりと何かが反射して目を開けると木立の中に赤い光を見つけて周囲を気にするでもなく立ち上がる。
 木立に紛れて光を放っていたのは一時だって忘れたことのない血の誓い。
 あの時失われたそれはいびつな形で描かれた絵だったが、手にしたとたん元の輝きを取り戻し、きらきらと輝く。

「ゲラート、なぜ杖の場所を、杖の所有者を話さなかったんだ?」
 突然声をかけられ、その懐かしい声に振り向けば呆れたようなどこか怒ったような顔をした彼が立っていた。愛しくて愛しくて、殺したいその顔に、彼が反応するよりも前に飛びつく。
 驚いたのか、反射的に抱き留めながら自分ごと地面に転がる。押し倒す形のままその形を確かめると首に手を置いて、食らいつくように口づける。殺したいほど愛しているし、愛しくて殺したい。


やれやれといった風の彼は……アルバスは矛盾するゲラートの髪をそっと撫で、抱きしめる。
「君はいつだって自分の欲求に忠実だ。悪いとは思わないが、少しは自分の感情の手綱を握ってくれないか」
 口づけから解放されたアルバスは頼むから落ち着いてほしい、と呆れたようにつぶやく。もはや息はいらないのだから、彼がいくら首を絞めようとも息苦しさはない。

「私の肖像画を描いた腕の悪い絵師はアルバス、お前か」
 肖像画だったの名残はもうどこにも残っていない。それでもあれは酷いだろと言うとアルバスはからからと笑った。
「仕方がないだろう。君の肖像画など誰も作ってはくれないだろうし、作らねば君がここに来てくれない」
 これでも頑張って描いたんだ、だから許してくれ。そうほほ笑むアルバスにゲラートは確かにそうだ、と笑う。
 自分と違ってアルバスはたくさん作られるだろう。
 子供たちにもその肖像は伝えられ、未来永劫その姿を残すだろう。

 だが自分は違う。
 おそらくあの男の肖像画もどこにも残されることはないだろう。

「あの絵から続く絵は一体なんだ?」
 あの素人の絵から続いた“自分がいける絵”を問いかける。その前に首をそろそろ放してほしいと言われて、ゲラートは手を開いた。
 思えば互いに白髪の目立つ老人だというのに目の前のアルバスはかつて殺せなかった殺したいアルバスだ。もしや、と自分を見下ろしたゲラートは大戦時の黒い服を身にまとう姿で、頭に手を置けば短い髪が触れる。
「最後に君を見た記憶だけで描いたんだ。誰にも知られず、誰にも見られず、少しずつ、少しずつ描いた。頼むからまだ死なないでくれと願いながら」
 最も君が輝いて見えた姿をというアルバスにゲラートは呆れて、その姿は誰かに頼んだのかという。目をそらした姿に美化しただろう、と笑いがこぼれて今度は首ではなく体全体を抱きしめる。
 もう見入る闇も光もない。

「それと、続く丘の絵は正真正銘、生業としているものに依頼した。二人の影と2つの扉を。そして遠くに望む、白い列車の絵だ」
 人影は誰をと言われたが秘密とだけ答え、影の形をいくつか注文した、そう続けるアルバスにゲラートは相変わらず口だけはうまいのだな、と続ける。
 
「奴の戦いは終わったのか?」
「多大なる命と、一つの広大な愛の犠牲の下、一人の光によって」
 木立の下、腰を落ち着かせてあの戦いはどうなったのかと問うと、アルバスは苦しそうな声でそれに答えた。そうか、と答えて首に下げたペンダントを見る。
 
「やつは愛を知らなかった。愛というものがどれだけ厄介で、どれほど強い力を持ち、どれほど脆いものかを。かつてそれによって敗れたものと、それによって勝ったものが居たことを奴は知らない」
 ゲラートはどんなものより恐ろしい呪いだ、と楽し気に笑いアルバスの手を握った。大いなる善のために周囲を犠牲にした自分と、大いなる善のために自分の愛を犠牲にした男と……覚悟も何もかもが足りていなかった。
 彼に負け、力を奪われ監禁された自分は彼に失望しながらも彼を愛していた。
 それは変わらず、殺しに来た男を前にしてもそれは揺らがなかった。
 
 だが彼はどうだろうか。
 彼の大いなる善のために自分を打ち破った。闇の勢力を追い払ったものとして輝く彼の中に自分はいたのだろうか。

「ゲラート、一つ言っておくが……何も思ってないやつの絵を描き、ここに来るようにするほど暇じゃなかった。君との記憶を大切に保管し、何度も目に焼き付けて一人こっそり絵を描く僕の努力した時間を考えて欲しいものだね」
 考え込んでいたゲラートを呼び起こすように、その心に抱いた疑念に答えるよう、そっぽを向くアルバスに思わず言葉を失う。
 衝動のままに押し倒すように再び抱きしめて草原に転がる。今度は自分が満足するようにではなく、かつて彼がしてくれたように胸に髭の顔を抱きしめてそっと髪をすいてやる。

「ずっと堪えていたのだろう。私はここにいる。もう、大いなる善のために自分を犠牲にしなくてもいいはずだ」
「本当にそういうところだゲラート。なんというべきか、トムと違って人の心の虚空に気が付き、そこにするりと入り込む」
 ずっと私を愛したかったのだろう、と口角を上げるゲラートに本当に君は嫌な奴だ、とアルバスは言葉とは真逆の強さで抱きしめ返した。
 誰にも言えず、誰にも知られずに。
 なによりも自ら打倒した自分を愛する資格などない。
 次の闇が生まれた時、彼は彼自身さえも駒として使い果たした。疲れ切ったアルバスをなで、ほんと長い道のりだった、とゲラートは空を見る。太陽はどこにも見えない、不思議な空。
 どこか遠くで汽笛の音を聞いた気がして耳を澄ませた。

「そういえば先ほど白い汽車の絵と言っていたが」
 少し大きくなった汽笛に顔を上げると、アルバスはゲラートを抱きしめながら体を起こす。どちらから促すでもなく、そのまま立ち上がるとゲラートは自分が上がってきた道の下、あの白い駅を見つめた。汽車がもうすぐそこに停まる。

「あぁ、もうそんな時間か。ゲラート、僕の肖像画はこれかも役に立つだろう。だが、当人はもう次の旅に行かなくてはならないと感じている。その同行者として来てくれるか?」
「お前はすぐに自分を犠牲にする。私が居なければ誰がそれを止めるというのか。そして、お前が居なければ誰が私を止めるというのだ」
 きてくれるか?というアルバスが差し出す手を一瞥するゲラートは、くつくつと笑ってその手を取り歩き出す。
 やれやれ僕はまた君に恋して君を止めなければならないのか、と呆れる様なため息交じりの声に次はどうなるか知らない、と笑って答えた。
 いつのまにか互いに鞄を持ち、あわただしく汽車に乗りこむ。
 音もなく、振動もなく滑りだす汽車に揺られ、次はうんと仲の良い兄弟はどうだ、と冗談交じりにつぶやけば、兄弟を愛する自信はない、と顔をしかめたアルバスが居て、ゲラートは笑う。
 兄弟でもなんでもない、宿敵ともいえるこの関係が一番いい距離だ、というアルバスに、それで私はまた君に倒され、一人囚われの中君を想う日々が来るのか、とゲラートが返す。
 互いに顔を見合わせて笑いあうと、世界が白く染まっていった。


 誰もいない校長室の中、額縁に入ったダンブルドアは部屋に置いたままだった汽車の模型が動き出し、魔法で中に収めた2枚の肖像画がゆれるのを黙って見つめていた。
 上に上にと走る汽車はやがて壁にぶつかる前に消えていく。まるでもう用はなくなったと言わんばかりにレールがその後を追うように消え、静寂が訪れた。
 ようやく一対の肖像画が消えたことに、同じ肖像画のダンブルドアは頷き、他の校長と同じように眠りについた。
 



 
~fin

 



原作後から二人の関係は明言されていましたが、ファンタビでさらに出てきまして…その、つい書いちゃいました。
ファンタビ3までの情報で書いておりますので、後々解釈違いがあるかもしれないですがそれはまぁご愛嬌ということで。
ゲラアルもアルゲラもどちらでもしっくりくるので、どちらとも取れるよう描写いたしました。
来世こそは二人仲良く幸せな人生を送って欲しいです。

背景はアセビ(馬酔木)の花言葉:あなたと二人で旅をしよう、清純な心、危険、犠牲、献身

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