Twilight engagement

--------------------------------------------


--------------------------------------------

~薄明のルナ~

**1 暁**

 - 
 白い光で埋め尽くされた世界を気が付けば一人靴音を響かせ、歩いていた
 いったいここはどこで、どこに自分は向かっているのか
 ただ、行かねばならないという焦りにも似た想いだけが足を動かす
 あの時、すべてを託して歩みを止めたはずだった
 闇へ、闇へと向かう旅路を
 だが、歩みは止まらず、今度は何かを探している
 どうしてこれほどまでに周囲に気を配りつつ進まなければならないのか
 闇とは無縁のこの光の中で

 -

 ひらりとどこからか舞い込んだ手紙を手に取ったスネイプは眉を寄せ、常備している魔法薬にそれを漬け込む。
じゅわりと煙が立ち上り、水薬の中で燃え尽きた手紙に何度目だと溜め息をついた。
ぽふんと、手紙が果たせなかった送り主がかけた魔法の煙が一筋立ち上り、焦げたような臭いが喉を焼く。
傷が大きく残る喉をさすり、肘掛け椅子へと腰を下ろした。

 あの闇の勢力との戦争の際、大量に血が流れたおかげかナギニの毒が抜けた。
魔法使いが持つ防衛本能のおかげなのか、本当にギリギリのところで命が繋ぎ止められ、
駆け込んできたマクゴナガルによって救出され……目が覚めた時にはポッターに託した記憶をもとに、
隠し続けていたダンブルドアとの秘密を暴露されて……。
ダンブルドア殺しの裏切り者から陰の功労者、影の英雄と称えられていた。
生き残ってしまったことは誤算以外の何物でもなく、これからどうするかと考えたときに、
また魔法薬学の教授としてホグワーツにいて欲しいと言われて、流されるように元の部屋へと戻ってきた。

 すぐには教鞭をとることもできず、そもそも城が直るまで学校は再開できず……。
ほとんど一年を置いて一年重なった学年と新しい学生とで、にぎやかになった城に一人変わらず、
嫌味で人を寄せ付けない教授としてかつての生活を取り戻した。


 だが、ホグワーツに日常が戻った途端、半純血である自分へと求愛ととれる手紙が届くようになった。
純血の一族が減っている今の世において、自分に流れるプリンス一族の血は純血思考の魔法使いにはさぞ欲しいものなのだろう。
 ばかばかしい、と再び溜め息をついたところに新たな手紙が届く。
地下牢にある自室に居て、フクロウが直接来られない場合に屋敷しもべ妖精らが受け取り、
それを部屋に転送してきているのだが、特定の魔法使い以外から来る手紙は処分してもらっているはずだ。
 先ほどの様に紛れてくるものもなくはないが、連続しての手紙に眉間に力がこもり裏返してみる。
そこには魔法省の烙印が推されており、魔法大臣の名が、キングズリーの名が、刻まれていた。
 いったい何の用だと開ければ、次の休日に来て欲しいと書いてある。
魔法大臣じきじきの手紙に応じないわけにはいかず、投げ出すようにして机に置く。
まだ何かあるのかと、呼び出された内容を考えるが、事情聴取も終わり記憶の提出もし……すべて終わったはずだ。
まさかこの期に及んであの日、最後にポッターとあった時に彼の謝辞を受け取らずにいたことをまだ根に持っているのかと、
思わず鼻で笑う。
 

 休日だというのに人の多い魔法省の中を歩くスネイプは通り過ぎた人のひそひそとした声をものともせず、
エレベーターを使って大臣の部屋へと向かう。喉の傷は襟のある服を着ていても見えてしまっているため、
今更隠すようなこともしない。
大臣室に着いて戸を叩けば入室を促す声が聞こえ、何の用でしょうと挨拶もせずスネイプは尋ねる。
無礼は好まないが、昨年はことあるごとに呼び出された際、律儀に…半ば嫌味を込めて毎回挨拶をしていたのだが、
その意図に気が付いていたらしいキングズリーが苦笑しながら影の英雄に毎回丁寧に挨拶されるのはこそばゆいとそう言われてしまっていた。
だからこそ挨拶もなくいきなり切り出したのだが、キングズリーは気にした様子もなく、
どこか読めない顔で来てくれてありがとうと言う。

「ミネルバから君の評価はたびたび聞いているよ。それと屋敷しもべ妖精たちが君に届く手紙に四苦八苦しているという話もね」
「わざわざそのような話をするためだけに呼び出したのかね? ずいぶんと余裕ができたようで何より」
 まぁそこにかけてくれ、というキングズリーの言葉を無視してスネイプは暇ができたようで何よりと、
机に積まれた書類に視線を送りながら言う。
「やはり君はリリー=エバンズ……リリー=ポッター以外の女性は視界に入らないのかい?」
 届く手紙のことを知っているというキングズリーの言葉にスネイプはうんざりした様子で溜め息をつき、その話かと言う。
まさか縁談でも持ち込んできたのじゃないかと見つめるスネイプにわかっているなら話が早いと、
キングズリーは隠す様子も誤魔化す様子もなく笑いかける。

「うんざりしているぐらいならいっそのこと結婚してしまえばいいんじゃないのかな。実をいうと、同じように結婚を申し込まれて困っている人が居てね。実際に愛し合うような結婚ではなく、とりあえずお互いに落ち着いた状況で、それぞれの未来を描けるようになるまでの……まぁ所謂偽装結婚をしてみてはどうかなという話だ」
 殺意すら混ざっていそうな視線を軽くいなすキングズリーはどうかなと繰り返した。
どんな突拍子もない話が出てくるのか、と身構えていたスネイプはその発案に眉間にしわを寄せ、
真意を探る様にキングズリーの茶色い瞳を見つめる。

「一時期とはいえ、断る理由を考えることもないし、付きまといも減るだろう」
 好き勝手に話を進める魔法大臣をよそに、似た境遇になり困っている相手はいったい誰か……。
それを考えるスネイプは、半年前に没収した雑誌にちらりと書いてあった記事を思い出す。
くだらないと、もはや関係ないと、そう視界の外に追いやってフィルチに雑誌を没収物として渡してから忘れていた記事。

「その相手とはハリー=ポッターかね?」
 雑誌に書かれていたのは大戦前から付き合いを続けていた女性との……ジニー=ウィーズリーと別れたというスキャンダル。
理由などを好き勝手に書かれていた記事にかかれていた英雄のスキャンダルを思い出すスネイプにキングズリーは苦笑し、
本当に君は頭の回転が速いと頷いた。



*************
~~薄暮のステラ~~

 -
  黒い闇で覆われた世界を気が付けば一人、無音の中走っていた
いったいここはどこで、どこに自分は向かっているのか
ただ…走っていた疲れなのか、走りは歩みへ変わる
考えることも億劫になって、引きずる様にただ足を動かす
闇を払い、光の世界にいたはずだった
だけど、気が付けば闇の中に一人取り残されていた
どうしてこんなにも一生懸命進まなければならなかったんだろう
光とは無縁のこの闇の中で

 -

 ひらりとどこからか届けられた手紙を手に取ったハリーは溜め息をつき、手紙を開く。
今日の手紙は何も魔法のかかっていないものだったらしい。
ただ、いつもの悪意ある言葉の羅列だ。

 ヴォルデモートの復活をなぜもっと早く世間に広めなかったのか。
勝ったということはそれなりの対策をしていたのだろう、それをなぜ他の人にもしなかったのか。
英雄ならばなぜもっと被害を抑えられなかったのか。
 何度言われても慣れない、言葉のナイフ。守れるものなら守りたかった。
だから最初に声を上げたのに耳を傾けてくれたのは、戦ったことすらない学生のダンブルドア軍団の皆と、
元から闇の勢力と戦ってきた不死鳥の騎士団だけだった。嘘つきと糾弾され、後ろ指をさされ……。

 ヴォルデモートが姿を現してからようやく信じてくれた時には大事な名付け親を喪った後だった。
だけれども、それを声に出して叫ぶ自由はもうなかった。

 やっと動き出した時にはすでに闇の勢力らに根回しされた後で、自分を守るためにたくさんの人が傷つき倒れた。
親友であるロンの一家は家族を失った。だけど、誰も自分のせいだなんていうことは一切言わなかった。
だから、こんな手紙を送ってくる人はあの最後の激戦に参加していなかった人ばかりだった。
自分を知らない人からの手紙は枚数が増えるごとに心を裂いていった。

 それに加えてジニーと別れたことが世間に知られると、見知らぬ人からつき合ってほしいという手紙も届くようになった。
最初は丁寧にお断りの手紙を出していたが、断ったことを知ったその友人などから、
何が問題なのかと問いかける手紙が届くようになり……今は一切の返信をしていない。
手紙は特定のフクロウだけが届けられるよう、フクロウ除けをしてもあらゆる手段を使って届く。
中には魔法がかかっていたり、かつて三大魔法学校対抗試合の時に親友ハーマイオニーに届いたように薬が入っていたり……開けることにさえ恐怖を抱くようになってしまった。
 放っておくこともできず、困ったところにこれをと人づてに手紙を処理するための魔法薬をもらった。
それでもあっという間に魔法薬の効力を超えてしまった。

 ふと、かつて守るべきもののために受け入れてくれた仲間を裏切り、かつての旧知からも裏切り者と言われ、
ただ一人で大勢の生徒を守りたくさんの秘密を抱えて……最後の最後までたった一人で戦い抜いた……
自分とは比べ物にならないほど立派な背中を思い出して……喉からあふれる血と輝きを失った瞳を思い出して胸元をぎゅっと握りしめた。





**********
◆目次◆

****薄明のルナ******

1 暁
2 彼者誰時
3 東雲
4 有明
5 黎明
6 薄明
7 明けの明星
8 日の出
9 夜明けの朝



****薄暮のステラ******

1 夕
2 黄昏
3 逢魔時
4 宵闇
5 夕景
6 薄暮
7 宵の明星
8 月の出
9 満月の夜



****ミッドナイト ヌーン******

10 グリーンフラッシュ
11 ブルーモーメント
12 マジックアワー





戻る